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プロローグ 何てことないきっかけ

 ――きっかけは何てことのないものだった。



 それは学校を終え、明日から土日という天国のような日のこと。次の一週間を抜ければ夏休みということもあって、テンションが上がっていた俺――和古田(わこた)総次郎(そうじろう)はコンビニから帰る際につい最近出来たリサイクルショップに寄った。そこで見つけた馬鹿に安い中古のパソコンゲームを購入した。ただそれだけのことだった。



 エロゲとは違い、年齢制限のないそのゲームは高校二年生の俺にも何の問題もなく購入できた。そのゲームは『異世界mover』というゲームで見たことも聞いたこともなかったが、クソゲーもそれなりに好きだった俺は値段が安かったこともあり、何の気なしに買った。



 帰った後に俺は二階の自室にゲームを置いてから、兄貴と姉貴と妹、それに両親が家にいないことを確認する。最近、やけに家に一人でいることが多い。どうやら、四人でどこかに行ってしまっているようだ。けど、この歳にもなってソレを寂しいとは思わない。元々、俺は小遣いと呼ぶにはあまりにも多すぎる金を毎月渡されるくらいで基本放置されてきたからな。俺を置いてきぼりにして、外を出歩いていても今さらとしか思わない。



 それに加えて、さっきも言ったが明日から土日だ。時間はたっぷりある。来週の授業なんてあってないようなもんだから、思いっきり遊んで問題ない。俺は部屋の壁にかけられた時計を確認する。今の時間は七時二十分。飯を食って、風呂に入ればちょうどいい時間だ。



 全く見たことのないゲームだが、パッケージを見る限り、RPGに近いゲームのようだ。この辺は田舎なので、たまにこういう訳の分からないゲームが置かれていることがある。俺はこういうのが結構好きなので、ひょっとしたら今日は徹夜でやるかもしれねえな。


「まずは飯だ。さっさとやることやって、のんびりと遊んでやる」


 俺はプレイする楽しみを胸に一階に降りて、スマホでアプリをしつつ、適当に飯を作りはじめた。







 飯と風呂を済ませ、歯も磨いた俺は自室の机に座る。時間はすでに午後九時を回っていた。まぁ、どうせ徹夜するんだから構わないだろうと考えた俺はさっそくパソコンを起動し、パッケージを開く。パソコンが起動してる間に中身を改めようと思ったが、中にはゲーム本編のディスクと説明書、そして、黒いゴーグルが付いた白いヘッドギアのようなものが入っていた。やけにパッケージが大きいと思ったら、ディスクだけじゃなくてヘッドギアまで入っていたとはな……。



 中身の説明書を見ると、このヘッドギアを頭に被った状態でゲームを始めるよう指示されていた。だが、インストール方法とインストールが完了したら、デスクトップに表示されるアイコンを押すとゲームが始まる、ということ以外何も書かれていない。どのようなゲームなのかが何も書かれていないのだ。何なら、パッケージを見た方が世界観を掴みやすいくらいだろう。つっても、こっちも黒い龍みたいなモンが書かれてるだけで何も分かりゃしねえが……それでも、バトル系のゲームだろうとあたりをつけることくらいはできる。



 ……まぁ、中古とはいえ三百円のゲームだからな。こんなもんだろうと割り切った俺は説明書通り、ゲームをパソコンにインストールしてからヘッドギアを頭に被る。そして、インストールしたゲームのアイコンをダブルクリックした瞬間――周囲の風景が変貌する。


「……は?」


 突然の事態に俺は間の抜けた声をあげちまう。けど、それも仕方のないことだと思う。何せ、自室が突然英数字が大量に流れる壁に覆われた円形の部屋に変わっていたんだからな。


「おいおい。何だ、これ……」


 俺は周囲をキョロキョロと見渡す。俺の部屋のでかさが大体八畳ちょい。この部屋はその倍以上はあるだろう。壁と天井と床はモニターみたいになってて、意味不明の英数字が流れてる。けど、それ以外に何もない。妙な部屋だった。



 そこで俺はアイコンをクリックする前に装着したヘッドギアに何か秘密があるのではないかと考えた。外せば元の景色に戻るのではないかと思って俺は頭に右手を置くがそこには何もなかった。


