神隠し②
「二人して何話してんの?」
振り返ると、そこには竜五と同じく幼馴染のひとりである里実がいた。ゆるい天然パーマを生かした髪型。肩まで伸ばしたウェーブのかかった髪は茶色に染めていて、差し込む朝日によっていつもより髪が明るく見えた。
「おお。里実か。ちょうどええところにきたな。わいらは今神隠しについて話しとったんや」
竜五が相変わらずの調子で里実に言うと、里実は顔を強張らせた。
「何か知ってるん?」
僕の言葉に応じて里実はようやく口を開いた。この様子はあからさまに何か知っているな。
「何も知らないよ・・・。何でそんなこと?物騒だしそんなことかかわらないのが一番やないの?」
里実は一言そういうと僕たちより先に歩いていってしまった。
「なんか知っとるな。あれは」
竜五は里実の後ろ姿を見送ると怪訝な顔をして言った。
「ってことは竜五も知らないんか?」
僕の一言に竜五はビクッとした。
「ばれてもた?実はそない情報持ってないねん。ほら、早よ行かんと授業遅れんで」
竜五はニカッと笑うと、さっさと靴を上履きに履き替えて小走りで教室に向かった。それを追いかけるように僕も上靴にさっさと履き替えると、教室へと向かった。
教室はすでに生徒で賑わっていた。車で送られる生徒がほとんどなので、遅刻ギリギリになるような生徒はあまりいなかった。
「ほら。座れ。授業始めるぞー」
先生が教室に入ってくると生徒は皆自分の席についた。教室にある机はほとんどが埋まっていたが、一席だけが空いたままだった。そこは坂巻莉音の席で、数日前から学校を休んでいた。僕はそれをただの風邪だと思っていたのだが、今朝親父に言われたことで、ことの異常さを自覚したというわけだ。もしかしたら、学校中の噂になっている神隠しとやらに関わっているのではないかと思い、僕は情報を集め始めることにした。
「~であるからして。この公式は~」
授業中、ツンツンと背中に何かが当たるのを感じた。後ろを振り返ると、里実が四つ折りにした紙の切れ端を渡してきた。
『神隠しについて、調べようとしてるん?』
そう書かれた下にこう文字を書いて里実に返した。
『うちの門下生の莉音が神隠しに巻き込まれてるかもしれへんから』
僕の返事の下にまた返事を書いて里実は紙を返してきた。僕は授業を聞いているフリをしながらそうやって里実と秘密の会話をし続けた。
『莉音ちゃんか・・・それは気の毒やけど。神隠しについては調べへん方がええよ』
『どういうことだよ』
『詳しくは私も知らへんけど。何や調べてる人は皆同じように神隠しにあうっていう噂やねん』
『調べたら神隠しにあう・・・?』
『そう。だから、神隠しについてはしらべんとこ。ええね』
『わかったよ』
僕はそう嘘をついて紙切れの会話を終了したが、里実のおかげで情報が一つ増えた。
神隠しを調べる者は同じく神隠しにあう。
具体的にどういうことなのか詳しくはわからないが、きな臭くなってきた。
僕は授業中、莉音が神隠しについて調べていたのかどうかについて気になった。莉音は内気な女の子だ。合気道においてはなれてきたために練習もこなせるようにはなってきたが、学校で見る限りでは引っ込み思案なところはそこまで治っていなかった。そんな莉音が果たして神隠しについて調べようとするのだろうか。
そんなことを考えながら僕は授業を上の空で聞きつつ、休憩時間になるのを待った。僕は竜五を連れションに誘うと、竜五はニヤリとしてその誘いに乗ってきた。
「何や、神隠しについて調べること、里実に止められたんか?」
竜五は教室を出た途端俺の脇を小突きながらそう言った。
「ああ。そうだよ」
「でも、調べんの止める気は無いって顔してんなぁ?」
「わかるか?」
僕もニヤリと竜五の顔を見返す。
「わかるがな。んで?神隠しの情報が欲しいんか?」
「そうや。とりあえず知ってることだけ教えてくれへん?」
僕たちはトイレに向かって歩きながら会話を続けた。トイレについても僕らは喋り続けた。
「おけおけ。ほならわいの情報網が火を吹くで、と言いたいところなんやけど。実はそこまでの情報は集まってないねん」
竜五は隣の便器で小便をしながら決まりが悪そうにそう言った。
「そうなのか?」
「ああ。莉音ちゃんが行方不明いうんもまだ知らんかったし」
「それはそうやな」
僕は小便を終え、手を洗いながら返事をした。竜五も同じく手を洗っているところだった。
「神隠しについての情報本体についてはそんなに大した情報はないねん。むしろわいは調べ終えそういうぐらいや」
「どういうことだよ?」
「悠は里実になんて言われて止められたんや?」
僕は会話の流れが読み取れずに頭の上にはてなマークを浮かべたが、とりあえずその竜五の問いに答える。
「神隠しを調べる者は神隠しにあうって」
「やっぱりそうか。でもそれは正しくないねや。まぁ惜しいんやけどな」
「?」
「神隠しを調べる者が神隠しにあうんやったらわいはもうとっくに神隠しにあっとるで。神隠しを調べる者が神隠しにあうんやない。学校の七不思議について調べる者が神隠しにあうんやよ」
僕たちは教室に戻りながら会話を続ける。
「七不思議?」
「せや。七不思議や。神隠しにあった者は5人。莉音ちゃんが最新で5人目。他の4人についてもみんな同じ特徴があるんや」
「それが七不思議を調べてたってのか?」
「せや。みんな七不思議について調べてる途中に神隠しにあったんや。だからわいも七不思議については何も調べてない」
竜五にしては珍しかった。もしかして本当にやばいのか?
「そんなにやばいのか・・・」
俺が言うと竜五は苦笑いのような妙な顔をした。
こいつまさか。
「おい。竜五。お前、そんなこと言って実は他に事情があって調べてないだけなんじゃないのか?」
噂好きの竜五が怖いからってこんな特大の噂をほっておくはずがない。
「ばれたか・・・。実は親父から次の模試で私立でいいから医学部A判定取れって脅されとってなぁ・・・。もし取れなかったらその金髪を黒く染める言われたんや!ひどないか!?」
それぐらいいいだろという本音はさておいて、同情しておいてやることにする。
「ははは、そりゃ大変なこって」
「そうなんや。というわけでわいは今七不思議の調査は今は差しどめっちゅーわけや。二ヶ月後の模試までは・・・な。・・・それで二つお願いがあるんやけど・・・ええか?」
またまた竜五にしては珍しく歯切れの悪い言葉だった。見ると竜五は俺を一心に見つめていた。
「なんだよ。キモチワリィ」
「勉強教えてください!!」
教室の前まで来たところで竜五は頭を下げてそう言った。
「そういうことか・・・いいよ。別に。んで?もうひとつのお願いっていうのは?」
「七不思議の調査、ちょっと待っててぇな」と竜五はふざけて言った。
「はぁ?さてはお前・・・楽しみが減ったら嫌だからってわけか?」
僕はしかめっ面で言った。