荒れるネズミの話
俺とネズミは『ライン』に帰ってきた。
ネズミはすぐにモフモフ姿を解く。彼は言葉にはしなかったが、怒っている。表情がいつもより険しかったのと、ナノとマクロの顔が真っ青になっていたからだ。
「父さん……、センチ兄さんは」
「アイツのことなど知らん!」
「パパ、今日は料理するの?」
「うむ」
今日は俺ではなくネズミがメインの調理をするようだ。
いらついている状態で、通常の調理が出来るのだろうか。
などと心配していたが、営業時は平常で働いていた。
「リベ殿、しばらく迷惑をかけたな」
営業終了時、ネズミは俺にそう告げた。
ネズミが調理に戻ってくれるのは嬉しいが、センチの件はどうするんだ? すごく気になるが、今はセンチの名を口にしてはいけない気がする。
「リベ、父さんお疲れ様。あとは私にーー」
「……我は少し酒を飲んでからあがる」
「え!? 父さんが酒を!?」
「いつも飲んでるのに、なぜ驚く」
「もしかしてバーの視察かしら……、ダメだったら閉店になるかも……」
ミリがバー営業のため『ライン』にやってきた。
ネズミとミリのやり取りを見るに、バー運営について、彼は何も口を出していなかったようだ。
いつもと違うネズミの行動にミリが困惑している。
「えっと……、センチ兄さーー」
「あー、あー、俺も久しぶりに酒が飲みたくなったなあ」
「リベ、アンネが待ってるの! 約束破ったら怒られちゃうの」
「……ナノ、今日も俺の家に泊まらないか?」
「っ!? やったー! 先にアンネの所に行ってるの」
「姉さん……、アンネ師匠にこれとこれをーー」
「マクロ、気が利くの。それじゃ、リベ待ってるの」
空気が読めないナノを俺の家に送る。
ナノとは違い、俺の意図を読み取ったマクロは、残ったパンとチーズを篭に入れ、手土産として彼女に渡した。
ナノはそれを受け取ると、足取り軽く俺の家へ向かった。
昨日と同じく、食事を終えたら一緒に風呂に入っているだろう。
「リベさん、父さんをお願いします」
マクロはお辞儀をした後、自宅へ帰ってゆく。
「リベ殿、一緒に飲まんか」
ネズミは厨房から、コース料理の残りと未開封のボトルワインを一本持って来た。
え、今から俺とネズミでそれを開けるのか。意識を保てる自信がないんだが。
「……付き合います」
ゆっくり飲めば大丈夫。酒飲みと一緒のペースで飲まなければ大丈夫。
俺は自身にそう言い聞かせてネズミの隣に座った。
☆
無理だ。助けてくれ。
黙々とワインを開けているネズミを横に、俺の意識は酒でもうろうとしていた。
「リベ、水を――」
「ミリ、アリガトウ」
俺はミリから貰った水を飲み干す。酔いが少し覚めた気がした。
「ミリの店、客が多いな」
「私とお話したいお客さんが多いのよ。嬉しいわ」
「俺たちのミリちゃんだもんな!」
「ミリちゃん可愛い!!」
「ミリちゃん最高!!」
ミリが働いている姿を見るのは今日が初めてだ。
バーの時はカウンター席のみ。この店のウリは夜遅くまで美人のミリと対面式で話が出来る事だ。
若く、可愛い女性が接待する店がここの近くにあるが、そこよりも安く済む。
なにより、男たちの反応を見るとミリが人気であることがすぐに分かる。
「みんなありがと。私のためにお金を落としてくれる皆が大好きよ」
「ミリちゃんのためならいくらでも!」
「ミリちゃんに会うのが生きがい!」
男性客から狂気を感じる。だが、ミリを独り占めしたいという客はおらず、争いは起こらない。
後から聞いたのだが、ミリにちょっかいをかける迷惑客が現れたら、常連客たちで追い出してしまうのだとか。
”みんなのミリちゃん”これが『バー・ライン』の合言葉である。
常連客を見るに、町役人から医者、裁判官、戦士とあらゆる人たちがミリに会いに来ている。
ここで迷惑行為をしたら、明日の日の出を拝めないかもしれない。
「ミリ、良いバーだな」
「ええ。みんな個性豊かでしょう。色んなお話が訊けて毎日が楽しいわ」
「そうか。それは良かった」
「なあ、そろそろセンチの事……、聞きたいんだが」
ワインのおかげなのか、ネズミの調子が元に戻っている。
これならセンチの事について訊いてもいいのではないか。
酒で判断が鈍った俺は、そう思いネズミにセンチの事について尋ねた。
「あいつは! もう知らん!」
ネズミは急に大声をあげ、グラスをテーブルに強く叩きつけた。
その音にミリや常連客の視線がこちらに集中する。
「あの、バカ息子……、もう我の元には帰らんと言い放った。強引に連れ戻そうとしたが失敗した」
「センチはあのまま暮らすのか?」
「うむ」
酒が入っているおかげか、ネズミが饒舌に語ってくれる。
「あやつは、シロフォン殿に恋をしたんじゃ。叶わぬ恋をな」
酔ったネズミは、センチが帰って来ない理由を俺に話してくれた。
次話は明日投稿します。
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