5話
5話 黒いアンドロイド
プールでの一件から二週間後。
久しぶりに陸斗と会話を交わすことを許された少女は、陸斗にプールでの行動についての謝罪を行った後、二週間ぶりの会話を楽しんだ。
リリィもこの一件での自分の行動を気をつけるようにナヴィに注意され、二度とこういう事を起きないようにすると約束を交わした。
日が経つに連れて自然と変な距離感も徐々に消えていき、六日が経った今現在。少女はというと、
「あー!! 指切ったーー!!」
「手元を良く見ていないマスターが悪い」
「しゃあないじゃん、細かい作業苦手なんだから!!」
「おい、手元」
「あー!! また切ったーー!!」
グラウンドの真ん中に銀黒色の装甲が特徴的な人型アンドロイドを上向きで寝かせ、その内部に埋め込まれた爆弾を解除する為、銅線の切断をカッターナイフを使い行っていた。
少女のすぐ後ろには、念の為に液体窒素のボンベを用意したナヴィが待機し、少女の行動を冷ややかな目で見守っていた。
事の始まりは数時間前。
少女を含め全員が科学室で個人の時間を自由に過ごしていた時の事、外で拾ったいつのか分からない二次元系の雑誌を読む少女にナヴィが言った一言が始まりだった。
「なあマスター、そろそろリリィを遠征に行かせないか?」
「あーそうだね」
そう二人が会話していると、机を挟み少女の反対側の椅子に座るリリィの膝の上にいた陸斗がメモ帳にペンを走らせている音に少女が気づいた。
「ん? 陸斗どうした?」
少女が陸斗に目線を合わせると、ペンを走らせていたメモ帳を見せた。
『えんせいってなんですか?』
書かれた文字を見た少女は椅子の上であぐらをかくと、机に右肘をつけて悠長に説明しだした。
「遠征って言うのは、簡単に言えば遠くに行って機械をバッタバッタと倒すついでに色々な物を取って帰ることさ。外は色々と危険だからね」
「そうだな、何処かの変わり者の白衣を着た天才発明家が散歩と偽って外出して機械に襲われたら大変だからな」
「ナヴィ、お口チャックにするよ」
少女が目線を後ろへ向けてナヴィに言うと、ナヴィは目線を横にその反応を見て少女は右頬を小さくぷくっと膨らませた。
「ですがマスター、遠征では何を持って帰れば良いですか?」
リリィの質問に少女は再び目線を前へ向ける。
「それについては任せるよ。実用的な物でも面白そうな物でも良いよ。あ、でも遠征に行くときは肩掛けバック持っていってね。多分、正面玄関に置かれていると思うから」
「分かりました。陸斗くん」
リリィがそう言うと察したのか、陸斗は膝の上から下りるとリリィは椅子から立ち上がった。
「それでは、これから遠征に向かって参ります」
「あれ、もう行くの?」
そう言われ、リリィは両手を胸の前でグッと握りしめた。
「はい、善は急げですから。それでは行ってきますね」
「戦闘は程々にな」
『気を付けてくださいね』
「分かりました。行ってきまーす!!」
元気良く科学室を出たリリィは、正面玄関に置かれていたバックを肩に掛けて遠征へと向かった。
遠征は少女が普段行く廃ビル群から、地下があるショッピングモールまで、遠征は陽が落ちる夕方まで続いた。
そして帰って来たリリィがパンパンに膨らんだバックと一緒に背負って持って帰ってきてのが、黒いアンドロイドである。
ナヴィやリリィの銀白色の装甲とは正反対の黒い装甲を纏ったアンドロイドに少、女は興奮混じりで困惑しながらも、すぐにナヴィに科学室に運んできてもらい内部構造を確認しようと胴体の装甲を取り外した時、中からカラフルな銅線に絡まり埋め込まれた小型爆弾が見つかった。
そして、今現在に至る。
