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美女先輩と神隠し  作者: 城宮 斜塔
1章 トイレの
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トイレの⑤終

「話を逸らしすぎたみたい。本筋に戻るわね」


 先輩の言葉に僕は黙って頷いた。そういえば本題はトイレの雅子さん事件の真相だったのだ。


「まず結論から言うわ。トイレの雅子さんの犯人は、佐藤来夏だったのよ」


「はぁ!?」


「分かりやすいリアクションありがとう。佐藤来夏は、浜崎美香を驚かすために一芝居打ったのよ。わざわざ自分で後付けでトイレの雅子さんなんて変な噂を作り出してまでね。やり方はおそらくさっきのあなたとほとんど同じ。浜崎さんがトイレに来るのを見計らって左から3番目のトイレに隠れておき、息を潜めて浜崎さんがノックして来るのを待った。ノックされると佐藤さんはノックを返して再び息をひそめた。浜崎さんが外に出るのを待って、すぐに掃除用具入れに隠れた。それで見事にトイレの雅子さんと言う架空の都市伝説が誕生したというわけよ」


 長々と続いた先輩の言葉は、僕の頭にすっと入ってきて理解できた。


「なるほど!それで僕がその再現をしてしまったって言うわけですか。すごい。さすが先輩ですね」


「そ」


 鶉野先輩は僕に大げさに褒められると素知らぬ顔をしていたが、少し照れているのが隠しきれずに表情に表れていた。


「でも、たったそれだけのことで噂が広まりますかね?」


「広まるわよ。広めようと思えば、の話だけど」


「どういうことです?」


「同じいたずらを他の生徒に対しても行いつつ、井戸田萬斎の娘というなんともらしい理屈をつけて拡散すれば、今の時代、簡単に噂は広まるわよ」


「他の生徒に?」


「ええ。それこそ、ここだけの話なんだけどとかいう枕詞をつければ、簡単にね。人って秘密ってなると話したくなるものだから。ま、そこらへんも含めて佐藤さんに話を聞きに行けばきっと分かるわ」


 先輩はそういうと、図書館のドアを指差した。


「なんですか?ドアなんか指差して」


 僕はその行為の意味がわからずそう問いかけると。


「話はこれで終わりでしょ?ならあなたの用はもう済んだわよね?早く図書館から出て行きなさいってことよ」


 なんとも冷たい返答が帰ってきた。友好的なのか敵対的なのかわからない。乙女心はなんとやらってことなんだろうか。


「そんなご無体な。確かに用は終わりましたけど」


「なら良かったじゃない。おめでとう。ならその報酬として私に一人の時間をプレゼントしてくれないかしら?」


 先輩にそこまで言われた僕は渋々図書館から出て行くことになった。


「あ、そうそう。一つだけ忠告しておくわ。七不思議について調べるのはもうやめときなさい。それとここにももう来ないことをオススメするわ」


 図書館から出るとき、先輩にそう言われたが、僕は「その忠告、受け取るだけ受け取っておきます」と答えて図書館を出た。


 僕が図書館を出てから言った「忠告は、したんだからね……」というセリフは僕の耳には入って来ることはなかった。


      *


 後日、事件の真相を本当の意味で確かめるべく僕は佐藤来夏の元を訪れることにした。しかし、佐藤のことを直接知らない僕は食堂で再び浜崎たちに会うことから始めなくてはいけなかった。


 昼休みに食堂に行くと、浜崎たちはあいも変わらず談笑していた。しかし、僕が近づいて行くと、浜崎はピクりと顔を強張らせた。


「またあんたなの?……まさかまた話を聞かせろっていうの?」


 浜崎は相当敵対的な様子だった。他の皆を見ても目をふせてしまって話そうにも話しづらい。でも、僕の目的は果たさなければいけない。目を伏せているうちの一人に向かって話しかける。


「うん。でも話を聞くのは一人でいいかな。ね、佐藤さん」


 僕が言うと彼女はビクッと身を震わせた。


「ちょっと、来夏はここのところ元気ないんだから。そんなのだめよ。帰って」


 浜崎は佐藤のことを手でかばいながら言った。しかし、本人が行くと言ったらどうだろう。


「ね、佐藤さん。君の元気がないのも解決してあげられるかもしれない。だから、話を聞かせて欲しいんだ」


「だから、ダメだって言ってるじゃな」


「いく」


 浜崎の言葉を遮るようにして、佐藤は小さくも断固とした声でそう言った。佐藤は僕が真相にたどり着いていることに気づいているだろう。そして後に起こった事件についても真相を教えてくれるのだと信じて僕の要請に応じたに違いなかった。


「ありがとう。他のみんなに聞かれたくない話だろうから、ちょっと離れて話そうか」


 僕がそういうと佐藤さんはそれに応じて食堂の外に出た。食堂の外は少し肌寒く、わざわざ出ている物好きはほとんどいなかったので、ヒソヒソ話にはもってこいだった。


「ねぇ、佐藤さん。トイレの雅子さんって、君が流した噂なんじゃない?」


 僕は最初から本題へと入っていった。それに対して、佐藤さんはどう返答していいか迷っている様子だった。


「心配しなくても、浜崎さんたちには言わないよ。ただ僕は真相が知りたいんだ」


「……誰にも言わへん?」


 佐藤さんは目を潤ませながら言った。僕が真相を浜崎さんたちに言ってしまうのがそんなに怖いのだろうか。


「言わないよ。それに……だいたいのことはわかってるから。何でわかったのかについては君が怯えてしまっている理由に関係があるんだけど」


「……?」


「とにかく!君は、自作自演をしたんだよね!?」


 僕が問い詰めると佐藤さんは声にならない叫びを上げた。


「佐藤さん……君は浜崎さんたちを驚かすために三階の左から3番目のトイレに入り、浜崎さんにノックで存在を確かめさせた後、掃除用具入れに隠れて無人を装ったんだよね?」


