第六話
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
披露宴を終えた新郎新婦はとびっきりの笑顔で返事をしてくれた。
美菜子が会釈をし通り過ぎようとすると、小さくかわいらしい花嫁に袖を掴まれた。
「あの・・一緒に」
それだけ言うと顔を赤く染め俯く花嫁に美菜子が困ったように微笑むと
「一緒に写真撮ってくせませんか?」
細身のタキシードに身を包んだ花婿が花嫁の言葉の続きを紡いだ。
「喜んで」
美菜子の返事に二人は顔を見合せ、さらに笑顔になった。
しあわせだなぁ
いつも婚礼を終えた二人の笑顔を見るとそう素直に思えた。
「では、そちらに並んでください」
カメラマンの指示通りに並んだ二人
美菜子は花嫁の隣に並ぼうとするが、また袖を掴まれてしまう。
「ココへどうぞ」
花婿の記すココに苦笑いしてしまう。
「いえ、私は端で」
「そう言わずに」
言葉を被せる様に言われ美菜子は二人の間に立った。
自然に美菜子の腕を抱く花嫁は映画で見たどの女優よりもかわいらしく、輝いている。
「はい、こちらに笑顔くださ〜い」
カメラマンの明るい声に三人は笑顔でカメラを見た。
「私も事務所に行くわ」
「神坂さん?」
事務所へ向かう美菜子に声を掛けたのは、先輩スタッフの神坂浩美だ。
「発注書よ」
神坂は用紙を見せ悪戯っ子のように笑った。
「よかった」
その言葉に美菜子は小さく呟いた。
あの歓迎会から婚礼課がある事務所に行くのは億劫だったのだ。
「「お疲れ様です」」
事務所に入ると相沢が越智支配人と話している姿が目に入り、美菜子は小走りで総務課へむかった。
総務課のスタッフに書類を投げるように渡して事務所を出ようとすると
「お疲れ様」
振り返らなくてもその声は相沢のものだとわかってしまった。
「お先に失礼します」
早々に立ち去ろうと、挨拶だけ返し扉から出ると相沢もついてきた。
不思議に思い振り返ると腕を掴まれ休憩スペースに連れ込まれてしまった。
「相沢さん?」
恐る恐る名前を呼ぶと美菜子の目の前に暖かいアップルティが差し出された。
「好きだったよな?」
しっかりとアップルティを握り美菜子が頷くと、相沢は缶コーヒーを口にした。
美菜子が緊張の余り立ち尽くしているので相沢は苦笑いした。
「この間は悪かった」
「・・・ぇ?」
少し小さい相沢の声にワンテンポ遅れて反応してしまう。
「歓迎会」
その一言で最悪の会話を思い出し、美菜子は俯いた。
「今日楽しそうだったな」
急に話題を変えられて、美菜子はついていけずに相沢を見上げた。
「今日の新郎新婦嬉しそうだった」
「そうだね。幸せになってほしいなぁ」
自分が担当し、写真を撮った二人を言っているのだと思うと美菜子は笑みが浮かんだ。
言葉にしたとおり、幸せになってほしい。
「その顔」
「え?」
相沢に指をさされキョトンとした美菜子に相沢は笑った。
「新郎新婦より幸せそうな顔してたぞ」
「うそっ!」
指摘された表情よりも写真を撮っていたところを見られていた事に驚いた。
「この仕事好きなんだな」
少し考えた後、美菜子は大きく頷いた。
「お互い大人になったんだよな」
相沢はどこか遠くを見て呟いた。
「悪かった」
今度はハッキリと美菜子を見て謝る相沢に驚いてしまう。
先日の相沢は別人だったようだ。
「気にしないで、酔ってたんだよきっと」
頭を下げる相沢に落ち着けなくて声を荒げてしまう。
そんな美菜子の様子に、また相沢は笑った。
なんだか久しぶりに優人の笑った顔を見た気がする。
美菜子もつられて笑いだした。
二人の目が合い、美菜子の笑顔を見ると相沢は突然歩き出した。
「俺仕事残ってるから」
そう言って休憩室を出ていく相沢の顔は心なしか赤くなっていた。
一人残された美菜子は、ようやく握りしめていたアップルティに気がついた。
冷たくなったアップルティを鞄に入れると、美菜子も休憩室を後にした。