付き添う話
ミリとリーダーが堂々と交際宣言をしてから、数日が経った。
俺とリーダーは『ライン』にいた。二階へ上る階段の前で立ち止まっている。
「そろそろ時間だぞ」
「いや、まだ心の準備が……」
リーダーの言葉に俺はため息をついた。
今のリーダーはシワ一つもない黒いスーツを着ている。いつもの上下だぼっとした私服とは天地の差ほどある服装をしていた。そして、すごぶる緊張していた。
「俺も経験があるから緊張するのは分かるが、そろそろ覚悟を決めろよ」
「……だよなあ」
俺はなよなよしているリーダーの背中を強く叩いた。
「しっかりしろ! ここで決めとかないと延々言われるんだからな」
「もしかして、リベはーー」
「想像の通りだ」
「へー」
「俺の話を聞いて緊張もほぐれたろ」
「それとこれは別」
「面倒くさい奴だな。ネズミがそんなに怖いか?」
「……」
どうやら怖いようだ。
戦闘では頼りになるリーダーだが、婚約者の父親に挨拶に行くというのは戦闘よりも難しいことのようだ。当日、俺の家に寄って助けを求めたくらいだからな。
俺の世界とムーヴ族の世界の境目、俺たちが立っている場所から動く気配はない。
俺もアンネの両親に挨拶したから気持ちは分かるが、三十分以上その場に立ち止まって弱音を吐かなかった。
どうすれば、リーダーはネズミの元へ行ってくれるか考えていると、そこからマクロが降りてきた。
「あの……、何をしてるんですか?」
「マクロ、レビーが緊張して先へ進んでくれないんだ」
「こんな人が義兄だなんて……」
マクロが蔑む目でリーダーを見下していた。笑み以外感情を表に出さない彼にこんな表情をさせるなんて。
階段を下りたマクロは深呼吸をし、気持ちを切り替えていた。
俺はマクロを気の毒に思った。
「え、マクロ君! 今、『義兄』って!」
気弱だったリーダーが一転、いつもの調子に戻った。
多分、マクロがリーダーの事を家族として受け入れてくれたからだろう。表面上だけだが。
「僕にそう呼んでほしいのであれば、父さんに認めてもらってください。そうすればナノ姉さんも『レビー義兄ちゃん』って呼んでくれると思いますよ」
「そうか、ナノちゃんにも呼んでもらえるのか! じゃ、リベ、行ってくるわ!!」
調子を取り戻したレビーは階段を二段飛ばしで上っていった。
マクロはレビーの後姿を見て、青ざめた顔をしていた。まるで、料理下手なナノの料理を食べたかのようだ。
「マクロ、フォローありがとうな」
「ええ、まあ……」
「まだ、仕事じゃないが何か用事でもあるのか?」
「家の中にいるのが嫌だっただけです。今日は仕事までシトロンと一緒にガネの町を観光する約束をしています」
「なるほどな。デザートを見て回るのか」
「はい。あと、香辛料ですね」
「香辛料……、デザートに使うのか?」
「最近、異世界で流行ってるんですよ。試食も作るそうなので、その時は是非」
家の中はリーダーが挨拶に行ってるからな。その場にいるのは気まずいよな。
仕事が始まるまでの間、マクロはシトロンと一緒にガネのデザート巡りをするようだ。二人は研究熱心だから新メニュー開発のためだろう。
だがお菓子に香辛料を入れるなんて初めて聞いた。どんな味がするんだろう。
「ああ。楽しみにしてる」
「リベさんは……、レビーさんの付き添いですか?」
「そうだ」
「それは、大変でしたね。この後ご用事はあるんですか?」
「家に帰る」
「でしたら、移動の秘術を使いますね」
「ありがとう。助かる」
俺の用事を聞いたマクロは、ドアに移動の秘術をかけた。
ドアを開けると、自宅の居間が見えた。
「姉さんもそっちにいるみたいですから、よろしくお願いします」
「また、仕事場でな」
「はい」
俺は移動の秘術を使って帰宅した。




