独白③
「それが私と、2年4組に起こった全てのこと。笑っちゃうでしょ?」
先輩は無理やり笑いながらそう言った。笑えるわけない。なんてひどい話だ。
「それから先輩はどうなったんだ?」
僕はその話のあまりの重さに耐えかねて話を少しそらした。
「私が読んでいた偽扇仰の小説ね、学校の図書館に寄贈されることになったんだ。お母さんがその方が叶恵もきっと喜ぶからって言って。バカね。私は自分が読めればそれでいいのに」
僕は黙って先輩の話を聞いていた。
「それから図書館には次々と偽扇仰の小説が入荷されることになった。それで、私は図書館でその本棚の周りをウロウロしている間に、図書館の幽霊になっちゃったみたい。校舎が建て替わったのに変わらず図書館にいられたのは予想外だったなぁ。多分私が図書館じゃなくてこの本たちに執着していたからなんだろうなぁ」
先輩はそう言うと愛おしそうに本棚に並べられた偽扇仰の小説の背をなでていった。
そして19巻までなぞっていき動きを止めた。
「19巻。結局ここに来ることはなかったなぁ」
先輩は悲しそうな目で本棚を見つめていた。
「先輩の未練っていうのはやっぱり」
「そ。犯人が知りたい」
僕の言葉に続いて先輩はそう言った。
「犯人は平岡隆司。近所に住む無職の男だったそうですよ」
僕は先輩を殺した犯人の名を言ったのだが、先輩はキョトンとした顔をした。
「私が知りたいのは19巻の犯人よ?」
「え?」
「私を殺した犯人なんてどうでもいいのよ。20年前のことだし。それよりも私が知りたいのは19巻の結末。……でも、それも叶いそうにないわね」
自分を殺した犯人より本の結末が知りたいという前代未聞の幽霊、鶉野先輩を僕は目を丸くして見た。
「そんなの、僕が買ってきますよ?ていうかここの19巻はどこへ?」
「その申し出はありがたいけど、多分無理よ。それ。絶版になってもう流通がほとんどないみたいだし。ここにはもともと19巻はなかったわ。私が取りに行き損ねた19巻が、ここにあるはずの19巻なんだもの」
先輩は窓の外の景色を見ながら言った。
ネットで調べてみると確かに絶版になっていた。
そしてその評判はすこぶる高く、稀代の傑作とされていた。
「19巻は稀代の傑作と言われるほどの名作だったそうよ。今となってはそれを確かめるすべもないんだけどね」
先輩は名残惜しそうに18巻と20巻の間を見た。
「ま、続きも見れたわけだし、もう十分楽しませてもらったわ。あなた、憑かれやすい体質なの、気づいてた?」
僕は突然話が飛んだことに戸惑った。
「え?」
「私が本を読むほど現実に干渉できるのは、力が高まる夕暮れ時の10分ぐらいだけだったの。でもあなたが図書館に来るとかなり長い時間本をよくことができた。あなたのおかげだったのよ。私が20巻から29巻まで、読めなかったはずの本を読むことができたのは」
僕はただただ呆然としていた。そんな説明されてもすぐには信じられなかった。
「で、でも、僕がいなくても読むことはできたんですよね?」
「いや。多分先に終わりが来ていたわ」
先輩は確かにそう言った。終わりという単語を口にした。




