1-6 四人同時対戦
侵入して十分ほど経過した頃。ワンパターンな殺戮に俺は飽きつつあった。
めぼしい実力者はほとんどおらず、今、残されているのは非戦闘員にしか見えない雑魚ばかり。趣向を変えて、建物や店に売られた品物を破壊してみたところで魔力を得られるだけで戦闘経験の足しにはまるでならない。
途中、三百人くらいの大所帯で異能者が襲ってきたときには少しは期待したがこれまでの異能者共同様、包囲攻撃しかしてこなかった上に、体を回転させながら腕をたった一度振るっただけであっけなく終わっちまった。もちろん、魔力を飛ばしながら攻撃したから、通常の回転攻撃よりは遥かに間合いがあったとはいえ、たった一撃で三百人が死ぬなんて誰が予想できる。
一応、中央にあるでかい建物の方にアデーレに匹敵する猛者たちが集まってはいたからな。そいつらが来るのを期待して、ダラダラやってはいるが……限度ってもんがある。あまり来ないようなら、こっちから襲うか。
「……お、動いたか」
ほんの数秒だけ中央に集まってたかと思えば、凄まじい速度で外へ飛び出す。人数は四人。各々が俺たち人重兵器を狙って動いている。連中はどうやら一対一でやる気らしい。
「いいね、そう来なくっちゃ」
面白くなってきた。俺は嬉しくて、思わず目の前で震えていたおっさんをぶん殴り、その体を四散させてしまう。その際に返り血を浴びちまうが、そんなものはさっさと拭ってしまう。
前回はアデーレ一人に二人がかりで敗北した。今回はアデーレに匹敵する実力者四人を一騎打ちで迎え撃つことになる。それも四人同時に操作して、だ。その難易度は前回の比ではない。だが、だからこそ楽しみだ。俺とてこの一週間で己の肉体の動かし方にはだいぶ慣れてきた。まだまだ新米のレベルだが、どの程度通用するか楽しみではある。
とりあえず、今回の異世界来訪の目的は達成したと見ていい。この後は流れに身を任せるしかない。俺は周囲の人間を虐殺しながら、猛者が来るのを待った。
それから十秒ほど経って、猛者は俺の目の前に降り立った。
○○○○○
カラセ。そこは平和なだけでなく、美しい街としても知られている。だが、今はその面影はどこにもない。瓦礫と死体だらけの凄惨な舞台をランフェル・キソルドはひたすら駆け抜けていた。
「これをたった四人でとか……ほんま、勘弁してほしいわ」
キソルドは周囲の状況を見て、ため息をつく。とてもではないが、たった四人で――しかも、数分足らずで出来ることではない。侵入してから五分ほどでこれだけの惨状を作り出そうと思えば、通常の異能者ならば最低百人は必要だろう。
もちろん、キソルドたちも似たようなことは出来る。ただでさえ、カラセは平和ボケした街だ。異能者の質は低いし、それに比例して防衛力も低い。キソルドたち四人がかりでやれば、似たような時間でこれだけの惨状を作ることは容易に出来るだろう。だが、ただの異能者にこれが出来るかと聞かれればまず不可能だ。いくら、質は低くとも千人もの異能者がこの街にはいる。それらをわずか数分足らずで倒すことは容易ではない。
だが、今回の侵入者はそれを難なくやってのけてみせた。つまり、最低でもキソルドたちに匹敵する実力者たちが暴れている。そう考えると気が滅入ってくるというものだ。
「せやけど、どっからやってきたんや?」
キソルドの記憶が正しければ、カラセ周辺にキソルドたちに匹敵する実力者などいなかったはずだ。最初は転生者の線も疑ったが、この周辺に異空間が開かれた形跡もない。かといって、他の地域――あるいは、他国から来たというわけでもなさそうだ。これほどの実力者たちがこんな平和ボケしたところにところに来れば否が応でも気付くからだ。
「ま、直接見てみぃひんことには分からへんか」
