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コーヒーの淹れかた

作者: 榊杜栞

「あいつらに日本人の心情なんて判るかっつうの」


 彼女はノートPCの前でマイク付きヘッドホンを外しながら言った。


「多民族国家と単一民族国家の文化は根幹からして違うの。判る?」


 時差の関係で、サンフランシスコとTV会議がある場合は、日本側出席者は極端な早起きが求められる。そして、彼女は早起きが苦手だ。その結果、会議が終わるとたいてい彼女は不機嫌である。


「日本だって単一民族国家じゃないよ。アイヌだっているし、沖縄も島津藩が征服するまでは独立国家だったし……」


 いかん。つい、いらんことを言ってしまった。


「そんなこと言ってんじゃないの!」


 ほら、怒られた。


「例えば同じ動物を表すのに、pig、ox、sheepという単語とpork、beef、muttonという単語があるでしょ」


「うん」


 僕は余計なことを言わなくて済むよう、ドリッパーに紙フィルターをセットしながらうなずいた。


「あの二グループは、語源が違うのよ。前者はゲルマン系、後者はフランス系」


「うん」


 挽いたコーヒー豆を2杯分入れる。


「グレートブリテン島にはある時期、ゲルマン系の人たちが住み着いてたんだけど、あとからフランス系の人たちがやってきて、ゲルマン系の人たちを征服したの。そしてフランス系住民がゲルマン系住民の上に支配階級として君臨した。今の英語はそのときの二系統の言葉が混ざってる」


「うん」


 そこに、湧き立てのお湯を豆が湿る程度に全体的に注ぎ、30秒ほど豆を蒸らす。


「pork、beefなんて、明らかに動物を見下してるでしょ。自分たちが普段話す言葉の中に、差別の概念が焼き付けられてんのよ」


「うん」


 そして、湿った豆の中央付近を狙って、静かにお湯を注いでいく。すると泡が沸き上がるが、この泡がコーヒーのいがらっぽさそのものである。


 この泡さえ下に落とさずにコーヒーを淹れ終えれば、美味しいコーヒーは簡単にできる。


「人間は言葉を使って物を考えるの。すなわち、言語が人の考え方を作ると言っていい。そんな征服したりされたりした歴史が刻まれた言語の人間が、ひたすら内輪だけで練り上げた言語社会の文化をどうこうしようだなんて、どんだけ自分達を優秀だとおもってんのよ」


 僕は黙って彼女にコーヒーを差し出した。


 その人達がなんだかんだそれなりに実際優秀だから、その人達の言語を操る君が社会で評価されているんじゃないのかな……なんて言ったら、彼女は僕の部屋を出て行ってしまうかもしれない。


 一口コーヒーを飲むと、彼女は落ち着きを取り戻したようだった。


「ねえ、どっか連れてってよ」


 窓の外では、初夏の新緑が朝日を受けて鮮やかに輝いていた。極端な早起きのおかげで、今日はたっぷり時間がある。


「このまえ地元野菜を買った牧場に、ソフトクリームを食べに行ってみようか」


「うん」


 今日も助手席の可愛い寝顔を楽しみながらドライブができそうだ ——そう思いながら僕は、トースターにパンをセットした。

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― 新着の感想 ―
[一言] まず、最初に読んでちょっと戸惑った事を一言。まぁ、これは私もよくやらかしますが彼女の独白から始まってその状況を彼が説明してますが、情景描写が無い為最後の『今日はたっぷり時間がある』のところま…
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