爆弾自体は時限式で幸いにも起動はしていなかったものの、銅線の切る順番が間違えるとその瞬間に即爆発する仕組みになっており、しかもその銅線はアンドロイド自体を動かす銅線と絡まっているため間違えてアンドロイドの銅線を切ってしまうと爆弾には影響がなくてもアンドロイド自体が動かなる事が確定してしまうため慎重にやる必要がある。
幸いナヴィの機能であるサーモグラフィーで爆弾の解除は比較的に順調に進む。はずだったのだが。
「ギャー!! 痛ってぇーー!!」
「はぁ……」
銅線を切るだけなのにカッターナイフで指を切る事、これで三度目。少女の頼りなさに呆れた表情を浮かべ、ナヴィは小さくため息をついた。
「マスター、少しどいてくれ」
「ん? 良いけど……」
そう言って少女を払いのけると、寝かせられているアンドロイドの前に立った次の瞬間、埋め込まれている爆弾を回線を気にすることなくそのまま右手で掴んだ。
人間離れした金属アームの力で強引に引き抜こうとしているのか、周りの装甲や内部の部品からギシギシと軋む音が鳴り、後ろではあわあわと少女が顔を青く染めながら慌てている。
しかし、ナヴィは止めることは一切せずにさらに強い力で爆弾を引き抜こうとした。そして、
「ふん!!」
ナヴィは爆弾が繋がれていた基盤ごとアンドロイドから引き抜くと、爆弾を握った拳でボンベに穴を開け、その中に爆弾を入れた。ブクブクと音が鳴り、蒸発した液体窒素がナヴィが開けた穴から少しずつ漏れて出てきた。
「これで文句ないだろう」
ナヴィが手をはたきながら振り返り、目線を少女へと向けた。
「いや、普通にグロいし……さすがの私でもこれは引くわ、というか大事な線切れてないかな?〜」
初めて見るナヴィの行動に少女はドン引きしながらも黒いアンドロイドに近付きしゃがみ込むと、ぐちゃぐちゃに絡まった銅線をほどき出来るだけ丁寧に内部に収めた。
「ふざけてるのかと思うぐらいカッターの使い方が下手だったから、マスターの安全と効率を考えての行動だったのだが」
「……もしかしてナヴィ見下してる?」
振り返り、少女は疑いの目をナヴィに向けそう問いかける。
「にしても、リリィは一体どこから取ってきたんだろうなこのアンドロイド」
「さぁ、リリィはショッピングモールの地下で見つけたって言ってたけど……ってあー!! 話そらした!!」
咄嗟に立ち上がり指を指してそう言う少女に、気に止める様子もなく指を爆弾が引き抜かれた黒いアンドロイドに近づき肩に背負った。
「さっさと行くぞ。改造と分析もするんだろ」
「あっ、ちょっと!!」
少女の呼び止めを聞くことなくそう言った後、ナヴィは振り返る事なく校舎へと戻っていった。
「むぅー……後でプログラム書き換えてやろうかな」
腑に落ちない少女は不満の表情を浮かべてナヴィの後に続き、校舎へと入っていった。
2
「さてと、内部構造の詳しい確認は後にするとして、記憶媒体の確認と主力電源の確認をしようかな。あっでも材質の分析にしようかな〜。やっぱり改造してそのまま仲間にするのもありかも〜」
科学室へと戻ってきた少女は念の為陸人とリリィを別室へ移動させ、ナヴィと二人科学室に残るとワクワクとした様子で黒いアンドロイドを見つめている。
「おい、まさかこんな奴を仲間にするつもりなのかマスター」
だが、黒いアンドロイドを見て笑みが溢れる少女とは裏腹に後ろで見守るナヴィは疑いの眼差しを向けていた。
「リリィの時とは違い素体があるということは、当たり前だが記憶媒体や回路もある。仮に敵としてプログラムされている可能性があるのなら廃棄してパーツだけを有効活用するほうが良い気がするのだが」
「そうだけど何かあればその時考えれば良いし、第一まだ機械全体が敵ってまだ断定したわけじゃないでしょ?」
「人間を見つけるのは諦めたのに、まだその考えは変わらないのか」
「陸斗が見つかったから良いの!!」