「は? え、あのヘッドギアはどこに消えた……?」


 困惑しながら顔の周りとかをぺたぺたと触っていると、突然モニターが真っ暗になる。それに驚いていると、


『welcome my master! ようこそ、いらっしゃいました!』


 そんな声が部屋に響き渡る。抑揚がないわりにでかく聞こえる謎の声に俺は困惑しながら部屋を見渡していると、突然モニターがノイズまみれになり、眼前に白いワンピースを身に纏った金髪碧眼の美しい女が出現した。


「お、お前は……?」


『私はあなた様の案内人を務めさせていただきます、ベルンと申します。この度は『異世界mover』をご購入いただき、誠にありがとうございます』


 そう言ってベルンと名乗った女はぺこりと頭を下げる。それを見て、俺は現状をある程度察した。


『先ほどまでと違い、だいぶ落ち着きを取り戻されましたね。安心しました。それではさっそく説明に参りたいと思いますが、その前に何か質問等はございますか?』


 屈託のない笑みを浮かべながらそんなことを問うてくるベルンに俺は脳内に浮かんだ疑問を口にする。


「お前は……人工知能なのか?」


 あのゲームの容量はそんなに大したものではなかった。とても、人工知能を搭載できるモノではなかったはずだ。けど、こいつは明らかに俺の状態を見てセリフを口にしていた。もちろん、決められたセリフを口にしているだけの可能性もあるが、それにしては何か違和感がある。


『その通りです! 私は弊社が開発した人工知能を搭載したアバターでして。あなた様のガイドを務めさせていただく以上、ある程度の知能は与えられております』


 この反応で確信した。こいつは人工知能だ。けど、そんなものを導入出来るほどの容量を使っていないはずなんだが……。まぁ、そんなことを考えてても仕方がないか。話を先に進めるとしよう。


「そうか。教えてくれてありがとう。んじゃ、他に質問はねえから、さっそくゲームについて説明してくれ」


『かしこまりました』


 ベルンは恭しく頭を下げて、このゲームについての説明を始める。


『本ゲームは五感全てで体験することのゲームです。VRMMOと言った方が通りがいいでしょうか? ゲーム開始前に装着していただいたヘッドギアからの電気信号を元に異世界転移を疑似体験していただく、というのが本ゲームの趣旨でございます』


「なるほど、それで異世界moverってタイトルなわけか」


『ご明察でございます』


 異世界転移の疑似体験。それが本当なら三万払ってもやってみたいものだ。それが三百円で出来るのなら、いい買い物をしたな、と内心思う。まぁ、どの程度のクオリティかはまだ分かってねえけど。


『それでは申し訳ありませんがここであなた様の名前と容姿を教えていただけますか?』


「ん? あぁ、いいけど……。名前……と容姿……? 今の俺はどんな姿をしてんだよ?」


『現実世界のあなた様と全く同じ容姿だと思いますよ。もちろん、そのまま異世界に転移していただいても構いませんが、容姿変更を望むのであればお手数ですがここで変えてください。いわゆる、キャラメイクと呼ばれる作業です』


 なるほどな。そういう機能もあるのか。正直、あまり期待していなかったんだが期待以上の出来だな。もっとも、今のところは、の話だけどな。


『今からあなた様の少し前の辺りに映像を投影しますのでそこに記入してください。ですが、名前の方は姓名共にカタカナしか使えませんのでご注意ください』


「分かった。名前は適当でいいのか?」


『構いません。本名でもハンドルネームでもお好きに書いてください。ただし、その名前を元に異世界に移動していただきますので、不適切な名前はご遠慮ください』


「あいよ」


 数瞬間を置いて眼前で画面が切り替わる。まずは容姿決定の方からか。最初に性別をどっちにするか聞かれたので男にする。女にしても面白そうだが、最初だからな。男の方が無難だろう。



 性別決定ボタンを押すと目の前に等身大の男の姿が投影される。デフォルトは黒髪黒目のイケメンらしい。そして、その横にはさまざまな項目が表示されている。それを見る限り、キャラクターの顔だけでなく体型、体格、声や服装やアクセなどといった細かな設定も出来るようだ。もちろん、服装やアクセに関しては後で付け替えすることも可能だ。それ以外にもほくろや痣、傷跡にイレズミなんかも体に入れられるようだ。つっても、動きに支障があるレベルのヤツは無理みたいだが。


