疑われる話
「あ、リベが帰ってきたの!」
「ただいま」
家に帰ると、ナノが迎えてくれた。
それから少し遅れて、アンネがやってきた。
「アンネ、無理しなくていいんだぞ」
「体調が悪くても、出迎えはさせてください」
真っ青な顔をしているアンネを見て、俺は駆け寄った。
腹も大きくなっており、医者からはあと二週間ほどで産まれるだろうと言われている。
出産が近いという緊張からなのか、アンネの体調が良くない。
食欲が無いのもそうだが、頭痛や吐き気もするらしい。
「やはり、出産まで店を休んだほうが――」
「私は大丈夫ですから」
「だが、俺が仕事中に産気づいたらどうする」
仕事を休むというと、アンネは「働いてくれ」という。だから、『ライン』で仕事を続けているが、俺が働いている間、アンネが産気づいたらどうしようなどと常に考えている。
「ナノもアンネのこと心配なの」
「ナノちゃん、アリガトウ」
「う……、体調悪いアンネからアリガトウを貰うと罪悪感なの」
ナノはツヤが良くなった頬に触れながら顔をしかめた。
ナノがアンネの事を心配しているのは本当の事で、仕事がない時は毎日俺の家を訪れ、アンネの話し相手や料理以外の家事手伝いをしてくれている。とても助かる。
「仕事中はミリお姉ちゃんがアンネのこと見てくれてるの」
「二人とも本当にアリガトウな」
俺とナノが仕事をしているときは、ミリが俺の家にいる。
ミリもアンネと同じく妊婦であり、バーで働くのは難しいと思われたが、ミリは「ギリギリまで働くわ」と言っている。大変になったら、ミリの知り合いを雇うとか。
開店前はナノ、開店後はミリの二人がアンネの体調を診てくれている。
「えっと、アンネが産気づいたらどうするの?」
「シロフォンをここに呼んでくれ」
「分かったの!」
出産時は白魔導士が立ち会う。
白魔導士の実家は赤子を取り上げる助産師で、彼女もその資格を持っている。
第一子は信頼できる人に取り上げてほしいということで、俺は白魔導士に頼んだ。
今日は出産の工程を確認するために白魔導士が家に来る日だ。
「こんにちは~」
白魔導士がやって来た。
俺は玄関の扉を開け、白魔導士を家に迎え入れた。
「シロフォンさん、よろしくお願いします」
「はい! えっと、アンネさん、顔色が悪いようですが体調はーー」
「悪いわね。最近吐き気とめまいがするの」
白魔導士はアンネの真っ青な表情を見るなり、どこが悪いのか尋ねてきた。
アンネは正直に答える。
白魔導士は少し考えた後、アンネに薬を渡した。
「出産間近の妊婦さんにたまに見られる症状ですね。こちらのお薬を飲むと軽減されるかと思います。あと、この状態で病にかかってしまうと赤子に影響がありますので、外出は控えてくださいね」
「ありがとう。助かるわ」
「どういたしまして」
アンネと白魔導士の会話を聞いて、俺は驚いていた。
少し天然な白魔導士がちゃんと仕事をしている。薬を処方して、アドバイスをしている。
白魔導士は俺の顔をじっと見ている。
「リベさん……、何か失礼なこと考えていませんか?」
「な、ないぞ。全然」
「まあ、いいです。では、アンネさんが産気づいたとき、私を呼ぶ前にやってほしいことがあります。こちらの紙に書き記しましたので、手順を記憶してください」
「ああ」
「出産予定日が三日前になりましたら、私はアンネさんにつきっきりになりますので、宿泊する部屋を用意していただけないでしょうか」
「分かった」
「あと――」
俺は白魔導士の注文を紙に書き記してゆく。
話し方が事務的なのは、助産師の仕事は母親からしっかり受け継いでいるからだと思う。それに、リーダーが”パーティ解散”を宣言してから、冒険を一旦辞め、家業に専念していると聞く。
きっと、冒険者を引退したら助産師になるのだろう。回復魔法も使えるから、いざとなったら治療もできるしな。
「――以上になりますが、質問はありますか?」
「予定日が早まった時はどうすればいい?」
「私か母を訪ねるしかないですね。リベさんとアンネさんは二人暮らしですから、アンネさんの容態が安定したら来てください」
「分かった。俺の質問は終わりだ」
「……私からも質問があります」
出産などの話し合いは終わった。
白魔導士の質問とは、一体なんだろう。
「どうして、ナノさんがリベさんのお宅にいるんですか?」
「遊びに来てるだけだ」
「そうなの! アンネに会いに来てるの」
「私、リベさんとナノさんのやり取りを見て、ずっと気になっていることがあるんです」
「あら、私は席を外したほうがいい?」
「いいえ、アンネさん。あなたにも関係があることですよ」
俺とナノのやり取りで気になっていること。
そういえば、白魔導士の兄が”不倫”疑惑にあって壮絶な夫婦喧嘩をしたと聞いたことがあるな。あそこは生まれたばかりの赤子がいて、数か月後の俺とアンネの家庭環境と似ていた。
「リベさん、ナノさんと不倫してませんか?」
白魔導士は疑惑の視線を俺とナノに向けた。




