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飛花の巫女  作者: 宮瀬ひさな
桜の季節と巫女
2/5

1話 蒼天神社の巫女

 現世(うつしよ)幽世(かくりよ)。相反する世界の名称である。

 現世は生者が住む世界で、幽世は死者が住む世界。対立し合い互いの世界の均衡を保つ。

 生者は死んで幽世に渡り、死者は新たな生命となって現世に誕生する。しかし、輪廻転生がある中で誰も知らない“モノ”が存在する。


 人でも死人でもない異形の存在が――この世には存在する。





*****





 季節は春。

 冬の物寂しい空気は過ぎ去り、時折吹く風はどこかで咲く花の香りを運んでくる。すん、と空気を吸えば大好きな桜の匂いがした。


「今年も満開だね」


 誰かに向けて言うわけではなく、ただのひとりごととして呟く。


 その言葉の主は蒼天(あおぞら)神社のたった一人の巫女、三瀧真琴(みつたきまこと)。まだ十七歳という若い年齢で、蒼天神社を管理している。

 父母も幼いころにいなくなってしまった。


「今年もたくさんのお客さんが来るのかなあ……」


 白砂利に落ちた桜の花びらを集めながら、境内に植えられた桜を見た。淡い桃色の花が咲き乱れ、視界はその一色に染まる。風が桜の枝を揺らせば、ひらりと花びらが舞った。


 蒼天神社は津野村(つのむら)の人里離れた位置にある。津野村は山奥に存在し、「ここで暮らすのも不便だから」という理由で大半の若者たちは村から去った。そのため過疎化は進む一方で村人も少ない。村に残るのは四、五十代以上の大人たち。真琴と同じ二十歳未満の子どもに至っては、十五人いるかいないかというレベルだ。

 村を通るバスも一日四本まで。車も頻繁に通るわけではないから、信号機がなくても困らない。

 津野村にはこれといった観光地もイベントもなく、ただの貧しい過疎地域として、閑散とした風景を創り出すばかりだった。


 ただし、どんな場所でも春は訪れる。

 蒼天神社は桜の名所として、普段より多くの参拝客がやってくる。決して大きくもなく、()()()()()()()()()()でもある神社なのだが、満開の桜が幻想的で美しいと評判で、毎年桜が咲く季節は津野村も賑わうのだ。

 蒼天神社の巫女である真琴は、境内の掃除や御朱印を書く仕事を一人でしなければならない。


 いくら大変といえど、他の津野村の住人には頼れない。村の方も、訪れた観光客をもてなす仕事があるのだ。わざわざ村から離れた神社に来てもらうのも気が引ける。


「また絵馬に恋愛のお願い書く人いるのかな」


 蒼天神社は龍を祀っていて、主なご利益は『 厄除け』『 商売繁盛』『 勝負運』の三つだ。だが稀に「無事に子どもが産まれますように」「いい人とお付き合いできますように」など、蒼天神社(ここ)で祈られても困るような内容の祈願をする人がいる。


 そんな人や願いが書かれた絵馬を見るたび、真琴は申し訳ない気持ちになった。


 ――恋を知らない巫女が仕える恋愛成就の神社、か。


 もし、普通の街に生まれ普通の家で暮らしていたら、今ごろ片思いの一つでも――ふとそんな思考がよぎり、無意識に自嘲気味な笑みを浮かべたあと、首を大きく振った。気を引き締めるために両手で頬を叩くと、パンッと乾いた音が響いた。


「ネガティブになってる場合じゃない。明日からたくさんの人が来るんだから」


 明日から桜目当ての参拝客が大勢訪れる。真琴はそのための準備をしなければならない。


 真琴は自分の気持ちがどんよりと沈むのを感じた。

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