侵入者たちは揃って議事堂から離れていた上に街の現場をある程度確認してから来ていたために少しばかり時間がかかってしまったが、もうすぐ侵入者の下につく。侵入者の顔を見れば分かるだろうと判断し、キソルドは散乱した瓦礫の上を器用に渡っていき、侵入者の前へ降り立った。
惨状の中心に立っていたのは黒いフードを着た金髪の大男だった。キソルドはその人物が今回の侵入者であると判断し、目を細める。男はニヤニヤと笑みを崩さぬまま、言う。
「ようおいでなすった。俺はファス・レングース。よろしくな」
男――ファスは両手を広げ、歓迎するかのような口ぶりで言う。そんな彼をキソルドは一切の油断もなく観察していた。
フードで今ひとつ分かりにくいが、見覚えのない男であることは間違いなかった。少なくとも、キソルドは知らない。ということは、目の前の男は真っ当ではない場所から来た可能性が高い。そう考えれば、ファスの出身地はある程度予想がつく。
だが、それ以上に自分が来ていると気付いていたはずだ。にもかかわらず、逃げる素振りを見せなかった。となると、逃げずとも問題ないと判断した、ということになる。相手との力量差が測れないはずもない。つまりはそういうことだ。キソルドは内心で盛大にため息をつく。
「堪忍してや。こない派手に暴れよってからに」
「悪ぃな。あんたみたいな猛者とやるにはこうすんのが一番だと判断したんだよ」
その言葉にキソルドは自分の胸の内に怒りの炎が燃え上がったのが分かる。別にキソルドの住民に思い入れがあるわけではない。だが、自分たちと戦うためにこんな大惨事を引き起こしたなどと聞かされれば、怒りの一つくらいは覚えるのが普通だ。
目の前の男は明らかに常軌を逸している。戦闘力も、精神も何もかも全てが人のそれではない。そう判断したキソルドは怒りをゆっくりと消し、同時に己をも消していく。今から自分がするのは獣退治だ。そこに感情など何も必要ない。
「ほぅ。見事なもんだな。義憤に囚われていた心を覆い隠し、ここまで完璧に感情を消してみせるとは」
「無駄話しに来たんとちゃうねん。すまんけど、ここで死んでもらうで」
刹那、キソルドの周囲の空気が吹き荒れる。キソルドの灰色の魔力に従うかのように風が彼の背後で竜巻の如く回る。それを見て、ファスは黒い魔力を放出し、右手に身の丈ほどの大剣を出す。
三つの竜巻を背後に従えながら、キソルドはファスの持つ大剣を見て、言う。
「無属性の魔術か。厄介やな」
キソルドは警戒心を剥き出しにしながらファスの大剣が無属性の魔術によって作られた物だと一発で看破する。となれば、その威力は絶大なはずだ。知らず握り混んでいた手の力が強まったのをキソルドは感じた。
キソルドは両手を広げ、背後にある三つの竜巻の内、両側にある竜巻を両腕に纏う。すると、両腕を覆う程度にまで圧縮された風が周囲に凄まじい衝撃波を放つ。
「やるな……」
だが、ファスは動じない。元々、この程度の突風など風を凝縮した結果発生する副産物としてしか見ていないキソルドとしてもその程度でどうこうなると思ってはいなかった。だから、腰を落とし、ファスへと正面から突進していく。
その動きはこれまでの異能者もどきとは比べものにならないほどに速い。そのまま両手を前に突き出し、双手突きを放つ。ファスはそれを左半身になってかわし、大剣による返撃を放つ。
「ぬぅ……」
その斬撃は連続攻撃を仕掛けようとしていたキソルドが回避に徹するほどに鋭く、力強い一撃だった。横薙ぎの一撃を後ろに飛んでかわしたキソルドは右手を突き出して、竜巻状の風を飛ばす。ファスは剣を横に薙いで風を消し飛ばし、返す刀で魔力の斬撃を飛ばす。キソルドはそれを両腕を交叉させることで防御し、そのまま両手を開いて意趣返しのように斬撃を消す。