「……この辺は他のゲームとそこまで大差ねえな」


 特筆すべき点があるとすれば顔のパーツだけでなく、声の種類も異様に多いことくらいか。機械音などではなく肉声であるにもかかわらず高低だけじゃなく、声の調子なんかも変えられるってのは結構ヤバイ。それに体の好きな場所に痣や傷跡なんかを好きに作れるってのも、あんま見ない気がする。しかも、形まで自由だ。イレズミは……そっち系ではわりと見ることもあるが、いずれにしても、相当作り込まれたゲームだってのが分かる。


「ま、その辺は本題の異世界次第だけどな。とりあえず、パーツを組み合わせてみるか」


 俺は項目を操作し、投影されている男をカスタマイズしていく。身長は百八十ちょい、顔は……ネタ系にしようとも思ったが、とりあえず無難にイケメンぽいのにしとく。髪は金色で……ツーブロックにでもしてみるか。そんで威厳を出すために左眼が見える程度に左眉から上唇まで縦一線の傷跡をつけて……ついでに首筋の辺りから右腕まで黒い龍のイレズミを入れてやろう。声は当然渋めの低いヤツだ。



 体格はガッチリしてるヤツにするか。最初だからな。とりあえず、強そうなヤツにしよう。そう考えた俺は一時間近く時間を使って調整し、赤い着流しを着た身長二メートル近くある金髪のワル系イケメンに仕上げていった。



 たっぷりと時間を使って設定していくのがキャラメイクの醍醐味だからなぁ。一時間くらい全然短い方だ。



 ……ごめん、ウソついた。結構時間使ったわ。何か、途中から楽しくなってきちまった。特に自分の容姿と言われちゃあな。



 容姿を決め、右下の決定ボタンを押すとパソコンのキーボードのようなものが投影される。その上には二つの四角い空白とその上に『first name』、『family name』と書かれた文字が出現する。


『もし、ミドルネームをお望みでしたら、キーボード右上の『M』のボタンを押していただければ、表示されますのでご活用ください』


 先ほどとまるで変わらない平淡な声でベルンは言う。一時間近く待たされたというのにまるで辟易している様子がない。この辺は人工知能だと判断すべきなのか、それとも……。



 ま、どっちでもいいか。くだらねえこと考えてねえで、次に進もう。


「分かった」


 見た感じ、ヨーロッパやアメリカといった海外の名前を使う……って感じだな。それだと、ソウジロウ・ワコタじゃ何となくダサいか……。



 ……まぁ、いいや。適当に名前を入れよ。俺はキーボードを操作し、『ファス・レングース』と入力する。そして、『Enter』を押すと『この名前でいいですか?』と表示が出たので『OK』をタップする。


『ファス・レングース様……でよろしいですか?』


「ああ。構わねえよ」


『かしこまりました。それではファス様と呼ばせていただきます。キャラメイクにて作成していただいた肉体に御身を変化させますが構いませんか?」


「大丈夫だ。やってくれ」


『かしこまりました。肉体変化を施行いたします』


 そうベルンが呟くと同時に突然両肩が膨れ上がる。それに驚きの声を上げる間もなく、腹も一気に肥大化する。さらに足、腕と順に巨大化し、顔を含めた頭部にも盛大な違和感が襲いかかる。さらに着ていたジャージも破け、全裸になってしまう。だが、俺は声を上げることすら出来ず、ただその違和感を受け入れることしか出来なかった。露骨に肉体が変貌しているというのにベルンは眉一つ動かさずに俺を見ている。



 アレほど凄まじい違和感を肉体が襲っていたというのに、痛みは全くなかった。数十秒もすれば景色がやたら高くなり、屈強な肉体に変化した以外に違和感を感じなくなる。俺は呆けた顔で自分の右手を見る。そこには前よりも巨大になった分厚い手があった。


『肉体変化が終了しました。違和感等はありませんか?』


「……ああ。問題はねえ……が、今の俺はどんな風になってんだ?」


 言って、驚く。声が低くなっている。密かにコンプレックスだった、前までの情けない高めの声ではない。これは紛れもなくキャラメイクで設定した声だった。おいおい、喋る声まで変えられるのか。どんだけ金かけてんだ? このゲーム。



