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05.兄も、妹を心配する ―― side アナスタシア兄

※誤字報告ありがとうございました!

 婚約が解消されてからのアナスタシアは、父に宣言した通り、時間があれば魔道具の開発に勤しんでいた。


 学園が休みの日だけでなく、帰宅後だって部屋に籠りっぱなしであるし、寝ても覚めても魔道具のことを考えていると言ってもいいかもしれない。

 家族は知らないことだが、学園の休み時間にも魔道具のアイデアを書き溜めている始末である。


 アナスタシアが嬉々として魔道具造りに夢中になっているのを目の当たりにして、兄のブライアンは複雑な気持ちであった。


 というのも、ブライアンは以前から、ビクトルの不貞や、妹とビクトルの関係が良好ではないことを知っていたからだ。

 ブライアンは既に学園を卒業しているが、ひとつ年下の婚約者であるレイチェルはまだ学園に在籍しているし、何よりも、レイチェルはかなりの情報通なのだ。そんな彼女がアナスタシアたちのことを知らなかったわけがない。


 父に心配を掛けたくない、という妹を尊重して黙っていたのだが、婚約から解放されたことでアナスタシアがここまで活き活きとするのであれば、もっと早く父に相談しておけばよかった、と少し後悔している。


 気丈にふるまってはいたが、アナスタシアが時々ため息をついていたことだって知っていたし、レイチェルから話を聞いただけのブライアンでさえ、ビクトルの所業を不快に思っていたのだから。


 加えて、もっと前にビクトルから解放させてあげていれば、魔道具開発だって、今のように極端にのめり込むこともなかったのではないかと思う。今の事態は、今までの反動ではないかと思うのだ。


「アナ。魔道具を作るのはいいが、根を詰めすぎだ。もっとペースを落としてもいいのではないか?」

「まあ!お兄様、わたくし、やっと心置きなく、予定を気にせずに魔道具を開発できるようになったんですのよ。わたくしの楽しみを取らないでくださいまし」


 少し前に一度、実は寝る時間も惜しんでいるのではないかと心配になって声を掛けてみれば、全く自重する気配のない返事が返ってきた。

 それからは控えるようには言っていないが、侍女たちに、アナスタシアがやりすぎて倒れないように気を付けてもらっている。


 そんな風に妹に気を配っているブライアンであるが、正直なところ、ブライアンもアナスタシアの気持ちがわからないわけではない。

 ブライアンだって、妹と魔道具を作るのは楽しいのだから。


 ブライアンは、机上の理論は得意なのだが、杓子定規なところがある。

 応用が利きづらいというか、保守的で、失敗が怖いから従来のやり方から外れることがなかなかできないのだ。

 それが自分の欠点であることは、十分に理解している。


 反して、アナスタシアは発想が豊かで、いつも突拍子もない思い付きをする。

 魔法の組み込みにしても、今までになかったような組み合わせをしたりするから、結果的にとんでもないものが出来上がって、驚かされることもしばしばだ。


 そんな二人なのだが、アナスタシアよりもブライアンのほうが知識が豊富で、アナスタシアには雑なところがあるため、ブライアンが補ったり指摘したりすることで、魔道具の完成度があがっているのだ。


 そうして出来上がる魔道具は父にも感心されているが、自分でもなかなかの出来栄えだと思う。そんな魔道具を作り上げることができて、楽しくないわけがない。


 ただ時々、アナスタシアが魔道具の素材を見ながらうっそりと笑っているのを見ると、妹の将来が不安になる。そんな不気味な笑い顔をしていたら、嫁の貰い手がなくなるのではないかと心配になるのも仕方がないと思う。


