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飛花の巫女  作者: 宮瀬ひさな
桜の季節と巫女
3/5

2話 不思議な人

 日付が変わり、朝から多くの参拝客が蒼天神社に訪れた。


「こちら二つで千円になります」


 真琴は社務所でお守りの精算をしながら、異常が起きていないか周囲に目を配った。参拝客が記念に授与品や御朱印(ごしゅいん)を求め社務所の前には行列ができているが、これといった異常は見受けられない。


 まもなく正午になるが、依然として人の多さは変わらない。行列のどこからか、「チッ」と舌打ちが聞こえた。


(待ちくたびれて怒ってる……急がないと)


 電卓を打つ手を早く動かし、小さい袋にお守りを入れる。同じような台詞や作業を繰り返し、社務所前に並んだ行列をさばいた。


「ったく、こんなトロくせぇガキに店番なんか任せるなよ」


 参拝客が去り際にぼそりと吐いた呟きは真琴の耳にはっきりと聞こえたが、何もなかったかのように「ありがとうございました」と頭を下げた。そのまま次の授与品の精算を始める。

 朝食も水分もろくに摂っていない真琴の体にとって長時間立ちっぱなしの作業はかなり辛い。


 それから一時間ほど経ったときだった。


「あの、ちょっとお話があるんですけど……」


 行列が消え、閑散とした社務所に女性が困惑した表情を浮かべながら口を開いた。

 太陽が雲に隠れて、辺りは少し薄暗くなった。

 二、三十代くらいだろうか。春らしい色合いのワンピースを着た女性は、お守りや御朱印帳を持っていなかった。


「どうかしましたか?」


 女性の表情からして、よくないことがあったのだろう。ここに訪れる人が増えれば、トラブルも増えてしまうものだ。


「ここの神社って境内の奥の方にある桜が御神木(ごしんぼく)なんですよね? その木に登ってる人がいて注意したんですけど聞き入れてもらえなくて……巫女さんから直接、注意していただけませんか」


 『御神木』という言葉を聞いて、真琴の怪訝そうな表情は驚きに変わった。

 蒼天神社の御神木は樹齢五百年以上と伝えられている桜の木で、人がおいそれと登れるほどの高さではない。神々しいとさえ思わせるその巨木には色鮮やかな薄桃色の花が咲き、毎年増えるこの時期の参拝客もこの御神木目当てで来る。

 まさかその木に登ろうとする罰当たりな人がいるとは思わなかった。


「わかりました。教えていただきありがとうございます」


「い、いえ。それじゃ私はこれで失礼します」


 このあと予定があるのか、女性は慌てたように立ち去った。

 ふと女性の足元を見ると、その女性の華奢な影が砂利に色濃く映っていた。影は本体の動きに合わせて動いていたが、水面のように揺らいだかと思うと、瞬く間に()()()()()()()へと姿を変えた。


(え――)


 もう一度女性の影を見るが、真琴の視界に入るのはごく普通の影だった。目を凝らしても何も違いは見受けられず、ただの見間違いだったのかもしれない。


「今の……」


 真琴は首を傾げながら社務所の受付窓を閉め、四角い木板に墨で「準備中」と書かれた看板を掛けた。

 影のことよりも女性から聞いた話の方が、真琴にとって優先しなければならないことなのだ。


 御神木がある方向へと歩きながら、真琴はずっと悩んでいた。言いようによっては揉め事に発展しかねないため、注意するにも言葉ひとつ気をつけなければならない。観光客とその土地の管理人でトラブルが起きたという話はよくある。例え相手に非があったとしても。

 真琴からしても荒波立てず穏便に解決したいし、言葉選びは慎重にするべきだろう。


 そのことを考えることに集中し過ぎてしまい、反対方向から歩く男に気づかなかった。


「わっ、すみませ――」


 肩がぶつかり、謝ろうとした真琴の口からはその先の言葉は紡がれなかった。

 無造作に跳ねた黒髪が花びらを運ぶそよ風に揺れ、暁を思わせるような紅色の瞳は見ていて吸い込まれそうだった。

 眉目秀麗のひと言で片付けるにはあまりももったいなく、別世界の住人かと思うほど幻想的な容姿だった。男は黒い着物を着て、瞳と似た色の羽織を羽織っていた。


(きれい――)


 人の容姿に興味がない真琴ですら、着物姿の男に目を奪われた。

 しばらく真琴は無言だったが、ぶつかったことを思い出して慌てて謝罪した。


「ぶつかってすみません。お怪我はありませんか」


「別に、気にするな」


 無愛想だが怒った様子でもなく、それだけ言うと男はさっさと歩いて行ってしまった。今の時代着物なんて目立ちそうなものだが、他の参拝客たちは気にする様子もなく、桜や建物に夢中になっている。

 真琴はその不思議な男の後ろ姿を、ただ黙って見届けた。

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