第四話
二次会はいつものカラオケだった。
二次会と言っても参加者が多いため順番はなかなか回っては来ない。
「少し外の空気吸ってきます」
近くにいたスタッフに声を掛け、美菜子は席を立つ。
「そんなに飲んでたっけ?」
かけられた言葉に曖昧に頷きながら扉を閉めた。
外はやはり肌寒く、美菜子はすぐに店内へ引き返そうと扉に手をかけた。
「あっ」
意図せぬタイミングで扉が開き、美菜子は前のめりに躓いてしまう。
床とは違う柔らかい感触に、
誰かに受け止められたんだと気が付き慌てて離れるように立ち上がった。
「っ・・・・・・」
相手を見上げて、美菜子は言葉を亡くした。
それもそのはず。
相手は見知らぬ人ではなく
「相変わらず鈍くさいんだな」
「あ・・相沢さん」
相沢優人だった。
あまり関らないように・視界に入れないように・支配人のネタにされないように。
気を使ってきただけに美菜子は驚きを隠せなかった。
そんな様子に溜息を吐き、相沢は手に持っていたスプリングコートを美菜子の肩にかけた。
「コンビニ近いんだろ?」
「うん」
誘うように扉を開けられて、断ることなく外に出た。
ツカツカと先を歩く相沢の少し後ろを美菜子は歩いていた。
先度は親しげに話してきた相沢だったが、結局コンビニについた今も会話はなかった。
先に中に入った相沢を追うべきか迷いつつ、ガラス越しに映る姿を見ていると
幻覚でも見ているような気分になってくる。
「優人」
学生時代の呼び方で声をかけても相沢と目が合うことはなかった。
今、一人ではない事を確認したくて肩に掛けられているコートに顔を埋めた。
「何やってんだ?」
自分より若干上から声をかけられ、美菜子はゆっくりと顔をあげた。
目の前にいる優人はスーツを着こなしている社会人で、たった今顔を埋めていたコートからは甘めのフレグランスが香っていた。
先ほど自分が呼んだ学生の相沢優人は目の前の人物と一緒なんだろうか。
そんなことを考えている自分に苦笑いしてしまう。
「ちょっと、寒くて」
「だったら外で待ってんなよ」
先ほどとは違う唸るような低い声に美菜子は身をすくませる。
「この煙草、自販じゃ置いてないんだ」
「そっか」
今度は穏やかな声に安心して体の緊張をといた。
あの声は幻覚の続きだったのかも
そう思うと相沢が少し先で自分を待っている姿が目に入り、慌てて駆け寄った。
「付き合わせて悪かったな」
出てきた店に着くころ声をかけられ、つい立ち止まってしまう。
「寒かったんだろ」
少し照れたように話す相沢の顔は幼くて
また、楽しかった学生時代を思い出してしまう。
穏やかで楽しかった時間
あの頃と同じ関係に戻れる気がして美菜子は相沢の隣に立った。
「あのね優人」
「勘違いすんな!」
美菜子が声をかけたとたん、相沢は厳しく叱るように声を出した。
「移動して早々、テナントの人間と上手くいかないと感じ悪いだろ」
低く美菜子を突き放すような声で相沢は続ける
「俺とお前は、ただのクラスメートだった」
目を合わせてしまった顔を動かせない。
「頼むから迷惑かけないでくれよ」
まるで学生の時と同じだった。
軽蔑するような、刺すような視線に耐えかねて美菜子は俯いてしまう。
ここを笑顔で乗り切る気力はなかった。
「ごめん。コートありがとう」
差し出されたコートを乱暴に受け取ると、相沢は店に向かって歩き出した。
「わ・・私も買うものあったんだった」
とても一緒にあの店に帰る気はしなくて、とっさに嘘を吐く。
足音は遠ざかるだけだ。
真っ青な顔を恐る恐る上げると、もう相沢の姿はなかった。
「先に戻ってて」
息を吐くように、小さく出た声にも返事はなかった。
美菜子はあの時と同じように
「気持ち悪いんだよ!」
自分に向けられる声と態度に震え、立ち尽くすことしかできなかった。