 アナスタシアは父に生涯独身宣言をしたようだが、父もブライアンも、そんな生涯を送らせようなどとは露ほども思っていない。

 今はただ、アナスタシアの心情を慮って、学園の卒業くらいまでは好きにさせてあげようと思っているだけで、将来的には婚約者をあてがうつもりでいる。


 実際、釣書も既に結構な数が届いているのだ。


 傷物という印象は拭えないのにも関わらず、こんなに早くいくつもの釣書が届いたのは、恐らく、アナスタシアの魔道具開発の能力を望まれてのことだろう。


 献上した録映機を始め、ワイズ侯爵領で使用されている各種魔道具の評判は高く、アナスタシアの能力についても噂に上がることが多い。

 同様にブライアンの能力も買われているのだが、ブライアンは既に売約済みだ。

 レイチェルとの仲の良さは広く知られているし、誰もが、このふたりが婚約を解消するなんてことはないと思っている。


 となれば、アナスタシアを望む声が多いのもわかるのだが、ブライアンも父も、今度は、今度こそは誠実な男をあてがいたいのだ。

 ビクトルのような男に振り回されるアナスタシアはもう見たくない。


 そう思って、釣書が届く度に、ブライアンはレイチェルに評判を聞いている。

 情報通とは噂好きと取れないこともないが、噂もバカにはできないのだから。


『あ、この男は、外面がいいだけで裏では女遊びが激しいわ』

『こっちの男は、金に目がないのよ。人を利用することも厭わないから、アナちゃんが使い倒されちゃうかもしれないわ』

『あー、この人は、悪い噂はないけど、ちょっと頼りないのよね』

『この男は、甘やかされて育った我儘なお坊ちゃまよ』

『この人っていうか、この人の家も確か借金があるわ』


 よくもまあ、こんなに噂を集めているものだと感心すらするが、参考にはなる。


 レイチェルから聞いた話を父に伝え、ふたりで釣書を篩にかけていくと、残ったのは、マルティン伯爵の嫡男とグルエル子爵の嫡男だった。

 奇しくも、どちらもワイズ侯爵家と関りがある家だが、マルティン伯爵は緊急時に援助しただけだし、ビクトルにカフリンクスを奪われたのはグルエル子爵の次男で、今回の話が来ているのは嫡男だ。


 グルエル家のほうは、なぜ、次男には婚約者がいるのに嫡男にはいなかったのかと思ったものだが、どうやら、嫡男は薬草の研究に没頭していて、これまで女性には目もくれなかったらしい。


 とはいえ、ブライアンと同じ年で嫡男とあれば、婚約者がいないままではご両親もさぞかし困っていたことだろう。

 それが、今回、次男のカフリンクスの件でアナスタシアの株が上がったうえに、今はフリーとなったと聞いて、ぜひ嫁に、ということらしい。


 アナスタシアもひとつのことに没頭しがちだから、相手に嫌悪感を抱くことはないだろうが、この二人がくっついた場合は二人して領地に籠り兼ねない。

 そこが難点だが、弟を助けてもらったことを恩に着ているということは、家族のことを気に掛ける人柄なのだろうし、浮気の心配もなさそうだ。


 方や、マルティン伯爵は、これまで大して交流もなかったワイズ侯爵家に、隣領というだけで手を差し伸べてあげるほどの器の大きい人である。


 嫡男は、アナスタシアよりも二歳年下にはなるが、それくらいは許容範囲だろう。父親の人柄を継いで、誠実な人間であればいいのだが。

 社交界にもあまり顔を出さず、まだ学園にも入学していないとあって、さすがのレイチェルでもマルティン伯爵家の嫡男の人となりまでは掴んでいなかった。


「まあ、でも、人物像がどちらも問題ないなら、軍配はマルティン伯爵家にあがるんだよな……」


 思わず独り言を零してしまったブライアンであるが、実は、今、ブライアンは商会の店舗で店番をしている。販売員が病欠したこともあるが、客の流れや人気商品を確認するために、時々店舗に来るようにしているのだ。


 客の波が引いたところで考えに耽っていたのだが、最近は、時間さえあれば、妹の将来について考えている気がする。


 それはきっと、父も同じことだろうと思う。

 何せ、肝心の本人にまったく結婚する気がないために、父とブライアンがお膳立てをして外堀を埋める作戦に出ることにしたのだから。


「マルティン伯爵領の鉄鋼とアルミは魅力的だよなぁ……」


 マルティン領では定期的に領内の資源を調査しているらしく、最近になって鉄鋼とアルミが発見されたという話は社交界でも鉄板の話題だ。

 それらの鉱物は魔道具の材料にもなるためブライアンも情報を集めていたのだが、その話題が単なる噂話ではなく事実だと判明してからは、ブライアンも正直お近づきになりたいとは思っていた。


 だから、このタイミングで釣書を貰ったことは大変喜ばしいのだが、そんな資源があるならば、我が家でなくとも引く手数多なはずなのである。

 なのに、わざわざ傷物となった、それも年上の令嬢を娶ろうとは、何か裏があるのかもしれない、とブライアンは少し訝しがっていた。


 ブライアンの懸念は、魔道具の材料を餌に、アナスタシアの能力だけを取り込もうとされることだ。アナスタシアは魔道具を作らせてくれるだけで喜ぶだろうが、ブライアンも父も、アナスタシが利用され、使い倒されるのは避けたいのだ。


