すれちがう話
俺とアンネの関係が悪くなって三日が経った。
あの日から最低限の会話しかしなくなった。居心地が悪く、俺は早く仕事の時間にならないかと、家から出たいと感じるようになっていた。
とはいっても、仕事に出ればナノが待っている。
ナノは、あの日以降、俺と距離を置くようになった。そして、仕事のミスも増えた。
料理の注文や、配膳を間違えるようになり、それを客にカバーしてもらっていた。
「姉さん、しっかりしてください」
「マクロ、ごめんなの……」
ついにマクロが口を出した。
「今日は僕一人で裁けますから、姉さんは家でゆっくり休んでください」
「……そうするの。マクロ、アリガトウなの」
マクロがそういうと、ナノは家へと帰っていった。
ナノが二階へ上っていったことを見届けてから、センチが俺に声をかけてきた。
「お前、妹に何をした」
「家に遊びに来るなと言った」
センチの問いに俺は答えた。
「そうか……。妹はそれで落ち込んでいるのか」
「お前はこういう展開を望んでいたんじゃないのか?」
センチは、ナノに次の相手を見つけてほしいと言ってた気がする。
俺はその通りにしたはずだが、センチは顔をしかめていた。
「ナノが店長にきっぱりフラれれば、すぐに次の相手を探すものだと思ってた。妹があんなに悩むなんて思ってもみなかった」
「アンネは『余計なことをするな、いつも通りにしろ』と言ってた。俺、ナノに余計なことを言ってしまったのだろうか……」
「とはいっても、妹の気持ちに応えられないのなら、どうしようもないだろ」
「そうだよな。妻のアンネがいる限り、ナノの気持ちには応えられない」
「妹は必ず乗り越える。だから、店長は気にせず働いてくれ」
「アリガトウ、センチ。そうするよ」
センチにモヤモヤした気持ちを話したら、少し気分がよくなった。
俺のやったことは間違ってない。
ナノが落ち込んでいるのは今だけで、素敵な相手が見つかれば俺の事なんて忘れるはず。
時間が経てば、ナノも元気になる。
俺はそう思い込むことで、ナノの事を一旦忘れ、仕事に集中した。
☆
「リベに甘えると、リベとアンネを傷つけてしまうの」
家に帰った私は、ソファに座って考え事をしていた。
最近の考え事はリベとアンネの事。
リベが好き。
この気持ちを隠してしまえば、リベとアンネは傷つかずに済む。
でも、胸がチクチク痛んで、自分が傷ついてしまう。
「もし、アンネに出会ってなかったら、リベはナノを選んでくれるの?」
私は、ふとそう思った。
階段を上がり、お父さんの部屋の前に立った。
お父さんは、ムーブ族の会議で家を出ているはず。センチにいとマクロは『ライン』で仕事をしてるし、ミリねえはアンネの所にいる。
家には私一人。
「……」
私はパパの部屋の中に入った。
パパの部屋はお酒と包丁と調味料と本ばかり。
最近は族長の仕事をしているから、お酒と調味料が置いてある棚が減って、そこに本棚が出来た。
私はその本棚にある一冊の本に手を伸ばした。触れる直前、パチッと指先に痛みが走り、身体を本棚から離した。
「簡単にはいかないの。でも、ナノ諦めないの」
私はその本を手に入れることをあきらめなかった。
私は指先に魔力を込め、もう一度本に手を伸ばした。すると、四桁の暗号を答えるよう求められた。
「パパが使いそうな四桁の暗号……」
私は考えた。パッと思い浮かんで五通りある。そのうちの四つは私たち兄弟の誕生日。
でも、私たちの誕生日は他の人にも知られているから、使っていないだろう。
だとすれば、一個だけ。
「ママにプロポーズした時間……、なの」
二六二五。
時間がパパ、分がママの年齢の時にプロポーズしたって聞いたことがあるの。
私は四つの番号を入力すると、本を手にすることが出来た。
「やった!」
私は、手に入れた本を開いた。
そこには、ムーブ族のすべての”秘術”が描かれている。
私はペラペラとめくり、あるページに目を止めた。
「……リベ、待っててなの!」
私は本を握りしめ、覚えたての秘術を唱えた。




