第14話 偽りの笑顔
これは…… クレアの記憶……?
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「ふむ、守護聖徒になりたいとな? 金髪のお嬢さん」
「ク、クレア・メルトハイムと申します! 大司教様、どうかお願いします……!」
私は魔族がキライ。
心が汚いから。醜いから。物心ついた時からそう思っていた。お父さんとお母さんの影響、なのかな。
本当は冒険者として魔族を討伐したかったけど。回復魔法と守護魔法くらいしか取り柄がないせいで、聖職者として生きるしかなかった。
だから、これはチャンスだった。
魔族を封じるための『守護聖徒』が選抜されると聞いて、いても立ってもいられなくなった。
「どうかのう……基準はシンプルなんじゃが、普通の者にはなかなか難しいようでの。クリアしたのは三人しかおらん」
「じゃが、やってみるかの。封印魔法、教えるから使ってみなさい」
「──彼の者を、封印せよ!」
「天才か!」
「よし、おぬしを四人目の守護聖徒として任命しよう」
「ふむふむ、回復魔法に守護魔法、そして瘴気に敏感、とな?」
「なるほど。クレアちゃんには心の汚れた冒険者を相手にしてもらうのが良さそうじゃな」
「《神隠し》──これからは、そう名乗りなさい。いや、名乗ってはダメか……」
「あ、ありがとうございます!」
「地下都市の出身者、黒髪の男を狙うのじゃぞ!」
やった! お父さんとお母さんに早く知らせないと!
「あれ……お父……さん? お母……さん? どうして血を流して……」
「かわいそうに、魔族化した冒険者のしわざじゃろうなあ……」
……許せない。心の汚れた冒険者を必ずこの手で封印してやる。私、やってみせるから。見ててね、お父さん、お母さん……。
ギルドの『おまかせ結成サービス』、募集条件は黒髪の男性……と。
「このパーティから出ていってくれ」
一人目。
「──彼の者を封印せよ」
「うっ……! 〜〜おえっ、げほ、げほ……!」
何これ、記憶が流れ込むの……? ダミーで練習していた時は何もなかったけど、人間相手だとこんなことになるなんて……。
この人にも家族がいたんだ……。悪い人だけど、人生を奪ったことには違いないんだ。
せめて忘れないようにしないと。そうだ、傷痕を残しておけば──
「そんな鈍間でよく冒険者やってられるな」
──三十人目。
大司教様のおっしゃる通りだ。黒髪の男は性格の悪い人ばっかり。
腕を自分で切るのは痛いけど、何となく落ち着く気がする。私おかしいのかな。
「弱いキミに良い話がある。ぜひ《逆目の円蛇》に──」
──六十人目。
「うっ、~~えっ、げほっ……」
……この感覚、やっぱり全然慣れない。それに、気のせいかな。髪の色が抜けてきたような……。
……疲れちゃった。なんでこんなことしてるんだろ?
わざわざ罵倒されて、つらい思いしながら封印して。馬鹿みたい。
はっ、いけない。使命を忘れるなんて。私がやらないといけないんだ。
……でも、一人はつらいよ……。
そうだ。もし優しい人に出会えたら、協力をお願いしてみようかな。
「出てけ、役立たず!」
──九十四人目。
「おい遊びじゃねーんだぞ、教会の犬め」
──九十五人目。
「ハズレかよ、雑魚が」
──九十六人目。
……いない。全然いない。もう良いや……。
次の人はクラウス、デュラン……うわ、どっちも性格悪そう。もう封印しちゃおっかな。
「チッ、やっぱり回復魔法しか使えねーのかよ」
ほら、やっぱり。どうせもう一人も……。
「ケガは無いか?」
……え?