 どうしたらマルティン伯爵の狙いがわかるだろうか、と考え始めたところで、お客様が来たようだった。


 ブライアンも出迎えようとしたのだが、当の客を見て固まってしまった。

 が、一瞬で立て直し、人好きのする笑顔を浮かべる。


「やあ。お邪魔するよ。魔道具を見せてもらってもいいかな?」

「いらっしゃいませ。我が商会にようこそ。マルティン伯爵直々に店舗にいらしていただけるとは光栄です。連絡をくださればこちらから出向きましたのに」

「いやいや、それには及ばないよ。たまたま通りかかってね。今日は手持ちも少ないし、見るだけで終わるかもしれないから」

「それだけでも幸甚ですよ。お立ち寄りいただいてありがとうございます」


 まさか、このタイミングで来店されるとは。


 これは、もしや、我が家へのアピールなのではないだろうか。

 そして、あわよくば、アナスタシアに会っておこうとしていたのではないか。


 その証拠に、嫡男らしきご子息も連れているし、ご子息はきょろきょろとしているが、目線が魔道具ではない。誰かを探しているようなのだ。

 ―――残念ながら、今日は学園は休みなのだが、アナスタシアは自邸で魔道具造りに没頭していて商会には来ていない。


 わざわざ店舗まで来てくれたことには驚いたが、やっぱり、そこまでしてアナスタシアと縁を結びたい理由がわからない。


「実はね、ワイズ侯爵領の復旧の手伝いに行っていた我が領の領民から、畑や綿織物工場で使われていた魔道具が素晴らしかったという話を聞いていてね。それに加えて、最近また画期的な魔道具を発売したという話だったから、是非、拝見したいと思っていたんだ」

「それは大変うれしいお話ですね。ありがとうございます。ワイズ侯爵領のものは特注なのでこちらには置いていないのですが、最近発売したものでしたら、こちらの録映機でしょうか。監視にも使えるのですが、御家族との大切な思い出やお子様の成長も記録できるので、みなさまに喜んでいただいております」

「ああ、それは素晴らしいね」


 穏やかに話すマルティン伯爵には、裏があるようには見えない。

 今日は、単純に商品を見にきてくれただけなのだろうか。


「これは確かに手に入れたい逸品だ。ブライアン殿、だったかな?可能ならば、三つばかり取り置いてもらえないだろうか」

「もちろん承ります。もしよろしければ、お邸にお持ちしますよ」

「それはありがたい。ああ、これもいいな」


 そう言って手に取ったのは、婚約を解消したアナスタシアが一番最初に作った照明の魔道具だった。点灯の際にかざす魔力の大きさによって灯りの強さが調節できる照明だ。


「さすが、お目が高いですね。その照明が一番最新の商品なんですよ」

「そうなのかい?本当に、君たち兄妹は優秀だね。役に立つ、素晴らしいものをたくさん開発しているのだから。我が領の鉄鋼やアルミも、こういったものに使ってほしいものだね」

「え?」


 今、さらっと、とんでもないことを言わなかったか?

 これは一体どういうことだろう。

 今日の店舗への来訪は、アナスタシアとの婚約話とも違うのだろうか。


 そんな疑問が顔に出てしまったのか、マルティン伯爵が、周りに聞こえないように声を落として説明してくれた。


「ああ、すまないね、いきなりこんな話をして。ムーンレイ伯爵には追ってきちんと話を通すつもりなのだが、できればビジネスの話もしたいと思っていてね。我が領の採掘の話は聞いていると思うが、儲けしか考えていないような輩とは手を組みたくないんだ。できるだけ有効に使いたいと思ったときに、この商会のことに思い当ったんだよ」


 まさか、そんなことを考えてくれているとは思っていなかった。

 もしマルティン伯爵家と提携できるならば、こちらこそ願ってもない話だ。


「でも、それはそれで、この子との婚約話も前向きに検討してほしいのだけどね。アナスタシア嬢は、能力もさることながら、礼儀正しくてすばらしい女性だから既に引く手数多だろうが、私もこの子も彼女のことをすっかり気に入っているのだよ」


 ああ、そうか。この前の夜会で挨拶していたと言っていたから、その時に、マルティン伯爵だけでなく、ご子息にも会っているのか。

 ご子息は頬を染めているから、伯爵の言う通り、まんざらでもないのだろう。

 聞けば、アナスタシアと話してからは魔道具についての勉強も始めたそうだ。


 となれば、婚約話は圧倒的にマルティン伯爵家が優勢だ。

 これは、帰ったらすぐに父に話をしないと。


「妹の婚約については、今はまだ前の婚約を解消したばかりですから、少しお時間を頂いてしまうと思いますが、ビジネスのほうはこちらからもお願いしたいところです。父からも連絡するように伝えておきますね」

「ああ、すまない。そうだね、すぐに、というわけにはいかないね。他の家に先を越されたくなくて気が急いてしまったよ。突然店に寄ったのに、こんな話をして申し訳なかったね」

「いえ。こちらこそ、光栄なお話をありがとうございます」


 そうして、その後は店舗の商品を案内してまわって、取り置いてくれた商品を近いうちにお邸にお届けすることを約束して、今日のところは別れたのだが。


 もう少しご子息の人となりを調べる必要はあるが、今日話した限りでは、礼儀正しかったし、気遣いもできて傲慢な様子はなかった。

 伯爵の人柄は言わずもがな、ビジネスの話にしても、ちらっとしか聞いてはいないものの、ブライアンも共感できる内容だった。


 やはりこの縁は繋げておくべきだと思ったブライアンは、店番を続けながらも、頭の中で父に話を通す算段をつけ始める。


 こうして外堀が埋められていることなど、アナスタシアは知る由もなかった。


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