1-4 修練
――七日経って、作業は全て終えた。
今、俺は百人もの人重兵器を同時に操作していた。各人、別々の層で自分の能力を把握させている段階だ。これが思っていた以上に面倒くさい。
というのも、個人個人の能力の使い分けが思っていた以上にしんどい。エルナみたいに光属性の魔術が得意なヤツもいれば、俺みたいに何の属性も持たない魔力で力押しをするのが得意なタイプもいる。他にも毒を自在に扱いこなせるヤツ、炎が強いヤツ、スピードに長けてるヤツ、その他諸々……想像以上に能力の幅があってダルすぎる。もうちょい、偏りが出てくると思ってたんだがな。
しかも、それに加えて主格であるファス・レングースがどんな能力を持っているのか、未だによく分からないというのが一番面倒だ。現状、無属性の魔術が得意ということしか分かっていない。しかし、感覚としては無属性に由来する能力を持っているわけではない。それ以外のことは何も分からず、今に至っている。これが死ぬほどめんどくせえ。
一応、人重兵器の共通としては全員が何の属性も持たない魔力を扱えるという点だが、いずれもファスの扱うそれには遠く及んでいない。まぁ、曲がりなりにも主格となるキャラクターだし、何かしらの分野で一番強くなければ話にならないってことなんだろうけどな。だが、ファスの能力の本質がどういったものか未だに見えないのは問題だ。まぁ、他の連中も能力の全貌はまるで見えていないが。
しかし、この修練は俺に確かな答えをもたらしてくれた。俺は数日前に全てが俺の思うようにしか動かないのがこの特典の弱点だと述べたが、実のところ、そうでもなかった。いや、確かに弱点といえば弱点なのだが、それを克服する意味が何もなかったのだ。
この特典の強みは俺が全ての人重兵器を操作できるという点だ。そのため、行動範囲や情報収集能力などが大幅に上昇し、同時に複数の調査を行うことも可能だ。使い方を工夫すれば一人で複数の人間を操れるという性質上、俺に足止めは何の意味も持たない。それだけでなく、一人では不可能な作戦を行うことも可能だ。つまり、俺はたった一人で数という利点を得たことになる。
そうなると、下手に別人のように人重兵器を操作すると面倒だ。俺の行動に大幅な支障が出るだけでなく、自分同士で潰しあうというわけの分からない状況になる危険がある。それに多重人格にでもならない限り、全くの別人のような思考パターンを持つのは不可能だ。だから、俺はこの弱点を克服することを諦めた。
上辺だけを変え、本質は変えないということを徹底する。言い換えれば言動は変えるが思考は変えないということだ。だが、実はそんなことをしていても、さまざまな観点から物事を見つめることが出来る。
俺は一つのことに固執するようなタイプではない。だから、時と場合により考えが変わる。これを優柔不断と断じるのは自由だが、俺の特典に限っては大きなメリットだ。おかげでキャラクターごとの立場によって物事を考えられるためにそれらを擦り合わせることで最適解が導き出せる。
おまけに各々のキャラクターは意識せずとも動かせるらしく、俺が主格であるファスに集中している間、他のキャラクターはそれぞれの人格を演じながら動き続けている。それでいて、俺の意向に沿った動きをしてくれるので変に演技をする必要が全くない。
そういう意味では俺はこの特典を使いこなせる見込みがあるってことだ。もちろん、ある程度の演技力は必要だがそんなものはじっくりと磨いていけばいい。それよりも、今、必要なのは味方の力の把握と考察だ。
俺は自分の体を見る。アデーレとの戦いで負った傷はとうの昔に完治しており、ここにいるだけでどんなに魔力を消費しても自動的に魔力が供給されていく。まさに無敵状態だ。
そして、その無敵状態も限定的ではあるが異世界でも発揮していたように思う。今になって冷静に考えてみると、アレだけの炎を浴びてもなお火傷一つ負っていなかった。つまり、俺にはゲームで言う状態異常耐性のアビリティを持っている可能性がある。
もし、そのスキルがあるのならば楽だ。毒や呪詛といったデバフをかけてくる能力が効かないのならばどんな攻撃も真っ向から受け止められる。だが、過信は禁物だ。せっかく、毒や呪詛といった状態異常系の能力を持っているヤツが生まれていることだし、ここで思う存分実験していくべきだ。
以前にも言及したが魔術――いや、異能には複数の属性がある。火、風、水、氷、土、光、雷、闇、聖、そして、無属性。基本はこの十種類に分類される。その中で唯一、何の性質も持たず、ただ魔力だけで攻撃するのが無属性だ。無属性は特殊な効果を持たない代わりに他の属性よりも威力、速度が高く、また扱いやすいために下位の異能者の中では好んで使う者も多い。