「はい……ありがとうございます、クラウスさん!」
ついお礼言っちゃった……。もしかして、この人なら……。
「平和な世界にあなたは不要です──ね、クラウスさん?」
この人、ずっと茂みに隠れていた。私を追放するつもりなら、デュランと一緒に私を罵倒していたはず。
もしかして、もしかして……やっと仲間が……。
……いけない、気持ちを抑えないと。泣いたりしたら引かれちゃうかもしれない。
「あなたをこの世界から追放するのはまだ早いようです」
警戒させちゃったかな。協力はしてくれるみたいだけど、なんとなく戸惑っているようにも……。
そうだ、ピンチの時に助けてあげれば信用してもらえるかもしれない。隣町まで足を伸ばしてみよう。
「そうしてあなたが時間稼ぎをしている間にも、この子の首にはナイフが突き刺さっていく。ゆっくり、ゆっくり。蛇が獲物を噛みしめるように……ね」
「〜〜っ〜〜っ〜〜!」
う、嘘……死ぬ、やばい……! た……助けて……。
「すまない。俺が魔力を分けた時に触れたせいで、罠の効果が弱まってしまったみたいだ」
た、助けられちゃった……。どうしよう、頼りないとか思われたら見捨てられちゃうかも……。
次こそは、次こそは……!
「──刻印解放《腹の蟲》──」
「──《メル・トジコ》──彼の者を、封印せよ!!」
「今度こそ、私が守ると決めたんです」
や、やった……蛇教徒を倒した! 私、やったんだ……!
「げほっ、うぅ……う……」
えっ……。
え……?
「〜〜ぉ〜〜え……ぇ……」
カ、カリンさんの、い、妹……? 私、やっちゃった……。
「またここでお茶会でもしましょう? ──生きていれば、ね」
アジトが崩れる……!?
せめて、せめてこの人だけでも守らないと……!
「俺は、最初から魔族だ」
「近寄らないで下さい!」
私は最低だ。悪い人じゃないって分かり切っているはずなのに、瘴気を見た瞬間に拒絶しちゃった。
「数え切れないほどの罪を重ねた、悪魔の話をしよう」
この人、不器用なんだろうな。自分を悪く言うことで、私を奮い立たせようとしている……のかな。合わせる顔がないや……。
地上に出たら、アルフレッドさんから緊急招集をかけられた。カリンさんも来るかな……。
「あ、あの、カリンさん……!」
「悪いけど、あたし急いでるから」
どうしよう、カリンさんに打ち明けられなかった……。
ペトラさんのお墓を共同墓地に設置した。絶対に許されない過ち。罰として、初めてナイフでお腹を刺したけど……さすがにやりすぎちゃったな。
頭がフラフラする……。クラウスさん、何も喋らないな……気付かれたのかな。
「……あいつを。マーシャを百人目として盛大に封印してやろうな」
「ふふ……。はい……!」
き、気をつかわせちゃった。うまく笑えない。そういえば私、笑ったことあったっけ……?
……あるわけない。ずっと、ずっと自分の中に溜め込んできたんだもの。
両親を奪った魔族への恨み、極秘の使命。冒険者に罵倒されながら、きつい代償を払って封印してきたこと。どれだけ悲しい思いをしてきたか。
抱え込んだ気持ちを打ち明けられないのがつらい。
クラウスさんに全部話せたらどんなに楽だろう。でも、腕の傷、足の傷……見せたら引かれちゃうだろうなぁ……。やっぱり話せない。
「おい、どこへ行く」
「あ、あの、えっと……お風呂に」
──大浴場は深夜にしか使わないことにしてる。誰にも見られなくて済むから。
「カ、カリンさん⁉︎ どうして……もうお風呂に入ったのでは……」
「あたしは気付いたの。お風呂に入るたびに嫌でも目に入る。この刻印が、あたしに嫌な記憶を思い出させる」
「加害者のアンタは! どうせ忘れるクセに!」
「ペトラさんのことは絶対に、忘れません!!」
「何を、何を根拠に? そんな綺麗ごとを言えるの⁉︎ ねえ、教えてよ!!」
「や、やめて下さい!」
「ひっ……⁉︎」
あ……。
「な、な……」
見られちゃった……。
「何よ、それ……」
誰にも見せたことなかったのに……。
「……冒険者の封印とは、その人の人生を奪うことですから。決して忘れてはいけません。罰として、お守りのナイフは欠かせないのです」
……もう。もう、我慢できない。この気持ち……抑えきれない。
「カリンさん!!」
「ひっ、な、何……?」
思わず抱きついちゃった。もう、止められない。
「私、嫌なんです……! 使命だって分かってるのに、でも……! 封印して、吐いて、封印して、吐いて……もう、嫌なんです!! もう、傷付きたくないし……傷付けたくもない!!」
「わああぁあぁぁあああん!」
「なんで……アンタが泣くのよ……泣きたいのはこっちなんだから……!」
そう言いつつ、頭を撫でてくれた。懐かしいな。ん、懐かしい……?
