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掟が破られる話

 悲鳴が聞こえた。

 アンネと別れ、バーの運営を始めるため、一人、開店準備をしていた時だ。

 悲鳴は上の階から聞こえた。

 悲鳴の直後、大きな物音が聞こえる。

 これは……、物が床に打ちつけられたり、殴られたりしている音だ。


「これはまずい!!」


 俺はすぐに、ミリの元夫が現れ、暴れ回っているのだと直感した。

 厨房に駆け込み、二階へつながるドアに触れたところで、俺は歩を止めてしまった。


『リベ、ここに入ってはいけないの』


 ナノは俺にそう言った。

 この扉はヒト族とムーブ族の境界線。

 扉の向こうはムーブ族の世界だ。

 俺が怪我をした時は、特例で入れて貰ったが、覗けたのは窓の外の景色だけ。

 外に出ることは許してもらえなかった。


「行っていいのか……」


 俺が向こうへ行けば戦況は変わる。

 目先の結果は良かったとしても、俺が介入したことで裁判の結果が悪い方向に傾くかもしれない。

 ネズミたちに”異世界営業禁止令”が下れば、俺との繋がりが絶たれるということになる。

 

「おい! 助けに行くぞ」

「レビー……」

「何、そこで立ち止まってんだよ」

「待って、待ってくれっ」


 迷っているとリーダーが俺の前に現れた。

 開店時間前から店の外で待っていたリーダーが物音を聞きつけ、店の中へ入って来たのだろう。

 俺は事情を知らないリーダーを引き留めた。

 だが、引き留める俺を突き飛ばし、二階へのドアを開いた。

 ヒト族とムーブ族の境界線を越え、ずんずんと二階へ駆け上がっていく。


「なるようになれ、だ!」


 俺は覚悟を決め、リーダーの後を追った。


「……」


 俺は部屋の惨状に絶句した。

 整頓されていた料理本散らばり、ネズミのコレクションであった酒のボトルが粉々に割れている。

 こんな状態でネズミたちが無事な訳がない。

 俺は皆を探した。


「リベ!」


 ナノが俺に抱き着いた。


「ナノ、怪我はないか」

「うん。センチにいが逃がしてくれたの」

「そうか。襲ってきたのはあの男か」

「リベ、私たちでどうにかするの。だから――」

「もう……、手遅れだ。レビーが先に入ってきたからな」

「そんな……」


 ナノには怪我が無かった。


「ナノ、お前は店の方にいろ。開店時間だからみんなぞろぞろ来店してるはずだ」

「分かったの」


 俺はナノを一階へ降ろした。あそこならミリに会いに来た常連客たちがいるから、安全だ。


「……あるな」


 俺は腰のベルトに護身用のナイフがあるか確認する。

 刃には麻痺毒を塗っており、体に突き刺せば身動きを止めることが出来る。

 後は、騒ぎの中心地へ向かうことだ。

 俺は物音が大きい場所へ向かった。


「お前、何してんだ。ミリさんから離れろ!」


 男はレビーともみ合っていた。

 そこから少し離れたところに、へたっと座り込んでいるミリと怪我をしているネズミとセンチ、そして横になって動かないマクロがいた。


「レビー、そのまま押さえてろ」


 俺はナイフを男の左肩に突き刺した。

 少しして麻痺毒が効いた男はその場に倒れた。動けない男をリーダーが拘束する。


「ロープどっかにないか」


 センチがリーダーにロープを渡した。

 リーダーはそれで、男を手首足首を縛る。


「あいあああっあ」


 麻痺毒のせいでろれつが回っていない。

 男が何を言ったかはどうでもいい。

 皆が無事か確かめなくては。

 一番まずいのはマクロだ。


「マクロ、大丈夫か、おい、マクロ、マクロ!!」


 俺はマクロの状態を見る。

 顔が腫れあがっており、腰にはガラスの破片が刺さって出血していた。

 耳を澄ませると、マクロが浅い呼吸音が聞こえた。


「まだ生きてる」

「シロフォンだ。あいつの回復魔法なら助かる」

「だめだ!」


 リーダーは瀕死のマクロを助けようと手を伸ばした。

 マクロを抱き上げる瞬間、センチがそれを大声で止めた。


「ここに回復魔法を使える奴はいるのか?」

「……いない」

「どうするんだ、外に治療師はいるのか」

「シロフォンさんのような治療師は……、いない」

「なら、マクロを見殺しにするのか!?」


 センチとネズミは俯いていた。

 見殺しにする。二人はそう示唆しているようだった。

 掟を知らないリーダーは二人に憤慨した。


「ネズミ、俺はマクロを助けるべきだと思う」

「リベ殿……、しかし――」

「怪我を負わせた方が悪いに決まってる! 息子をくだらない”掟”で殺すのか!?」

「そうよ。なんでこいつの自由にさせなきゃいけないの」


 俺とネズミの言い争いにミリが加わった。

 怯えていた表情から一転して、口をきつく結び、眉を吊り上げ、覚悟を決めた表情になっている。


「リベ、レビーさん、シロフォンさんの家に向かえばいいのよね」

「ああ」

「ミリ! それをやったら、お前は我らと――」

「お父さん、私は覚悟を決めました」


 ミリは”移動の秘術”を使った。

 目の前にシロフォンの家が見える。

 リーダーはマクロを抱き上げ、そこをくぐった。

 俺もリーダーに付いてゆく。


「私は……、”掟”を破り、リベの世界で暮らします」

「ミリ、考え直してくれ!」

「お父さん……、親不孝な娘でごめんなさい」

「ミリ!」

「さようなら」


 ミリはモフモフの姿に変わることなく、シロフォンの家へ向かった。

 

 

 

 

 

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