第4話 二兎を追う蛇たち
黒メガネの大男、ジャルメラ。その分身が狭い道を埋め尽くす。
俺のドレインもクレアの封印魔法も、集団相手には向いていない。
相性は、最悪だ。
「な、何コレ……気持ち悪──」
「「獲物はオレの物ぉぉ!!」」
黒髪の女の子が表情をゆがめると、ジャルメラの分身が一斉に襲いかかってきた。
「守護せよ──《プロテクト・シェル》!」
クレアの守護魔法。俺たち三人を中心に、光の障壁が球状に展開される。
さてどうしたものか。
──などと、考える暇はなかった。
四方から飛んできたナイフは、すでに障壁の内側──俺に刺さる寸前だった。
こいつ、なんて緩急のついた攻撃を……!
仕方ない、一瞬だけなら。
ナイフが地面に転がったところで、クレアが振り返る。
「このまま防戦一方では、魔力が保ちません!」
分身が障壁に群がり、力任せに叩き込んでくる。
──試してみるか。
「《サーワル・ドレイン》──壁渡り──」
光の障壁に左手を当てドレインを放つと、まとわりついていた分身がわらわらと崩れ落ちた。俺のドレインは無機物には伝わりづらいが、魔力を含むものには通りやすい。
この障壁も例外ではなかったようだ(障壁が消えなくて良かった)。
しかし、倒れた分身は消えていない。
何か刺激を与える必要があるのか?
そういえば最初に封印しようとした時も、ドレインでは消えていなかった。消えたのはその後……倒れたところを、封印した時……まさか!
「クレア、耳を!」
「……! 賭けですが、やってみましょう!」
クレアは光の障壁を解くと、すぐさま。倒れていた分身の中の一体に封印魔法を仕掛けた。
強烈な光とともに、ボシュッと消える分身。
すると。
続けざまに、周りの分身も消えていく。数十体のうち半数は減っただろうか。水平線がちらほら見え始める。
どうやら欲に目の眩んだ者は、光でも目が眩むらしい。
黒いメガネは光を遮るためなんだろうが、強すぎる光には耐えられなかったようだ。
「《メル・トジコ》!」
クレアは封印の手を休めない。
「生意気なぁぁ」「だが、見なければ」「存在しないも同然ッ!」
それだけ光に弱ければ、目を背けたくなるだろう。それはそれで構わない。
無防備な体に物理攻撃をお見舞いすれば良い。周りに散らばったナイフを有効活用させてもらおう。
──何度目の封印だったか。
ようやく全ての分身が消え去った。水平線は完全に元通りだ。
「はぁ、はぁ……!」
魔力を使い果たしたのか、クレアは膝をついて息を切らしている。
「大丈夫か、クレ──」
おかしい。
なぜ水平線が綺麗に見えている?
本体は……どこに行った?
道の脇、そびえ立つ壁。切り立った崖。
上から見下ろせば、必要に応じて分身を供給できる。潜んでいるのは、崖の上。
──と、見せかけているのだとしたら。あいつは光が苦手なはず。どちらかと言えば、天に近い場所よりも……。
俺が視線を落とした、その時。
突如、地面が大きく揺れた。
今、俺たちがいるのは。女の子が絡まれていた場所。大剣が突き刺さった地面。大きくひび割れた大地。
下か!
「獲物をいたぶり弱らせるのがぁ!」
「蛇の性ぁ!!」
足元が大きく崩れ、下からいくつもの手が伸びてくる。数体の分身とともに潜んでいたジャルメラが、クレアに掴み掛かろうとしていた。魔力切れで封印魔法が使えなくなる時を待っていたのか……!
しかし、先に掴んでいたのは俺のほうだった。
──クレアの肩を。
「──魔力供給《アッタエル・ドレイン》──」
すでに俺の魔力を慎重に素早く注ぎ込んでいた。これだけあれば充分だろう。
「クレア、もう一発くれてやれ」
「なんだとぉぉ!?」「この理不尽がぁぁ!!」
周りの分身が全て消滅すると、残された本体は。まばゆい光を目の当たりにしてうずくまっていた。
「慈悲深き我らが主よ。願わくば、恒久の平穏を与えたまえ」
十回は聞いただろうか、この詠唱。歪に崩れた道の中心で、しぶとい大男はようやく墓に納まった。
「……ぅ……!」
クレアが口を押さえている。そういえば封印魔法には反動があるんだったか。
「痛っっったあぁ!」
振り返ると、黒髪の女の子が太ももから血を流していた。崩れた足場から這い上がった時にケガをしたようだ。
「《メルト・ヒール》」
俺は駆け寄って右手をかざし、回復魔法を発動させた。基本のようで、けっこう苦労して修得した魔法だ。純粋なプリーストと比べれば劣るだろうが、この程度の傷ならすぐに治る。
「た、助かった~~」
ケガも治りほっとしたのか、彼女はペタリと座り込む。
「本当にありがとう! 私はマーシャ。あなたたち強いのね!」
彼女を近くでよく見ると、長い黒髪は艶めいてしなやかで。同じく黒い瞳は、吸い込まれそうなほどに透き通っている。
「クラウスだ。ひとまず無事で良かった」
「私、怖くて何もできなかった……。でもあの子の魔法にびっくりしちゃった。唱えるだけで封印できちゃうの?」
「その分、負担も大きいようだがな」
クレアはまだ動けなさそうだ。
「じゃあさ! じゃあさ!」
マーシャは目を輝かせ、「お願い!」とばかりに手を合わせる。
このポーズは見たことがある。彼女の性格はどちらだろうか。あざとさアピールで誘惑してくるタイプか、はたまた完全に無自覚な天然少女か。
いずれにせよ、悪い男が寄ってくるのは無理もない。
果たして彼女は。
──そのどちらでもなかった。
俺の見間違いでなければ。
マーシャは手を合わせた瞬間に、忽然と姿を消した。
一体どこへ──
「じゃあさ、こうしたら……」
聞こえた声は後方、クレアがいる方向。
振り返ると。
先ほどまで自分の口を押さえていたはずのクレアが。
──マーシャの手で塞がれていた。
「どうなるのかしら、ね?」
喉元にナイフを突き付けられながら。
崖の上……静かな気配……先回り。
俺たちを尾行していたのは──
こいつだったか……!
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