トイレの①
長い付き合いになるから竜五の考えることはなんとなくわかってしまう。
「わかってまうか?」
竜五はニヤリと笑いながら言った。
「わかるよ。だが、断る」
僕は某漫画に出てくる言葉で断固として断った。
僕は楽しみのために調査をするわけじゃない。莉音の行方を調べるために調べるんだ。事態は刻一刻と迫っている。
「なんでや!?」
「人の命がかかってるんやぞ。それに勉強を教えるだけでありがたいと思え」
「それについてはおおきに!!」
竜五は再び頭を下げて言った。本当に調子のいいやつだ。
「んじゃ、そういうことで」
僕は会話を打ち切って教室に入ろうとしたが、その時、捨て台詞のように竜五は僕の耳元で「本気で調べる気なら3組の浜崎に話聞きにいきや」とだけ囁くと、僕を追い抜かして先に教室に入っていった。
すでに休み時間は終わりが迫っていた。
僕が自分の席に戻ると里実は後ろからシャーペンで僕の背中を突いて来た。
「なんだよ」
「竜五と何話してたの」
「別になんだっていいだろ」
「よくないわよ。七不思議について調べようとか話してたんじゃないの?」
僕はそれを聞いてギクリとしたが、実際に聞いていたわけではないはずなのでごまかせるはずだ。
「違うよ。竜五が模試に向けて勉強しないといけないから、僕に勉強教えてくれって」
「そうなん?竜五、医者にならないとあかんねんもんな。そりゃ今の成績じゃあかんか」
ふむふむと里実が納得したので、この話もこれで終わりかと思っていたのだが。
「じゃあついでに私にも勉強教えて」との鶴の一声が入ったので、勉強会は竜五と里実に僕が勉強を教える形となった。
それから先生が入って来て授業が始まり、僕たちの会話は本当に終了した。
午前の授業が終わり昼休みに入ると、すぐに僕は竜五の言っていた3組の浜崎さんに話を聞きに行くことにした。里実に止められないように速やかに教室を出て、急いで3組へと向かった。
しかし、3組の教室にはすでに浜崎さんの姿はなかった。
3組の人に話を聞くと「え?浜崎さん?あー、そのグループなら今頃食堂でご飯食べてるんじゃないかな」とのことだった。たらい回しにされる前にと急いで食堂に向かうと、すでに端の方の席を占領している女子の軍団があった。他にまだ生徒はほとんどいなかったので、おそらくあれが浜崎さんのいるグループなのだろうと予想して声をかけてみることにした。
「ねぇねぇ。君たちの中に浜崎さんって人いる?」
女子がきゃっきゃしているところに話しかけるのは気が引けたが、そんなことを言っている場合じゃない。
「え?浜崎は私やけど。あんた誰なん?」
グループの中の一番派手な格好をしたギャルっぽい子がそう返事をした。髪は明るい茶髪に染めていて、濃いめの化粧が目立つ。パーマの当てた髪は胸のあたりまで伸びていた。急に話しかけられたからなのか、多少の警戒心がうかがえた。
「僕は鷺森悠。今ちょっと学校の七不思議について調べてるんだ。竜五が浜崎さんに話を聞きにいけば、何か分かるっていうから聞きに来たんだけど」
「ああ!竜五の友達ね!竜五の友達で鷺森っていうたら、特待生のか。なんや最初からそう言いや。変な奴に声かけられたんかと思ったやん」
浜崎がそう言うと取り巻きの女子たちがクスクスと笑った。どうやらこのグループのリーダーはこの浜崎らしい。
さんをつけていないのは僕がすでに不快感を感じたからとかではなく、ただたんに敬称略なだけだ。断じて、女子のクスクス笑いがムカつくとか、こういった女子の感じがたまらなく嫌いだとかいうものではない。
「それはごめん。それで七不思議のことなんだけど……」
「ちょっと待ちいな。まずは座りぃや。そんな急がんでもええやん、あんた童貞か?早漏は嫌われんで?」
再び取り巻きの間でクスクスと声が上がる。苛立ちを抑えながら言われた通り席に座ってから話を続ける。
「真剣なんだ。だから知ってること、教えて欲しい」
僕は席に座った後、浜崎の目を見て言った。
「なんや冗談の通じへん奴やな。まぁええわ。そんならお望み通り話してあげるわ。竜五の友達いうことやしな」
浜崎は少し顔を赤くしてそう言った。からかった奴が思い通りに恥ずかしがらなくて逆に恥ずかしくなったのだろうか。
「お願い」
「ほんならまずはうちらの自己紹介から始めよか」
僕はその必要があるかは疑問だったが、とりあえず頷いた。
「このいかにも臆病そうなのが、新町凛菜。こっちの賢そうなのが矢野寧々。見た目だけやなくてほんまに賢いねん。あんたと同じ特待生やで」
浜崎が紹介した通り、新町凛菜は臆病そうな女の子だった。天然パーマの黒髪を長く伸ばしている。矢野寧々は黒髪ショートの知的な女の子だった。どちらも浜崎のようなタイプと仲良くするようには見えないが。
「んでこっちのが佐藤来夏。んでうちが浜崎美香。よろしゅうね」
最後に紹介された佐藤来夏もまた黒髪で肩までの長さのある髪を斜めに揃えてカットしてある特徴的な髪型だった。表情は柔らかく悪く言えばニヤニヤしているように見えた。
「紹介ありがとう。みんなよろしく。……で?今の自己紹介がどう関係してくるん?」
「まぁ落ち着きぃな。今から話すから」
浜崎は一旦目を閉じて息を整えると、決意を決めたように目を開いて話し出した。
「あれは2週間ぐらい前のことやったかな。放課後、うちが三階のトイレに行った時の話やねんけど……」
浜崎は躊躇しながら話していた。なにやらビクついている様子だ。もしかして怖い話をするのが怖い……とかか?もしそうなら案外可愛いところもあるのかもしれない。
「午前授業の日の午後のことやったか。うちが三階の図書館で寧々に勉強を教えてもらってた時のことなんやけど。3時ぐらいのことやったかな。休憩がてらうちが図書館の隣にあるトイレに行った時、珍しく個室が一個閉まってたんや。左から三つめの個室が。というのも、三階のあそこのトイレって、人全然おらんし、使ってる人がおる方が珍しいぐらいやから。変やな思って。でもとりあえず他の個室使ったんやけど、出てきてもまだその個室空いてへんの。しかも全然物音せぇへんの。おかしいな思てノックしてみたら、確かにノック返ってきてんな」
浜崎は一旦息を吸い込むと再び語り出した。
「それでやっぱ人おったんか思て一旦トイレから出てん。そんならちょうど寧々もトイレに行く途中で、さっきの個室のこと話したら、図書館の隣を通った人はいなかったはずだって言うねん。うちは教えてもらうのに必死で気づかなかったけど、寧々は見てたみたいで。それでおかしいなって思って二人で個室を見に行くことにしたねんな」
浜崎は「ね」と矢野の方を見て同意を求めると、矢野は軽く頷いた。そして浜崎の代わりに話し出した。
「私が見に行ってみると確かにさっきの個室はしまっていたわ。物音もしなかったし。気味が悪いなと思ってうちもノックしようかと思ったの。でも、1回目に扉を叩いた時にドアが開いたの。そして中を見てみたら……誰もいなかったの」
「え?じゃあ、誰もいないはずの個室からノックが帰ってきたってこと?」
僕はそう確認すると、浜崎も矢野も頷いた。特に浜崎は何回も頷いていて、よっぽど怖かったんだろうことが伺えた。