とはいえ、基本は未熟者の多くが得意とする魔術だ。そのため、無属性の魔術自体の評価は他の属性と比べると低い。だが、熟練の者が使えば途方もない威力を発揮する。それに加えて、命ある者全てが扱えるということもあって、実力者であってもこの属性の熟練度を上げてる場合が多い……らしい。
ぶっちゃけ、異能に関しては個々人によって異なってくるため、あくまで過去の傾向を元に比較的発現者が多い属性が分類されているだけだ。それ以外の属性と見られる異能を扱う者は腐るほどいる。ていうか、創造した百人の中には明らかに十属性に当てはまらない能力を持ってるヤツが結構いる。
「……一人で能力を振るっていても何も分からねえ……か」
どうせ、今の状態では異世界に出張ったところで返り討ちに遭うだけだ。ならば、少しでも実戦経験を積むために人重兵器との戦いを経験するのもアリだ。
「ひとまず、上下で隣り合ってるヤツら同士で戦わせるか。それから、戦う相手をある程度変えていけばいい。つまり、俺の相手は……」
俺は左手を虚空に伸ばし、空間の歪みを生じさせる。カコの階層内にある魔法陣を介しても階層ごとの転移は可能だが、こっちの方がどこからでも転移できる分、楽だ。
俺は立ち上がり、空間の歪みを潜り抜ける。そこには全身を白い光で輝かせた美しい少女がいた。エルナだ。エルナは全身から発していた光を収束させ、こちらへと振り向く。
「よぅ、エルナ。立ち会おうぜ」
「……分かった」
エルナが生み出したのは右手に白い魔力で形作られたロングソードに近い剣だった。前回は俺がファスとエルナの体格差に慣れておらず、脇差で誤魔化した。その結果、近接戦では役立たずになってしまった。だから、俺はさらに修練を積み、普通の刀を持てるようにした。
確かにエルナは小さいが普通の刀を持てる程度の体格はあるんだ。それを屁理屈で誤魔化したのは俺の怠慢であり、弱さでもある。あの世界を生き抜こうと思うならば、甘ったれてちゃいけない。
俺は魔力で生み出した大剣を右手に出現させ、右肩に担ぐように構える。他の連中も各々対峙しており、すでに戦いを始めているところもある。俺も容赦せずに行こう。
「しっ!」
短い息を吐くと同時に突進し、上段の構えから振り下ろす。エルナはそれを左半身になって回避し、そのまま返撃を放ってくる。俺はそれを身を反らして躱し、左手を地面について右足でエルナを蹴飛ばす。エルナには左腕でガードされたが、十数メートル吹き飛ばすことに成功する。
「やるな」
「別に……。当たり前でしょ。どうせ、互いに考えが読めてるんだから」
「まぁ、そう言われりゃ、そうなんだけどよ」
自分で言ってて何だが、身も蓋もないと思ってしまう。けど、エルナの言っていることは事実だし、それは最初から分かりきっていた前提でもある。だから、反論などする気はない。
ここに自分が操作している弊害が出てくる。読心能力がなくとも相手の考えが読めてしまうために駆け引きや読み合いの技術が磨けない。だが、そんなものは異世界で磨けばいいし、今は個人の能力の把握のためにやってるんだ。あまり関係はない。
「ま、互いの能力と肉体の耐久性の確認も兼ねて遠慮なくぶっばなしていこうぜ」
俺は右半身の構えになって勢いよく刀を振りかぶり、横薙ぎに振るう。エルナは上段の構えから振り下ろして、それに対抗する。互いの剣が激突し、拮抗する。確かに互いに手の内が読めるというのはマイナスだが……やはり、戦いは面白い。気付けば、俺もエルナも――いや、人重兵器全員が笑っていた。
そこは魔境だった。空は血のように赤黒く、地面はまるで死に装束のように真っ白だった。地形自体はいたってシンプルで五十メートルは超えるだろう崖が展開され、それは円状に白い大地を覆っていた。
そして、その大地は何もない真っ白な空間だった。その真ん中で俺たちは戦っていた。わずかな気の緩みも許されないほどの速さで俺たちは剣戟を交わしていく。
刹那、俺たちは大剣とロングソードをぶつけ合う。その衝撃は周囲に拡散し、確実に地形に罅を入れ、損傷させていくが、それらの損傷は一瞬で消えていく。
二人の技量は完全に互角だった。間合い、体格で勝るファスはその圧倒的な膂力と魔力を最大限に活用して大剣を振り回し、連撃を放つ。それに対し、エルナは小柄な体格を生かして動き回り、その場その場で斬撃と光線を織り交ぜ、反撃していく。
ファスの斬撃は大振りだった。ならば、それを躱し、斬撃直後の隙を狙うのが普通だ。しかし、それは容易ではない。なぜならば、俺はどれほど大振りをしても攻撃直後に一切の隙をみせず、平然と連続攻撃を仕掛けていけるからだ。そのため、従来の最低限の動きで回避し、反撃に出るという戦法が簡単には決まらなくなっていた。
