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貴族に要求される話

 『ライン』が通常営業に戻って、一か月が経った。

 客の賑わいを取り戻し、新規客もそこそこに来て、盛況している。


「ナノちゃん、制服変わった?」


 男性客の一人がナノに声をかけた。

 ナノは料理の配膳を終えてから、その人の元へ戻り、目の前で体をクルっと回した。


「よく気づいてくれたの! 可愛い制服になったの」


 ナノは男性客に満面の笑みで答えた。

 投資として、従業員の制服を一新したのだ。

 接客のナノとマクロ、ヘルプでやって来るアンネの制服は、ワイン色と黒を基調としたものにした。

 ナノはワンピースタイプのもので、丈は少し膝上と丈が短くなっている。コルセット調の黒いエプロンとなっており、彼女の要望通りフリルをふんだんに使ってある。

 アンネはナノよりもスカート丈が長く、エプロンのフリルも控えめである。「私には……、無理」という要望がありデザインが少し変わっている。ヘルプがないので、まだそれを身に付けてはいないが。

 マクロは上がワイン色、下が黒のパンツにエプロンといったシンプルなデザインになっている。その際に採寸をしたら、身長がぐんと伸び、ミリと同じ背丈になったらしい。


「いいよ似合ってるよ」

「ありがとなの!」


 客からの反応も好調である。

 いつものように賑やかな店内。注文される料理と酒をさばく毎日。

 ああ、忙しい。

 自身の労働状況に酔っていた時だ。


「ここが『ライン』か」


 とある人物の来店により、店内の場が凍り付いた。

 ふくよかな体型の中年男性。丸い腹をさすりながら、彼は店内と従業員、特にナノを凝視していた。

 この中年男性はガネ一番の金持ち、ポンドである。彼はガネの町の不動産を複数所有しており、それを住民に貸すことで大金を得ている。『ライン』を繋いでいる物件の所有主も彼だ。


「いらっしゃいませ」


 何も知らないナノはいつもの調子でポンドに接客する。

 だが、カウンター席は埋まっており、テーブル席も相席になってしまう。


「すぐお通しする場合、相席になってしまいますの。いかがいたしますの」

「ナノちゃん! 俺たち帰るから。お代はここに置いとくな」

「あ……、片付けますので少々お待ちくださいなの」

「うむ」


 空気を呼んだ常連客が、早々にテーブル席を譲ってくれた。

 マクロは食器を素早く片付け、ウェスで汚れを拭き取り、ポンドを招ける状態にする。


「では、こちらなの」


 ポンドが座った。

 俺はポンドが急にやってきたことに疑問を持った。

 クロッカスの情報だと、彼はグルメで味に相当うるさく、気に入った店にしか立ち寄らない。新規開拓することなく、自身が飽きるまで、その店に通い詰めるとか。


「店員よ、この店で魔物食を頂けると聞いてやってきたのだが――」

「ごめんなさいなの。あれは期間限定のメニューだったの。今は提供して――」

「そうか。ならば、ワシがそれを食べたいと言ったら、いつ用意してくれる?」

「それは――」


 ナノが俺を見つめる。

 俺はポンドの前に現れた。


「ポンド様初めまして、私、『ライン』の店長、リベと申します」

「ほう……」

「魔物食は食材が特殊ですので、提供には時間がかかります。最短で三日はかかるでしょう」

「ならば三日後やってこよう。邪魔をした」


 望みの料理がないと分かると、ポンドは店を出て行った。

 扉が閉まった直後、客たちはいっせいに重い空気を吐き出した。


「ポンド様が急に来るとか、びびるわー」

「あのお方が来たということは、ラインの良さが認められたってことじゃね」

「でも、料理が気に入らないと、強制的に閉店させられるって聞いたぜ」

「店員の態度が気に入らないと、そいつ、飲食業界から追放されるんだよな……、おおこわ」


 客の言う通り、ポンドは気に入った店は優遇するが、気に入らないとすぐに排除する冷酷な人物だ。

 そんな奴が『ライン』にやってきた。これはチャンスであるが、ピンチでもある。


「リベ、あのおじさん誰なの?」


 当然、ナノとマクロはポンドのことを知らない。

 客の噂話を聞き、ナノはきょとんとしていたが、マクロは真摯な顔つきになる。


「リベさんの料理は評価されると思いますが、僕らの対応一つでダメになる……、そういうことですね」


 マクロは噂話の内容を整理し、すぐに意図を汲み取った。

 ポンドは俺の扱っている食材が”珍しい”という理由で来店してきたに違いない。だから、彼の舌に合わずとも、酷評はしないだろう。

 酷評されるとすれば、店員の対応である。つまりはナノとマクロの接客マナーが問われているのだ。


「……そういうことだな」


 俺はマクロの主張を受け入れる。

 マクロは顎に手をやり、真剣な顔つきで考え込んでいた。


「僕と姉さんの接客は自己流です。少し、マナーについて勉強しないといけませんね」

「え~、ナノとマクロは礼儀正しいの! このままでいいの」

「姉さん、言葉遣いがなってません。語尾に”なの”や”の”をつける癖、いつ抜けるんですか」

「癖なの……。仕方ない――」

「姉さんは今まで可愛さ、つまりは”愛嬌”で接客してきました。ここにいる皆さんはそれを受け入れてますが、ポンド様には通用しないでしょう」

「……そう、なの?」

「そうです」

「じゃあ、どうしたらいいの?」


 ナノがマクロに問う。

 マクロがナノにきつく当たる姿を初めて見たかもしれない。

 いつもは弟として姉の失敗を「仕方ないですね」と笑顔で許していたというのに、今回はそれがない。これがマクロの本音なのだろう。

 ナノはマクロの指摘に俯き、落ち込んでいる。客の人たちが「ナノちゃんはしっかり仕事してるよ」「ナノちゃんの接客でいつも元気貰ってるんだ」などと彼女を励ましていた。


「リベさん、ポンド様の接客は僕にやらせてください。お願いします」


 マクロが俺に深々と頭を下げ、お願いしてきた。

 俺は、マクロの熱意に胸を打たれ、「頼んだ」と彼に『ライン』の存続を託した。

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