1.皮脂の多い生涯
「皮脂の多い生涯を送って来ました。自分には、乾燥肌というものが見当つかないのです」
朝の食卓で私が呟くと、娘の桜子は塩鯖をつついていた箸の動きを止めた。
娘は高校へと入学し、演劇部に入部したことをきっかけに、物語全般に興味を持ったのか読書家になった。
太宰治に最近ハマっている(嫁さん情報)らしい我が娘を喜ばそうとしたのだが、結果は汚いモノを見るような目で睨まれることになった。
別に珍しいことではない。
最近は何と声をかけても似たようなものだ。
娘は思春期真っ只中だ。
その後、彼女は私に対してしばらく冷たい視線を投げかけたあと「はぁっ」とため息をつきながら呟いた。
「お父さん、朝食の席でそんな事言うなんて『父親失格』ね」
良い態度とは言えないが、さりとて完全に父親を無視できない様子である。
精いっぱい、私の言った「人間失格」の冒頭をもじった言葉に返してきた。
そんな娘の不器用な優しさを指摘すればまた不機嫌になってしまうだろう。
微笑ましい気持ちを表には出さず、内心に留めて会社へと向かった。
良い朝だった──ここまでは。
会社に着き席に座ると、部下の笹本君が辞表を提出してきた。