保護メガネをかけながら電動ドライバーを手にすると、少女は手慣れた手付きで黒いアンドロイドの頭部の装甲のネジを外して装甲を取ると、少女は脳回路に差し込まれた記憶媒体を引き抜き、続けて右腕を肩関節から取り外すと、保護メガネを上げて電動ドライバーを机に置いた。
「う~ん、試しにバラしてみたけど中は意外と錆びてなかったし、感電なら多少焦げてるはずだし、水没なら多少湿り気が残るはずだけどそれも無し、おそらく内部の故障か回路のショートが原因かな〜?」
首を傾げ頭をかく少女に、後ろで腕を組んで見ていたナヴィが口を開いた。
「マスター、少しその腕を貸してくれるか?」
「ん? 別に良いけど?」
少女がそう言い取り外した黒いアンドロイドの右腕を手渡すと、ナヴィはその腕の装甲から接続部まで細かく隅々まで見回し始めた。
「やっぱりな……見たときから思っていたが、この機体かなり最新型みたいだぞ」
「ナヴィそんなことも分かるの!?」
驚きの声を上げる少女にナヴィは冷静に返答すると、黒いアンドロイドの右腕を机に置いた。
「装甲は薄く、強度の高い合金を何枚も重ねて軽量化させ、接続部や関節は小回りがきくように非常に精密に細かく作られている。長い間地下で機能停止していながらも、内部に水分による侵食やショートが少ないのは、それなりの加工がしっかりと施されていた証拠だろうなぁ」
「へぇ〜そんなにすごい機体なんだ」
「まぁ、何故そんなにこだわって作られた機体が、ショッピングモールの地下に機能停止した状態になっていたのかは謎のままだが」
それを聞いた少女は何かを考える様子を見せた。
「ということはその話とこの機体の状態から見て…………改造込みでもざっと一週間もあれば、仲間にしてまた動かせそう!!」
少女にとって動かなくなった理由などはどうでも良く、機体が動かせるかのみが重要の為、実際ナヴィの話の終盤はほとんど耳に入っていなかった。
「また連日徹夜する気か? 止めはしないがあまり無理はするなよ」
ナヴィがそう言って部屋を出ようと後ろを振り返った時。
「ん? 何言ってるの? ナヴィも手伝うんだよ」
さも当然かのように言った少女のその一言に、ナヴィは足を止め再び少女に目線を合わせた。
その瞬間、わずかに沈黙が起きるも、ナヴィは諦めたのか額に手を当てため息をつきながら下を向いた。
「分かったよ。どうせ拒否権は無いんだろ」
呆れた声で愚痴をこぼしながらの返事に、少女は子供のような濁りのない笑みを浮かべた。
「えへへ、ありがとう。じゃあちょっと待ってて」
ナヴィの返答に満面の笑みを見せると、少女は科学準備室へ入り、しばらくして、古めのチェキカメラをナヴィに手渡した。
「これで陸斗の写真撮ってきて、出来るだけ真顔のやつお願い」
「了解」
「それと私の部屋タンスの二段目に、右腕のパーツと設計図があるからそれを持ってきて」
「了解」
「あとそれから――――」
「多い、一度にそれ以上は出来ん」
ナヴィの訴えに少女は何がおかしいのか、無邪気に声を上げ笑い出した。
「にゃははは!! 悪い悪い、とりあえずさっき言ったやつはお願いね」
「了解」
チェキカメラを片手に今度こそナヴィは科学室を後にした。
「さ~てと」
一人になった科学室で少女は、先ほど取り外したSSDを科学準備室内のパソコンに挿入してデータを解析しようとしていた。
「君のデータ解読させてもらうよ」
薄暗い準備室にパソコンのブルーライトが光り、パソコンのキーボードを高速で叩く音が響く。
「うぇへへへ、これだから解読はやめられねぇ〜」
一種の変態ごとく記憶媒体を解析する少女は、人格がもうひとつあるのかと疑うぐらい興奮して周りが引くような声を出しながら、パソコンの明かりに照らされていた。