 そんな俺の驚きを知ってか知らずか、ベルンは俺の問いに淡々と答える。


『姿見鏡を用意いたします。こちらにてご確認ください』


 ベルンが言うと同時に正面に鏡が出現する。そこにはキャラメイクで作った赤い着流しを着た金髪のイケメンがいた。すげえな、このゲーム。もうこれだけで満足だわ。


『こちらがこの度の肉体変化になります。こちらで問題ありませんか?』


「あ、あぁ……。これで構わねえ。次に行ってくれ」


『かしこまりました。容姿の変更につきましては一定条件を満たせば今後も可能になりますのでご利用ください。では、さっそくファス様に転移していただく世界についての説明をさせていただきます』


 そう言って、ベルンは右手を上げる。すると、ノイズが走っていた正面の画面が突然真っ黒になる。そして、次の瞬間森を上空から撮影したような映像が映し出された。同時に他の画面は真っ黒になり、俺の正面にある画面だけが映像を映し出すようになる。


『ファス様に転移していただくのはこちらの世界です。こちらの世界はファス様がいた世界に比べますと文明のレベルは圧倒的に低いです。ですが、この世界は魔力と呼ばれる力が存在し、この世界に存在する方々の戦闘力は現実世界とは比べものにならないほどに高いです。さらに今は神や魔王などの魑魅魍魎が跋扈しており、この世界に存在する生命の戦闘力は極めて高いと言えるでしょう』


「おいおい。そんな世界に転移しちまったら、さすがにすぐに死んじまうんじゃねえか?」


 こういう異世界モノは大抵チートを与えられるのが定石だが、今のところそういうものをもらった記憶はない。となれば、武道の経験もなく、運動部ですらなかった俺が生き残れるわけがない。


『ごもっともです。そこでファス様には特典として『カコ』と呼ばれる世界と『キャラクターエディットモード』を贈与いたします』


「世界と……キャラクターエディットモード……?」


 何か……よく分からないのが与えられたぞ……?



 エディットモード……ってことは、つまり……また、キャラメイクをする……ってことか??


『エディットモードに関しましては転移後にチュートリアルを行いますのでそちらでご確認ください。また、最初はカコに転移いたしますので、一定以上の力量を手にするまではそこに閉じこもっていただいて構いません! それではここでの説明は終了させていただきます。何か、質問等はございますか?』


 何か、よく分からないまま説明が終わったが……おそらく、説明を聞く限り特典について聞いても仕方がないだろう。……となれば、聞くべきなのは……。


「今さらだが、その転移ってのはこの体ごと転移するのか? それとも、別の肉体みたいなのがその異世界にあるのか?」


『直接カコに転移していただきます。あらかじめ用意していた肉体に憑依しては転生になってしまいますから』


「……分かった。それじゃ、次の質問だ。その異世界で死んだ場合、俺はどうなる?」


『ここに戻ります。ですから、安心してプレイしてください』


 なるほど……。つまり、生死に関してはあまり頓着しなくてもいいってことか。それなら、まだやりようはある。


『他に質問はありませんか?』


 ……どうするか。これ以上質問しても仕方がない気がする。どうせ、死んでも問題ないんだ。後は出たとこ勝負にするか。となれば、あと聞くべきなのは……。


「そうだな。転移した後、聞きたいことがあった場合どうすればいいかだけ教えてくれないか?」


『その場合は念じていただければお答えします。やり方に関しましては視界の右上にある横三本の線が引かれたマークを押していただいて、左上に表示される電話のマークを押していただければ我々に通じます。ですから、遠慮なくご利用ください。また時折、私が直接向かうこともありますのでその時に聞いていただいても結構です』


 なるほど。つまり、そのマークを押せばいろいろなことが出来る……と見ていいのだろうか。



 ま、さすがにここまでだな。いい加減始めちまおう。そう考えた俺はベルンの目を見て、言う。


「分かった。もう質問はない。さっさと始めてくれ」


『かしこまりました』


 俺の言葉にベルンは頷き、こちらに左手を伸ばす。すると、徐々に視界がぼやけ、目の前が暗転する。さらに肉体が宙に浮くような感覚に襲われる。



 数秒ほどして接地感を感じ、さらに視界が戻っていく。視界が完全に戻った頃、周囲に広がっていたのは何もない真っ白な空間だった。


「おーい。結局何もねえじゃねえか」


 俺は小さくため息をつき、そして、先ほどまではなかった右上に表示されたマークに目を向ける。それを右手の人差し指で触れると目の前に投影タイプの画面が表示された。


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