アヤカシ様
「クッ……何故ニンゲンヲ助ケヨウトスル?」
黒いもやは、真琴を庇うようにして立つ男に問いかけた。男は真琴に背を向けて、顔が見えない。
「べつに助けようとしたわけじゃない」
ぶっきらぼうに答えた男の声は、どこかめんどくさいとでもいうような感じだった。
「お前こそどういうつもりだ? 誇り高き妖怪の名を汚すのか?」
責めるような口振りに、黒いもやはたじろいだ。
「見レバワカルダロウ? 俺ハ貴様ノヨウナ九尾ヤ四神家ノヨウニ身分ガ有ルワケデハナイ。誇リナド、有ルモノカ」
『四神』という言葉に、真琴は首をかしげた。
(四神ってなに……? それに九尾って、まさか妖怪?)
山の主様は妖だと言われている。もしかしたら目の前の男が、主様なのかもしれない。
「早クソコカラドケ。俺ハソノニンゲン二用ガ有ル」
牙をちらつかせ真琴を襲う機会をうかがっているもやに、目の前の狐男は声をあげた。
「それが妖怪の名を汚すんだと言っている! お前のような実体のない悪霊でさえ、こちら側なんだ。だから、ニンゲンにかまうな」
「貴様ニ関係ハナイ。退カナイノナラ、貴様カラ喰ッテヤル」
ばかりと大きく口をあけ、九尾と呼んだ男に襲いかかる。男はなんの構えもせず、腕を組んでいるだけだった。
(あぶない――!)
真琴が叫ぶよりも先に、狐男が口をひらいた。
「ったく、知らんからな」
組んでいた右腕を、襲いかかるもやに向けた。手のひらから蒼い炎が燃え、一気にもやへと燃え移った。
「ギャァアアァァアア」
不気味な断末魔が鼓膜を打ち鳴らし、真琴は耳を塞いだ。
蒼い炎はやがて黒いもやの全てを燃やし、跡形もなく消えた。
呆然とする真琴に、狐の男は振りかえった。
(綺麗……)
月明かりに照らされた男の顔に、真琴は思わず息を飲んだ。
艶やかな黒髪に白い肌。整った顔立ちは、この世の住人ではないと錯覚させる。
つり上がった紅い眼が、真琴を見下ろしていた。
「お前、ニンゲンだろ? なんでここにいる?」
真琴を警戒するような、訝しむ声で尋ねた。
「わたくしは三瀧真琴と申します。山の主様とお見受けしました。わたくしの命と引き換えに、どうか村をお助けください」
失礼がないように、膝を折り丁寧に頭を下げる。
その様子を見た男が、深いため息をついた。
「お前、ここからいちばん近くの村のニンゲンか」
「さようでございます」
「あのなぁ……」
めんどくせぇ、という風に頭をかきむしった。見た目はいいが、しぐさは雑だ。
「お前らニンゲンは勘違いしてるみたいだけどな、この山に主なんていない」
冷たく言い放たれた言葉に、真琴はショックを受けた。
主の存在は絶対だとまでは思っていなかったが、それがないとわかれば何のために生け贄にされたのかがわからない。
不意に真琴は脳裏に浮かんだ疑問を口にした。
「では、あなた様は誰なのですか?」
「俺か? 俺は――」
――李月
目の前の男はそう名乗った。