2 おまわりさんと日雇いくん
ちゃんとした展開はまだまだ先です。
日雇いくんはあわてふためきながらも、さっそく家から一番近い駅の前の交番に駆け込もうと、早速走りだしました。
「おおおおおおおおまーりさあああんん、ひ、ひ、ひとがあ、ひとがー」
しかし、足がどういうわけか思うように進みません。
急ごうとすればするほど足がもつれ、転びそうになったりしました。
「なんだよー、こんなときにー」
実は日雇いくん、先ほどの迷子で足がすっかり疲れていたのでした。
なので、なかなか足が言う事を聞いてくれません。
「だ、だめだー、足上がらないよー。うわー」
ちっとも前に進まないのに声ばかりが大きかったので、とても近所迷惑です。
それでも日雇いくんは、交番が見える道までなんとか辿りつきました。
「もうすぐぅ、もうすぐだあー」
日雇いくんはさらに急ごうとしました。
すると、自転車が1台、日雇いくんの方へ向かってきました。
けっこうなスピードでやってきます。
「な、なんだよう、こわいなあ」
日雇いくんはすばやく避けようとしました。
しかし足がふらついて避けきれず、そのまま自転車と体当たりしてしまいました。
「う、うわあああああああ」
どんがらがっしゃんががががーーんん!!
日雇いくんと自転車はそのまま倒れてしまいました。
「あ、危ないじゃないかよお!」
頭から軽く血を出しながら、日雇いくんは寝転がったまま自転車の主に毒づきました。
「す、すまん、あったたたたた……」
なんと、自転車の主は、日雇いくんが捜し求めていた、そのおまわりさん、だったのです。
「道交法を守らなきゃならないおまわりさんが、スピードなんか出しちゃダメじゃないですかあ!」
たいした学歴もないのに、日雇いくんは難しいことを言ったようなつもりになってツッコミを入れました。
なんとなく得意気です。
おまわりさんも倒れた状態のまま言いました。
「あたたたた、いや実は急ぎの件があったもので……」
「えっ、すると何か事件でも?」
日雇いくんは自分が走り出した理由などすっかり忘れて、おまわりさんに尋ねました。
「いやー、同僚から電話で『パチンコで十箱積んだから見に来てくれ』って来たもんだからつい急いでしまったんだ……」
「なんすかそれー。おかげでワタシ怪我しちゃったじゃないですかあ。どうしてくれるんですかあ」
「ままままま、どうか一つこれで……」
日雇いくんの剣幕にあわてたおまわりさんは、制服の内ポケットから大きいだけの薄汚い財布を取り出すと、3千円を日雇いくんに渡そうとしました。
「なんすかこれー。ワタシ頭から血が出てるんですよお。もっと治療費かかるに決まってるじゃないですかあ。」
「ままま、じゃあもう少しこれで……」
さらにあわてたおまわりさん、今度はもう二千円を足して日雇いくんに渡そうとしました。
「ななななんすかああああ! いいかげんにしないと仕事をしないので有名な埼玉県警の監察室に投書しますよ! もっとなにかあるんじゃないですかねえ?」
ここぞとばかり日雇いくんは、カバチタレで読んだだけの薄っぺらい知識を口に出し、さらにおまわりさんを責め立てました。
「むむむむう、仕方がない、じゃあこれ……」
おまわりさんはこの世の地獄といった表情で、財布からさらに一万円を足して日雇いくんに渡そうとしました。
「そうっすよ、わかればいいんですよ!」
実は日雇いくん、たまに日払いの仕事に行っているのですが、もらうお金がとても少ないので、一万円札を見るのは久しぶりだったのです。
福沢さんの肖像に目がくらんだ日雇いくんは、さっとひったくるようにしておまわりさんから一万五千円を受け取りました。
「じゃあこの件は解決という事で……」
「いいっすよ。やっぱりおまわりさんはいい人なんだなあ」
おまわりさんと別れた日雇いくんはお金が入ってうれしくなったので、頭から軽く血を流している事も忘れ、さっそく居酒屋に行きました。
ビール3本と焼き鳥(鳥皮の塩)を10本平らげた日雇いくんは居酒屋を出て家路に着きました。
すると、先ほど見た死体のような若者が相変わらず横たわっていました。
「………………ひ、ひええええええええええええええええええええええええあああああああああああああああああああああ」
日雇いくんはまた交番へと走っていきました……。
こんな調子のが次回も続きます。