トイレの②
「それはおかしな話だね」
「そうなんよ。おかしいやろ?んでこれ聞いた来夏がトイレの雅子さんや言うてびびらしてきてん」
浜崎さんは大きな声で言った。無駄に声がでかい。
「トイレの雅子さん?」
僕はその妙な名前に思わず笑いそうになった。有名な怪談としてはトイレの花子さんがあるが、雅子さんと言うのは、実際にいる人の名前なのだろうか。
「そうなんよ。ねぇ来夏」
浜崎はこれ以上この話をしていたくないとばかりに佐藤来夏に話を振った。佐藤はニコッと笑って頷いてこれに返事をした。
「うん。そう。美香が見たのはきっとトイレに取り憑いた怨念なんだって。非業の死を遂げたこの校舎の建築者である井戸田萬斎の娘、井戸田雅子の怨念がありふれた都市伝説の形になって具現化したんだって」
佐藤はなぜか楽しそうにそう言う。僕がそんな佐藤を不思議そうに見ていると、浜崎はそんな僕に気づいたようで、声をかけてくれた。
「この子。昔っからこうなんよ。なんでも面白そうに話すし、変わったことが好きで……。今回だって私たちはこんなにビビって……いや、真剣に考えとんのに、この子だけ面白そうにして」
「だって、面白いんだもん」
佐藤はにっこりと笑って言った。先ほどから見ている限りではどうやら佐藤はこのグループのお調子者兼ムードメーカーのようだった。
「仲、いいんだね」
僕がそう言うとみんなは不思議そうな顔をした。確かにそれは言葉足らずだった。僕は第一印象で浜崎がこのグループを牛耳っていてカースト的な制度が存在するのかと思ったのだが、話していると印象が変わってくる。確かに最初はなんだこの女と言いたくなるような態度だったが、仲間内に対しては浜崎はそこまで当たりが強くはないようだった。
「そう?ま、うちがいるもんな。カリスマってやつ?」
偉そうに言う浜崎だったが、周りの3人は生暖かい目で浜崎を見守っていた。それを見て大体どんなグループなのかがわかった気がした。
「うん。そうかもね。……ところでなんだけど。この話を聞きにきたのって僕以外に誰かいる?」
僕は他に気になったことを聞いておくことにした。もしこの事件が七不思議なら神隠しと関係することになるし、莉音を含む五人の行方不明者と何か関係があるかもしれない。
「ん?あんた以外にこの話を聞きにきたやつ?……竜五の他には……いや、正しくはまだ竜五には不思議なことが起こったとしか話してないから、えっと、10人くらいかな?」
結構話してるいなと思いつつ、その名前を聞いていった。
「その中に、坂巻莉音って子、いなかった?」
「莉音?いたっけ?凛菜」
浜崎は自分の隣にひっついて一言も声を発さなかった新町に声をかけた。新町はビクッと反応すると小さな声で返事をした。
「いた……確かに。あなたの他に一番最近話を聞きにきたのが坂巻莉音だった」
「そうだそうだ!確かにそうよ。凛菜に似てビクついたやつだったわね。まぁ凛菜ほどじゃなかったけど」
浜崎が言うと凛菜は再びビクッと反応した。この二人に関してはなんで一緒にいるのか疑問に思ってしまう。しかしうまくやっているのだろう、浜崎もイラついた様子はなく、新町の対応に慣れているようだった。
「そっか。ありがとう。とりあえず今日はこれぐらいにしとくよ。また話聞きにきてもいい?」
僕が浜崎の顔を覗き込みながらそう言うと浜崎は「べ、別にいいわよ。竜五の友達っていう吉見があるわけだしねっ」と言ったので僕は感謝を述べてその場を離れた。
やけに後ろから視線が刺さっている気がしたが、気にしないことにして僕は食堂を出た。昼休みの残り時間も少なくなってしまっていたので、僕は購買で焼きそばパンと牛乳を買って教室に帰ると、大急ぎでそれを腹の中に押し込み、午後の授業を受けた。
そして放課後、僕はトイレの雅子さんとやらの現場検証をするべく、まずは浜崎たちがいたと言う図書館へ向かうことにした。そこで僕は、運命の出会いをすることになる。
*
僕は階段を駆け上がり、図書館の扉を開けた。
それは、運命の出会いだった。
彼女を見た瞬間、それは運命だと確信した。
夕暮れに染まる図書館に一人たたずむ彼女。
「あら?私に何か用かしら?」とそんな彼女に声をかけられたところから、鶉野という先輩の名前をきき、用がないなら図書館から出て行くようにと、静かに図書館のドアを指差された。
僕はまるで古い恋愛映画を見ているような気分に浸りながら、鶉野先輩の一挙手一投足に注目していた。
「用ならあります」
僕は思い出したかのようにそう声を出した。ここに来た目的は鶉野先輩とは確かに別にあった。僕は図書館の一席に腰掛けると、図書館の窓から廊下を見た。窓から廊下はきちんと見渡せることは間違いなさそうだった。
「何をしているのかしら?」
鶉野先輩は用があると言ったきり、席に座ってただ廊下を眺めている僕にそう声をかけた。
「ちょっと……調べ物です」
「調べ物をしてるようには見えないのだけど」
「してるんです」
「ふぅん……」
鶉野先輩はお気に入りの本を再び本棚から出してくると、さっきの席に座って再びその本を読み始めた。
僕は続いてこの学校の校舎を建築した井戸田萬斎の娘、井戸田雅子についての資料があるかどうかを調べることにした。噂の張本人について調べるのは当然のことだった。
校舎の設計者というだけあって井戸田萬斎について記載している本は何冊かあった。
井戸田萬斎。
建築家として名高い彼は、これまで幾多もの奇妙な空間を彩る建築物を設計して来た。そのデザイン性は世界でも大きく評価される一方。その多くが建物内で事件や事故が多発すると言う曰く付きの建築家だった。しかし、その謎も相まって、彼の建築家としての著名度は高い。
そんな井戸田萬斎の娘、井戸田雅子。井戸田萬斎が23の時に出会った娘と恋に落ち、別れるまでの10年間の間に生まれた子供。今は40歳となり、父親と同じ建築家として活躍している。図書館にあった本にはそう記載してあった。
「なんだ。生きてるんじゃないのか?」
特に何歳の時に不慮の事故で亡くなったとかいうことは書かれていなかった。しかも、スマートフォンで調べてみても、そんな事実はなかった。どうやら雅子さんと呼んでいるのは浜崎さんたちの勘違いのようだ。
「それならどういうことなんだ……」
僕がふと思考を声に出してしまっていたところで、鶉野先輩は僕に声をかけて来た。
「ちょっと。さっきから独り言がうるさいわよ。一体何にそんなに悩んでるの。ずっとそこで呟かれてるのも邪魔だから、聞かせなさい」
「え?」
「そこでずっとグダグダ呟いて私の読書を妨げるつもりなの?さっさと事情を相談してみてごらんなさいって言ってるのよ」
鶉野先輩はそう言うと呼んでいる本を開いたまま僕を睨みつけた。その圧力に屈するように僕は今の現状を洗いざらい話すことにした。神隠しによる行方不明事件のことから、学校の七不思議のことまで。今調べているのはトイレの花子さんの類似の怪談であると言うことも。