めでたい話
騒ぎが遭ってから二か月が経った。
ミリの件は落ち着いていないため、俺はまだバーで働いていた。
「リベ、ナノちゃんとは会ってる?」
「……いいや」
「久しぶりに『ライン』へ外食に行かない?」
自宅でアンネが突然そう言い出した。
妻に指摘され、俺は二か月もナノたちに会っていないことに気付いた。
「そうだな。行ってみようか」
俺は客として『ライン』を訪れた。
「いら――、リベ、リベなのー!!!」
「コラ、客にタックルするんじゃない」
「やっぱりリベに会えなくて寂しがってると思った」
「そうなの。そうなの。今日はリベに甘えたいから仕事お休みしたいの」
「だめです! 姉さん、働いてください」
「むー、マクロのいじわる」
「リベさん、いつもいつも姉が迷惑かけてすみません」
俺の姿を見るなり、ナノが突撃してきた。
ずつきに近い抱擁を受け、俺は痛みに耐えながらも、ナノを抱きしめ頭を撫でる。
二か月俺に会えなくて寂しがっていたようだ。
以前俺が冒険に出た時も同じ反応だったな。
アンネは俺とナノのやり取りを見て笑みを浮かべ、マクロは仕事をしろと姉を叱る。
抱擁を解いた後は、ナノは給仕の仕事に戻った。
「お仕事落ち着いたら、いっぱいお話したいの」
「ああ。全部仕事片付けて来いよ」
「そうするの」
ナノとのやり取りが終わり、マクロが空いている席へ案内してくれた。
「注文はどうなされますか?」
「俺はワインと――」
「私は果実ジュースでお願い」
「はい、あれ? アンネ師匠、お酒飲まないんですか?」
「ええ、今は控えているの」
「……ああ、なるほど。そういうことですね」
事情を言わずともマクロはアンネの事情を察したらしい。
飲み物と料理の注文を取り終えると、厨房の方へ姿を消した。
「あなたの店、前よりも賑やかになりましたね」
「そうだな」
「仕事も安定してきたから、子供の話が出て来たんですね」
「こ、ここでする話じゃないだろ」
「リベとアンネの子供が産まれるの?」
「う……、ナノに訊かれたじゃないか」
「あらあら」
ナノが注文した飲み物を置きに来た。
「実はな……、アンネが妊娠したんだ」
「――っ!?」
ナノは言葉にならない高い声をあげた。その場で飛び跳ね、喜びを体現させている。
「アンネ、おめでとうなの!!」
「ありがとう。ナノちゃん」
「ナノ、泣くことないだろ」
「嬉しいの」
喜んだと思ったら、うれし泣きしていた。
「リベとアンネはナノの大好きなヒトたちなの。気持ちが抑えられなくて泣いちゃったの」
「落ち着くまで、隣に座れ、な」
「そうするの」
ナノは俺の隣に座った。
近くで俺とナノのやり取りを聞いていたマクロは、姉がサボっていることを咎めることなく仕事をしていた。
ポンドの一件からマクロは身体面も、精神面も成長した気がする。
今までは沢山の客が来ると、慌ててしまいちょっとしたミスを繰り返していたのだが、それが無くなっている。優先順位を定め、落ち着いた接客をしているようだ。
ナノは楽天的な性格だが、情報処理についてはマクロよりも上手い。元々器量がいいのだろう。
「お待たせしました」
「マクロ、ありがとなの」
「姉さん……、落ち着いたら仕事に戻ってくださいよ」
「飲み物用意してくれるなんて、マクロ、気が利く弟なの」
「……はあ」
注文した料理も届いた。
マクロはナノ用の果実ジュースを置いた。
ナノは調子のよい言葉をマクロに掛ける。
ため息をつきながら、マクロは仕事へ戻った。
「ナノ、食べてもいいぞ」
「やったー」
小皿にそれぞれ食べる量を盛った。
そう言えば、まかない以外の料理を食べるのは久しぶりだ。
うん、やっぱり旨い。
ネズミが作ったのか、センチが作ったのかは分からないが、『ライン』の料理は旨い。
アンネとナノも美味しそうに食べている。
「ナノ、裁判の件はネズミから聞いているか?」
「うん、結果はまだ分からないの」
「そうか」
「結果は五分五分なの」
ミリが気分が沈んでいるのはそのせいか。
店の常連がいる時は明るく振る舞っているが、俺と二人きりの時は周りを見てそわそわしていたり、ため息をついていたり、常時気持ちが沈んでいる。
「族長はミリお姉ちゃんが離婚した理由分かっているから、ミリお姉ちゃんがやったことは正当防衛だって理解してくれているの。でも、リベとアンネ以外のヒトにモフモフになる瞬間を見られたのは問題なの」
「そうか」
「どうして問題なのかは……、リベでもお話出来ないの」
「無理に話さなくてもいい」
結果は五分五分。
争点は、モフモフになる瞬間を見られたかだ。
これは見られた人物で判断される可能性が高い。
幸いにも、それを目撃したのは俺の冒険者仲間のリーダーだ。
「あいつには、ナノたちのことを話さない方がいいよな」
「族長が”話していい”って判断するまで、黙っててほしいの」
「……分かった」
力になれないことがもどかしい。
だが、ミリが危険な目に遭わないように護ることは出来る。
あの男がこのままでいる訳がない。静かでいる方がおかしいのだ。
俺の悪い予感は『ライン』閉店後に的中することになる。