「やっぱ強えな」
ファスの口元が歪む。完全に戦いを楽しんでいる者のそれだ。周囲に散らばっている死体になど目もくれず、キソルドをひたすら睨みすえている。それを見たキソルドはファスが己の愉悦のためだけに此度の襲撃を仕掛けたのだと改めて確信した。
「はっ、ほんなら、なおさらここで死んでもらう必要があるな」
「何を今さら。そんな寝言ほざいてる暇があるなら、もっと本気で来いよ!」
ファスは大剣を振り上げ、勢いよく振り下ろしてくる。その際に発生した衝撃波が絶大な魔力と共に一直線に飛んでくる。キソルドはそれを横に飛んで躱す。だが、キソルドの背後にはすでに剣を振りかぶるファスの姿があった。
居合いのような構えから超速で放たれる斬撃をキソルドは振り向きざまに風を纏った左腕で受ける。だが、完全には止めきれずに大剣が風を突き破ってキソルドの左腕に食い込む。
「ぐっ!」
風と服の防御を突破されたキソルドはとっさに自身の左後ろに残しておいた竜巻をファスに向けて動かす。ファスは後ろに飛び、竜巻を躱す。
「っとと、危ねえ危ねえ」
「……」
強い。それが両者の相手に対する感想だった。もっとも、その感情は真逆だったが。
ファスは単純に相手が強いことに喜んでいる。この戦いで自身が強くなれることを喜んでいる。逆にキソルドは怒りを覚えている。これほどの強さを持つ相手が狼藉を働いているという事実に怒りを覚えている。
そんなキソルドの内心を知ってか知らずか、ファスは両手を広げ、歌うように叫ぶ。
「さぁ、まだまだ盛り上がってこうぜ!」
口元を歪め、ファスは突進してくる。その速度は先刻とは比べものにならないほどに速い。距離もそれほど離れていなかったこともあって、須臾にも満たない時間の内にファスの斬撃がキソルドを襲う。キソルドは長年の戦闘による経験からの反射でとっさに後ろに飛んで退避するが、躱しきれずに首から血が出る。
「くっ!」
「ははっ!」
ファスは凶悪な笑みを浮かべながら、連続で大剣を振り続ける。キソルドはそれをひたすら躱し続けることしか出来なかった。
防戦一方。それは戦闘に置いて致命的だ。けれど、一振り一振りの斬撃速度が速すぎて、反撃すらままならない。距離を取ろうにも、即座に対処され、距離を詰められる。ギリギリまで神経を張りつめなければ躱せない連続攻撃にキソルドは徐々に避けきれなくなり、体のあちこちに裂傷を作る。
「うっ……」
不意にキソルドは足下の石に取られ、体勢を崩し、尻もちをついてしまう。そして、瞬く間に彼の正面に来たファスが刀を振り上げている。もはやこれまでとキソルドは目を閉じる。だが、いつまで経っても斬撃が彼の身を襲うことはなかった。目を開くと、ニヤニヤ笑いながらこちらを見下ろすファスの姿があった。
「おいおい、ビビって目ぇ閉じるなんざ、素人のやることだぜぇ?」
その代わりに浴びせられたのはキソルドを馬鹿にしきった皮肉だった。舐められている。キソルドは内心の怒りが暴発しそうになるのを必死に堪えた。
先ほどの連続攻撃にキソルドは為す術もなかった。それに加えて、最後の一太刀が振り下ろされれば、キソルドの命は間違いなく終わっていた。それをしなかった理由。それはキソルドが舐められている以外にありえない。
「人を舐めるのも大概にしぃや!」
キソルドは立ち上がった、距離を取ると両腕を高く掲げる。ファスは妨害することなく、その様子を笑って見ていた。キソルドはそれに青筋を立てつつ、両腕に凝縮した竜巻を背後にある巨大竜巻の方へと融合させていく。
「ほぅ……」
ファスは感嘆のため息をつく。両腕に凝縮した風と竜巻を複合させたことによって生まれた竜巻。それは明らかにこれまでのキソルドが使っていた風とは比にならぬほどの魔力と威力が込められていた。
