不穏②
僕はそれを追いかけて裏門をよじ登り、曽根崎の後を追う。
先輩が付いてきているか不安になったが、後ろを向くと必ず一定の位置に先輩はいた。どうやらそう言うものらしく、何度も振り返るたびに先輩は「もう、心配しすぎよ」とでも言いたげな目で僕を見ながらクスクスと笑った。
警察は何をやっているんだと思いながら曽根崎の後を追いかける。
どうやら曽根崎は見覚えのある道を進んでいるようだった。
「先輩。この方向って・・・」
「・・・ええ。忌まわしいあの場所に向かってるみたい」
先輩は忌まわしいという言葉を使ったが、表情にはそれほど嫌と言う感情は現れていなかったように思う。
「釘塚神社」
そう。曽根崎は意図的にか無意識にかは知らないが、釘塚神社の方向に逃げていた。
神社には意外とすぐ着くことになった。
曽根崎の後を追い、神社を駆け上がると、奴は一足先に神社の建物の中に入っていた。
「曽根崎!」
僕が大声を出すが、曽根崎は中に入ったきりでてこない。
「誘っているのか?」
僕が恐る恐る中に入っていくと、曽根崎は祭壇の前に莉音を連れて立っていた。
「もう逃げられないぞ」
僕がそう声をかけると、曽根崎は笑って言う。
「逃げる?勘違いするな。僕は今からお前と、この女に傷をつけるんだ。僕はどうせもうどうしようもなく終わってしまった人間だからね。どうせなら道連れを作りたいんだ・・・おい!近づくな!」
僕がジリジリと近づこうとすると、曽根崎は大きな声でそれを制止しナイフを取り出すと莉音の首元に当てた。
「今から僕はお前の目の前でこの娘を犯す。近づいたら僕はすぐさまこの娘を殺してしまうからな」
「きゃっ!悠くん!助けて!」
曽根崎にカッターシャツを脱がされた莉音がこちらを見て助けを求めるが、ナイフのせいでそれを止めることもできない。
「お前を捕まえた僕を恨むなら僕に直接復讐すればいいだろ!」
「違う。違うよ。これは復讐じゃない。これはただの嫌がらせなんだよ。僕の終わってしまった人生の残り時間を使った単なる嫌がらせ」
曽根崎はニタァと嫌な笑みを浮かべながら言った。曽根崎の言っていることは全く理解できなかった。
「くそ・・・先輩・・・どうすれば」
そう鶉野先輩に助けを求めるが、先輩はと言うと、顔を引きつらせて硬直していた。
過去と同じ場所で行われようとしている行為が、彼女の記憶をフラッシュバックさせているのかもしれない。
「やめて!」
ふとした隙に莉音は暴れた。僕が手出しをできない以上、自分がなんとかするしかないと思ったのか、莉音はわずかな抵抗を見せた。
「チッ!動くんじゃない!」
曽根崎と莉音はもみ合いになり、曽根崎の腕が祭壇にあたりガタッと大きな音を立てた。
そして。
祭壇に置いてあった布が地面に落ちた。
あれは、道着の帯か?
それが落ちた瞬間、鶉野先輩は顔を真っ青にして僕に言った。
「あれが始まる。早く逃げるのよ」
「でも、先輩。あそこにまだ莉音が」
「そんなことを言っている場合じゃない。いえ、逃げればいいと言うものでもないのね。落ち着きなさい。私」
先輩は珍しく慌てているようだった。そう自分に言い聞かせるようにして自分を落ち着かせると、僕に指示を出した。
「多分数秒後に曽根崎の様子がおかしくなる。その隙に莉音を連れて逃げるの。・・・それで・・・。いや、そのあとについては・・・考えるだけ無駄かもしれない。もしあれが始まってしまったら、止めるすべを私は知らない。だって私はあれを引き起こした側の人間だったんだもの」
「どういうことかわからないけど、とりあえず莉音を連れて逃げればいいんだな!?」
僕たちがそんな会話をしていると、曽根崎が口を挟んできた。
「一体何の話をしているのかな?僕にも教えてくれよ。まぁ、僕がこの娘を犯した後でお願いするけどね!」
そこまで言うと、曽根崎は急に動きを止めた。まるで糸に吊るされた操り人形みたいに。動作の途中で動きを止めた姿は、見るからに不気味だった。
すかさずその隙に僕は曽根崎から莉音を引き剥がした。
「さぁ!逃げて!曽根崎のことはみちゃだめ!」
先輩がそう叫んだので、僕はすぐに莉音を背負って神社を出ようとした。
出口の近くでふと後ろを振り返ると、衝撃の光景がそこにはあり、それは僕の目に焼きつくことになってしまった。
「みちゃだめって言ったじゃない・・・」
先輩は残念そうに言った。
曽根崎は、自分の首を持っていたナイフで、見事に切り落としていた。最後の最後まで力を抜かずにそれは見事に完全に胴体と頭を分断していたのだ。自分の首を。
「くそっ!」
その光景を振り払うように、心を無心にしてただただ走った。
向かった先は交番。莉音を預けると、話を聞かれる前に逃げ出した。
そして次に向かうのは・・・。
「学校へ戻るわよ」
先輩がそうおっしゃるので、僕はそれに従って学校へと向かった。
「あなた、学校ならどこでも入れるのよね?」
学校に向かって走りながら先輩は僕にそう問いかけた。
「ええ。これがありますから」
と言いながら駒野から授かったマスターカードキーを先輩に見せた。
「便利なものね」
褒められようと思って言ったわけではなかったのだが、そっけない返事に少々がっかりした。
「それで、それがどうしたんですか?」
僕がそう言うと、先輩は嫌そうな顔をした。
一体何が嫌なんだろうと思って見ていると、恥ずかしそうに口を開いた。
「その・・・敬語に戻ってる。戻さなくていいから・・・」
なんて可愛い先輩なんだろうと思いつつ、それに応える。
「気づかないうちに戻ってた。でもなんか改めてこうタメで話すと恥ずかしいな」
「こ、こほん。それじゃ、行き先を伝えるわね。行き先はズバリ、校長室よ」
先輩は照れているのを誤魔化したいのか、無理に話題を修正した。ちぇっ、可愛い先輩をもっと見れるチャンスだったのに。
「何で校長室に?」
「それは・・・」
先輩は少し躊躇してから、言った。
「私の、いえ、私たちの過去と、向き合うためよ」