「!!」


 佐藤は無言で頷いた。


「何でそんなことを?」


 それは純粋な疑問だった。

 別に浜崎さんと仲が悪いというわけでもなさそうだし、恨んでいるようにも見えなかったから。


「美香の……」


 佐藤はボソッと喋り始めた。


「美香の?」


 僕がそう聞き返すと佐藤は、今度は息つく暇もなく語り始めた。


「ビビる顔が好きなんよぉ。驚く顔、怖がる顔、恐怖におののく顔がたまらへんやろ。いつもは気丈に振る舞ってリーダー面してるのに実際は他のみんなに優しく見守られているところとか、たまらへんの」


 佐藤は身を悶えさせながら恍惚の表情で力説した。その表情は常人のそれではない。

 そして、僕にとってそれは予想外の告白だった。


「え……それで?そんなことで……あんなことをしたの?」


「そんなこと?ちゃうで。それはひとの生きがいや。何も知らんあんたにそんなことやなんて言われたないな」


 佐藤さんの勢いに押されて僕は思わず「ご、ごめん」と謝ってしまった。


「ま、ええよ。だって。怖い話をした時の美香の顔、見たことないやろ?あんなそそる顔されたら、絶対に驚かせたくなってまうもん!」


 佐藤さんの目は血走って、その豹変ぶりは恐ろしいものだった。ついさっきまで怯えていた女の子とは思えない。


「でもさっきは元気なかったよね?」


 僕が指摘すると、思い出したようにまた態度が変わった。


「そう……そうや。私が流した噂で、トイレの雅子さんなんて出鱈目のはずだったのに……。それが現実になってもうて……。私ほんまに怖くなってもうて……」


「それなんだけど……さ。その、君が怖がってるトイレの雅子さんって、僕だったんだ」


 僕は佐藤さんにあの時の真相も話すことにした。浜崎たちに教えないことを条件に出せば、佐藤も話さないと踏んでのことだった。


「はぁ!?」


 佐藤が予想通りの驚きの声を上げたところで、あの時何があったかを説明した。運悪く調査の時に浜崎さんたちに鉢合わせして、図らずもトイレの雅子さんの再現をしてしまったことも。


「そんなことってあるん……?」


 真相を知った佐藤さんはぺたんと地面に座り込んだ。それを見て食堂内の浜崎さんが騒いでるのが見えた。


「なんていうか……ごめん」


「いや……しゃーないよ。私だって人を騙してたんだから人のことを責める権利なんてないし……。むしろありがと。都市伝説作り出してもうたと思ったやん!私!」


 真相がお化けではないとわかった佐藤は、途端に元気になった。


「うん。よかったね。お化けなんかじゃなくて。で……もう一つ聞いていいかな」


「何?」


「これって学校の七不思議の一つに含まれるのかな?」


 僕は肝心のことを聞いていなかった。もしこれが七不思議でも何でもなかったら骨折り損だし、他の七不思議についての情報が欲しかった。


「七不思議?うーん。一応最近はそういうことになってるんかな。ほら、私たちって結構拡散力あるやんか。結構広まってもうてるみたいで。一応七不思議の一つとしてカウントされてるみたいよ。最近は」


「そっか。ありがとう。それじゃあ、他の七不思議については知らない?」


 僕がそう聞くと佐藤は首を傾げて考えると何かを思いついたようにパッと顔を煌めかせた。


「せやせや!そういえば、ベートーベンの目が光るーとかいうふざけた話が七不思議の一つに入ってたと思うで!」


 佐藤はそんなことを言った。ベートーベンの目が光る?確かにふざけた話だった。


「目が光る?」


「そうらしいねん。詳しいことは私もわからんねんけど」


 佐藤は手を振って知らないアピールをした。すっかり元気になった彼女を見て、食堂内の浜崎が安心した顔をしているのが目にはいった。浜崎のこういうところが愛される所以なのかもしれない。


「誰かそれについて知ってる人とか知らない?」


「うーん。あ!確か、4組の藤原さんって子が見たって言ってたらしいよ!」


「え!?」


 僕は佐藤さんの口から出てきた名前についついそんな声を出してしまった。4組の藤原って……里実じゃんか。


 七不思議について調べてるって言えない相手から七不思議の話を聞くなんて無理だろ……。


「どうしたの?」


「あ、いや。他に誰か知らないかなーって」


 僕は必死にそのルートだけは回避しようと他の道を探そうとした。が。


「うーん。ごめん。他には知らない。藤原さんに聞いたら何かわかるかもよ」


 その藤原さんが幼馴染で、僕が七不思議について調べることに猛反対してるなんて、言えるはずもなく。


「わかった……藤原さんに聞いてみるね……」


 そう返すのが精一杯だった。


 浜崎さんの元へ帰っていった佐藤さんは、笑顔でグループに入っていった。みんなに本当のことを伝えなくてよかったのだろうかと思いつつも、僕はその場を離れた。


 教室に戻った僕が、里実に話を聞けたかというと……そんなすぐに話せるわけもなかった。「嘘をついて七不思議を探した結果一つの謎を暴いて、次の謎に里実が関わっていたから話聞かせて」なんて言ったら、里実が怒る顔が目に浮かぶ。


 何か策を考えなければならない。

 僕はその策の相談と後日談を聞かせるために、放課後になると鶉野先輩の待つはずの(実際は僕のことなど待っていないのだが)図書館へと向かったのだった。


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