冒険出来ない黒魔導士の話
「クロッカスさんは別の町で出会ったんですよ」
「『ライン』は日によって営業する場所を変えてるんだっけな」
俺は定時になったら寝室のドアから『ライン』へ出勤し、一日中店の中でネズミと調理をしているからな。
客がガネの町以外から来店していることを忘れていた。
店長になってすぐにナッツ野郎の事件もあったしな。意識がそっちに持っていかれても当然か。
「はい! クロッカスさんとはパーズの町で営業していた時に出会いました」
「……となると、今日はパーズの町で営業していたのか」
「いいえ、ガネの町ですよ」
「それ、どうやって誤魔化してるんだ?」
「二号店とか、移転したとか……」
マクロの声が小さくなる。
冒険者は依頼の関係で色んな町に出向く。黒魔術師が美食家で別の町で『ライン』の存在を知ったなら、店の内装が同じ、従業員が同じの店が存在することに疑問を抱くはずだ。
しかもあいつは魔法使いだ。魔力を感じ取ることが出来るから、ムーブ族の”移動の秘術”が掛けられていることに勘付くかもしれない。
来店する様子を見るに、黒魔導士は『ライン』の秘密にまだ気づいていない。
今はマクロが誤魔化した程度でいいだろう。
「パーズの町で料理を食べた際に、絶賛してくださいましてね。美食家仲間にこの店の事を広めてもらったんです」
「広報か……」
「僕たちは外で人と関われませんからね。良い評判を拡散してもらって助かってるんですよ」
「ここが『ライン』の弱点なんだな」
「ええ。でも――」
「でも?」
「ああ、すみません。まだリベさんにはお教えできない内容でした」
「そうか。店の宣伝については一度考えるべきだな」
料理ばかりしていたが、俺は『ライン』の店長だ。
今は店の売り上げが好調だからいいが、不調になった時、ナッツ野郎の時の様に対策を取らなくてはいけない。マクロに『ライン』の弱みを聞けて良かった。
いやいや、俺はそんな話を聞くためにマクロを引き留めているのではなかった。
首を横に振り、話題を変える。
「黒魔導士の愚痴の内容を聞かせてくれ」
「ああ、話が大分逸れていましたね」
えへへと、マクロは頭をかく。
「『仕事が出来ない』と嘆いていました」
「なぜだ?」
「レビーさんが彼女に夢中で、冒険に出たがらないから、だそうです」
「そ、そうか……」
「それ、僕たちのせいですよね」
ナッツ野郎に彼女が出来た。元々、ガネの町最強の戦士という名誉ある二つ名を持ちながら女性にモテなかったのが不思議なくらいだ。それは、あいつが意外にも奥手だったということと、言い寄った女の相性がすごぶる悪かったからだな。
ナッツ野郎に彼女が出来たのは、『ライン』の賑わいを戻すため。
そのために俺達は、あいつに女を差し向けた。言い方は悪いが、事実だから仕方がない。
俺たちの作戦は成功し、ナッツ野郎の好意はナノから彼女へと移った。
だが、そのせいでナッツ野郎の仲間である黒魔導士に被害が被っている。
すまん、黒魔導士。お前から仕事を奪ったのは俺だ。
「今は、前の冒険で稼いでいたお金や日雇いで凌いでいるそうですが、クロッカスさんの落ち込み様を見てしまうと……」
「相当やばいな」
「リベさん、クロッカスさんは僕たちの店の評判を広めて下さった大切なお客様です。どうにかできませんか?」
マクロの頼みに俺は黙ってしまった。
これは店の利益に関係することではない。ただのおせっかいだ。
それに、黒魔導士はナッツ事件の際、傍観していた。
あいつと俺の関係はそれで終わり。関わらなくてもいいことだ。
だが、仕事を奪った原因を間接的に俺が作ってしまった。
どうするべきか――。
「すまん、すぐには出せない。時間をくれ」
「分かりました……」
「じゃあ、またな」
「はい」
答えは保留にした。この件に関して首を突っ込むべきか考えたい。
次話は明日投稿します。
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