エピローグ
クリスマスツリーの前でない崩れたままの僕は、しばらくそのまま泣き続けていた。
このままじゃまずいよな。帰らないとな。
そう思いつつ、僕はただただ冷たい地面に座り込んで泣いていた。涙が止まらなかったから。
肩の痛みが愛しくて、痛くないことにこんなにも残念に思うなんて。そう考えるとなんだか笑いがこみ上げてくる。
クリスマスの夜にツリーの前で泣きながら笑う変な男。
そのうち通報されてもおかしくない。
そんな僕に声をかけてくる物好きな奴らがいた。
「「悠」」
それは聞き慣れた声。後ろから聞こえてきた声は、幼い時から聞いてきた声だった。
「悠やんな」「悠だよね?」
ああもう。うるさいな。そうだよ。
振り返ると、そこにはこれまでイヤってほど見てきた奴らの顔があった。
「竜五。里実。なんでここに?」
「悠の親御さんに頼まれたんや。悠の様子がおかしいから、見守ってあげてくれないかってな」
「そうよ。だから、悪いとは思ったんだけど、ついてきちゃった」
竜五と里実は悪びれもなく言った。
全く、僕が勝手に二人きりの世界と思っていた世界は、なんてことない。普通の世界だったんだ。
「それにしても悠、ひっどい顔やな」
「ウルセェ!」
竜五にからかわれて、必死に顔を拭った。鼻水やら涙やらでそれはもうひどい状態だった。
「ほらもう、袖で拭かない!」
里実はテッシュを出してくれたので、それで涙と鼻水を綺麗に拭いた。
「いつからいたんだ?」
僕がそう聞くと、竜五が「最初からや」と答えた。
なんとも恥ずかしい姿を見られたものだ。でも、まぁいいか。こいつらなら。
「悠、何か抱え込んでたんだよね?私たちに、話してくれる?」
里実は心配そうに言った。そりゃそうだ。一日ただひたすら奇行に励んでいたとなれば心配もするだろう。
まだ吹っ切れるはずもない僕だったが、話すだけ話してみようかな。確かに先輩がここにいたことを誰かに伝えてみようかな。
そう、思った。
*
その日の夜。
僕は自分の部屋のベッドの上でだらしなく寝転がっていた。
携帯がブーブーと音を立てた。見ると竜五と里実からメールが届いていた。
『大丈夫か?気にせんときなんてよう言わんけど。はよ元気は出せよな。鶉野先輩の話。また聞かせてくれや 竜五』
『鶉野先輩、そんな人がいたなんてにわかには信じられなかったけど。悠がいうことだもん。私は信じるよ。体に気をつけてね 里実』
僕はそれらのメールを見てため息をつく。
「全くいい友達を持ったもんだわ」
先輩の抜けた穴は、ぽっかりと隙間が空いてしまっているけど。少しだけ、気分はましになっていた。
携帯を見ていると、メールの下書きボックスに一通のメールが保存してあることに気がついた。
件名は、『※注意 30巻を読んでから読むこと』
そんなメッセージを残したのは、一人しか思い浮かばなかった。
観覧車で少し寝ちゃったときか。
僕はその忠告通り、偽扇仰のシリーズ最終巻である30巻『if』を読みはじめた。
最終巻は、推理小説色が弱い作品だった。
主人公【明石】は、とあるサークルに属する大学生。明石には一つだけある能力があった。それはある地点に戻って違う選択肢を取れるということ。サークルメンバーみんなのことが大好きな明石だったが、無人島で行われた合宿で殺人事件が起こる。明石は推理をして犯人を突き止め、理由を聞くがそれは恋愛関係のもつれだった。聞いた時点で時を巻き戻し、合宿のはじめの地点に戻り、そのしがらみを解決させる明石だったが、次に違う殺人事件が起こる。そしてそれをまた解決して・・・と言った風に、巻き戻して原因を解決してもまた事件が起こり、最後は合宿の最初の地点に戻った明石が自殺するというなんとも胸糞悪い終わり方だった。
なぜこれをシリーズ最終作にしたのか、理解できなかった。
読み終わった僕は、改めて鶉野先輩の残したメールを読むことにした。
『拝啓 悠くん
このメールを読んでいるとき、すでに私はいないでしょう。なんて書き出しはありきたりかな。ごめんね。こんなのしか思いつかなくて。
君が眠っている間に勝手に携帯をいじったのは、許してね。
30巻『if』読みましたか?
きっと君はひどい先品だと理解できないと思っていることでしょう。
私もね、最初はそう思った。
でもね。私が大好きな偽扇仰が、最終作でそんなひどい作品を書くかなって。
だから私ね。考えたの。『if』に込められたメッセージを。
最終作だからこそのメッセージが、あの本には込められているような気がする。実際は手が進まなくなってひどい作品を書いてしまったのかもしれないし、私が勝手に思っただけなんだけど。
偽扇仰は、私たちに振り返って欲しくないんじゃないかなって。自分は消えるけど、偽扇仰がまだ書いていれば、とか。【if】を考えるなって。
そう考えてる時にね、ふと本のカバーを外してみたんだ。
そしたらね。やっぱり私の考えは当たってたみたい。だから、私はその言葉を君へ送る最後の言葉にしようと思います。
君を愛した、君が愛した鶉野叶恵より』
僕はそのメッセージを読みながら、本日何度目かもわからない涙を流した。ただ静かに目をつぶって。
僕は恐る恐る『if』のカバーを外して表紙を見た。そこには、こう書かれていた。
『振り返るな。今度は君が物語を紡ぐ番だ』