エルナの体格は小さかった。とてもではないが俺と打ち合えるだけの膂力など持ち合わせているはずがないように見える。だが、エルナの膂力は俺に匹敵するものであった。厳密に言えば、俺の方が腕力は強いがそれでも押し負けない程度の力はある。その結果、躱しきれずとも、俺の斬撃を受けることで防御することが出来た。
両者ともに常識を打ち破る技量と膂力を有していた。それが二人の超高速の打ち合いを実現させているんだ。互いの速度、力はすでに過去のアデーレ戦のそれを優に凌駕していた。二人の肉体にはかすり傷が刻まれていくが、それも一瞬で服ごと再生していく。結果、二人は無傷でその斬り合いを終え、間合いを取った。
「ふぅ……。やっぱ、相手の動きが読めちまうと緊張感がねえな」
「……何を今さら……。分かりきっていることでしょう」
「まあな。けど、とりあえずある程度は互いに自分の能力ってヤツが分かってきたな」
俺は刀を右肩に担いで、そう言う。それにエルナは小さくため息をついて、そっぽを向く。それに俺は苦笑する。
俺は一度戦いを中断し、他の戦いの方に意識を向ける。俺の持つ能力の核は複数の人間を自在に操ることだ。そして、それは大して他に意識を向けずとも可能だった。
そのため、俺はファスに意識を集中させつつ、他の人重兵器たちも戦わせることで能力の使い方をあらかた網羅していた。もちろん、人重兵器全ての潜在能力は引き出せていないが、それは実戦でやれば済む話だった。
そして、俺はすでに次の異世界訪問に関する計画を頭に立てていた。といっても、異世界に関する情報はほとんどないのであくまで人重兵器の運用の仕方についてに留めてはいるがな。
前回と違い、人重兵器は百人もいる。その全てを一ヶ所に集め、動き回るのは効率が悪すぎる。だから、何チームかに分けて、別々に暴れた方がいいだろう。負けて上等、勝てば強化が出来る。要は戦いが出来ればいいんだ。百人一斉に動いていたら、戦えないヤツが出てくる可能性は高い。ここは少数に分けるべきだと俺は判断した。
「ま、チームに関してはほとんど適当になりそうだけどな」
それはやむを得ないだろう、と俺は思う。何せ、俺は戦闘や戦術に関してはど素人だ。知識などラノベやアニメを基準にしたものでしかない。そんな俺に軍隊の運用など出来るはずもない。
ひとまず、模擬戦はこんなところでいいだろう。俺は全ての戦いを終わらせてから、その場にあぐらをかいて座り込む。
ヘルプから得た情報を元にこの後の目標はあらかた決まった。そのためには人間だけでなく、神や魔族といった人外共との戦いが必須だ。これから、一瞬でも気を抜かなきゃ、即死するほどの戦いに巻き込まれることになるだろう。だが、望むところだ。
全ての生命には限界というものがある。それらを突破し、さらなる力を手にすることを天元突破というらしい。前回の戦いでアデーレが使用していた技術だ。まずはこれを狙う。さらにその先に天元掌握と呼ばれる技術があるらしく、天元掌握を修得すれば神とも対等以上に渡り合えるほどの力を手に入れられるらしいが、それは天元突破を達成してからの話だ。
天元突破に至るには強者との戦闘で己を極限にまで高める必要がある。それは己の戦闘力や魔力を鍛えるだけでは至れない領域らしい。つまり、鍛えるべきは己の心だ。
何ともまぁ無理難題を押しつけてくれる。この無駄に高い戦闘力を取り除けば、ただの愚図で馬鹿なダメ男にしかならない俺に心を鍛えろ、とはな。ま、戦っていけば嫌でも心が磨かれていくと信じよう。
座禅とかはあまりする気はない。いや、してもいいんだが、正直あんなもので心を鍛えられると俺は思えないのだ。鍛えられるとしたら、あくまで自分を変えようと思っているヤツだけだ。そんな意識が欠片もない俺がやっても何の効果もないだろう。自分で言ってて情けなくなるけどな。
俺は小さく息を吐く。自分が弱いのは分かりきっていることだ。今さら、何を言われようとも動じない。けれど、だからといってこのままでいいわけがないんだ。やるしかない。やるしかないんだ。
内心で決意表明をした俺は立ち上がる。そして、エルナの方を振り向いて言う。
「ま、とりあえず、一度休んだら、もう一回異世界に行くか」
「ん……」
「じゃ、俺は戻るわ。少ししたら、最下層に来い」
「分かった」
自分同士で何ともしょうもない確認をしているもんだ。俺は内心ため息をつきながら、近くに空間の歪みを生じさせ、ファスの住処である最下層へと戻った。