「食らい!」
暴力以外の何物でもない竜巻がファスを襲う。明らかに絶大な魔力が込められた竜巻をファスは避ける素振り一つ見せず、笑いながら真っ向から食らってみせる。竜巻はファスの体を覆い、込められた魔力が尽きるまで吹き荒れ、ファスの体を攻撃し続ける。先ほどまでの攻防で冷静さを失っていたキソルドはそれに違和感を持つことなく、勝利を確信し、笑みを浮かべる。だが、その笑みはすぐに凍り付いてしまう。
「ひゅー。結構いい攻撃じゃねえか。効いたぜぇ」
「ウソ……やろ……」
吹き荒れる竜巻が消失した直後、口笛を吹きながらファスが無傷で出現する。服にほつれ一つなく、先ほどの竜巻はファスの服に纏われた魔力すら突破できなかったことを証明していた。
「何を驚くことがある。その程度の攻撃で俺をどうこうできるわけがねえだろうが」
「化物が……」
キソルドは歯ぎしりをし、一歩後ずさる。それを見て、ファスは不快そうに舌打ちをする。彼は悟ってしまったのだ。先刻の一撃こそがキソルドの切り札であり、それを打ち破られたキソルドの戦意はもはや失われてしまっている、と。
「ちっ……。ここまでかよ、つまんねえ終わりだぜ。お前もそう思うだろ? ナタリー」
ファスは視線だけを右側に向けて呟く。キソルドは跳ねるようにファスの見た方を向く。そこには黒髪の少女がいた。
「そんなの当たり前だろう。カルピスを薄めれば味がなくなるように、無理矢理伸ばしたってつまらなさが増すだけだよ。全く、何をちんたらしてんのさ。他はもうとっくに終わってんだけど?」
それにファスは一瞬だけ意識を他の三人に向ける。全身穴だらけで地面に横たわる大男。胸に大きな穴を空け、全身が黒焦げになっている剣を持った男。そして、全身バラバラにされている赤髪の女。いずれも命が消え失せているのは確かだった。
「おーおー。我ながら、随分あっさり仕留めちまったもんだな。つくづく、俺には自分ってヤツがねえと痛感させられる」
「何の……話をしてるんや……」
自嘲するように笑いながら話すファスの言葉の意味が分からず、消え入りそうな声でキソルドが問いかける。だが、その問いに対する答えはあまりにも残酷だった。
「てめえが知る必要はねえよ」
言いながら、ファスは下段の構えを取り、一瞬でキソルドの横を通り抜ける。通り抜けざまに放った斬撃はキソルドの胴体を両断しており、キソルドの上半身が横にずれて地面に倒れていく。
「もう死んでんだからな」
「く……そ……っ!」
ファスの姿を見失ったかと思えば、背後から声が聞こえてくる。キソルドは何が起きたか分からないまま、血を吐き、地面に倒れる。真っ二つにされた体が両方とも地面に崩れ落ちたときにはすでにキソルドの命はなかった。
「どうやら、他者を相手にしての四人同時の戦いは問題ねえみたいだな。それに人を殺して得られる魔力もなかなかだ。これはいい実験結果が得られた」
ファスは己の中に入ってきた力を左手を軽く握ることで実感すると、大剣を消し去り、キソルドの亡骸に目もくれず、歩き出す。ナタリーの横を通り抜けざまに、彼女に声をかける。
「行くぞ、ナタリー」
「はーい」
ファスはナタリーを引き連れ、その場を去っていく。その直後、他の二人とも合流して、カラセの中心である議事堂に向かう。それから先のことは言うまでもない。議事堂にいた議員たちは職員や秘書諸共皆殺しにされ、逃げ出した議員も議事堂に向かっている最中だった襲撃者たちの手にかかり、死亡した。議員が全滅し、多数の要職に就いていた人間を含む大勢の人々を三十分にも満たない間に惨殺されたカラセの機能は完全に停止した。
その日、カラセはたった四人の手の中に落ちた。