9.バカやろう
「さささ、笹本君! どうする!?」
狼狽して、声が裏返ってしまった。
笹本君は『捕食者』をじっと見ながら、静かに告げた。
「僕が囮になります。部長は逃げて下さい」
「えっ、囮って⋯⋯大丈夫なのか?」
彼は先ほど対抗手段がない、と言っていた。
となると、身一つで何か相手を留める方法がある、というのか?
「捕食者は一度に一人しか捕食できません。だから部長は大丈夫です」
「おい、それは大丈夫とはいわないぞ」
「巻き込んだのは僕です、責任を取るのも僕です、それに⋯⋯部長、何かあったら二度と奥さんや桜子ちゃんに合えなくなってしまうんですよ?」
「おい、笹本。ふざけんなよ」
頭に血が上り、思わず呼び捨てにしてしまった。
しかし、関係ない。
そのまま笹本の胸ぐらを掴んで、叫んだ。
「君は辞めるって言ったけど、まだ私の部下だ!」
「は、はい」
「部下を⋯⋯大事な部下見捨てて逃げる時点で、二人に合わせる顔なんかねぇんだよ! バカやろう!」
知り合って初めて、笹本君を叱責した。
しばらくして笹本君は⋯⋯ふっ、と笑みを浮かべ、捕食者の方を見た。
「だ、そうだよ」
ん? どういうこと?
こちらを見ていた捕食者が、聞き覚えのある声で言った。
「あーあ、私の負けかぁ」