「あの、カリンさん……」
「どうしたの? アンタの部屋は隣でしょ」
「クラウスさんを起こしてしまいそうなので……。一緒に寝ても良いですか?」
「じつは昨日、崩れたアジトの中で怖い夢を見てしまって……」
「待って、まずその状況が怖いんだけど……仕方ないわね。ほら、こっちに来なさい」
ベッドの中で恥ずかしくて反対を向いていたら、カリンさんは傷だらけの腕をさすってくれた。
あったかいな……。
──でも結局、その日も同じ夢を見た。
『お兄ちゃん! 死なないで!』
『たぶん、俺はもうダメだ……このナイフを渡しておこう。俺の魔力が込めてある……ちょっとした、おまじないだ』
い、意味が分からない! お兄ちゃん、いつもはこんなこと言わないのに……。
傷付いてるから、ボロボロだから、おかしくなっちゃったんだ……。
ドレインなんていらない。私に回復魔法があれば、癒してあげられるのに……!
回復魔法さえあれば……!
『クラウディアよ。お前の兄クラウスはどうやら冒険者に襲われたらしい』
『【兄を痛め付けた冒険者に、復讐しないか?】──その漆黒の髪には憎悪がよく似合うのだから』
『はい、分かり……ました』
え……どうしてそうなるの? そんなことより、今はお兄ちゃんの側にいてあげないと……。
『冒険者を、殲滅してきます』
か、身体が言うことを聞かない……。
私の黒髪、大好きだったのに……今こうして見ると、毛先から意識が吸い込まれそう。嫌でも目に入っちゃう。気持ち悪い感情が止まらない……!
『ふふふ。冒険者の皆さん、死んで下さい』
い、嫌……人を傷付けたくないよ……。お兄ちゃん……!
はっ⁉︎ お兄ちゃんのナイフから魔力がみなぎって……。
『──自滅魔法──』
し、死にたくない。助けて……助けて……お兄ちゃ──
『──《全地収束》──』
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──
「──て……」
「──して!」
「しっかりしてよ、クラウス!!」
……気付けば、カリンが目を真っ赤にして俺の肩を揺さぶっていた。
クレアの記憶……。
クラウディアの生まれ変わり……だというのか……?
『お前の妹は魔族の鑑だ!』
〝人を傷付けたくないよ……〟
何が、「魔族の鑑」だ……。
『最期は晴れやかな笑顔だったぞ!』
〝助けて……助けて……〟
何が……何が「晴れやかな笑顔」だ……!
コイツ……コイツ……!
「くっ、うっ、くうぅぅ……!」
「──殺す」
「え?」
「クレアをいたぶった罪で……俺の妹を弄んだ罪で……」
「殺す」
「偽りの笑顔を強要した罪で……」
「殺す!」
「いつまでも……いつまでも……」
「殺す……!!」
儚く光る小さなペンダントを握りしめ、俺は固く誓った。
ヤツが生み出した封印魔法の代償は今、俺の憎悪を引き出した。
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