独白②
最悪というものは続くものなのか、私にとって最高に嬉しいことであり悲しいことにもなってしまった出来事が4月2日に起きた。
告知なしの偽扇仰の新刊発売。私はもちろん当日の放課後に走って近くの本屋に行って購入した。なぜ告知なしで新刊を発売したのかは当時の私にはわからなかったが、話題性のためだったのかもしれないと今では思う。
まだ18巻を読み終わっていなかった私は徹夜で18巻を読み終えると、19巻を切り崩しにかかった。
しかし、ちょうど4月4日、私が大切なものを神社に置きに行かなければいけないタイミングで、私は19巻を読んでいるのを委員長に目撃され、「それがあなたの大切なものなんだね?」と言われてしまった。
クラスのみんなの前だった手前、なんだか否定しきれずに私がお供えしなければいけないものは偽扇仰の最新19巻になってしまった。
相当な分厚さがあること、授業中にまで読むわけにもいかなかったことが災いして私はちょうど探偵が犯人を追い詰める直前でイケニエ係の役目を遂行しなければいけなくなった。
最初ということで、クラスのみんなと委員長に見守られ、私は今すぐにでも続きが読みたい19巻を神社の祭壇に置いた。
仕方なく私はもう一冊買えばいいだけだろうと思っていたのだが、委員長に「それだと一番大切なものじゃなくなるからだめ!」と言われたことと、売り切れ続出で19巻が手に入らなかったことが重なって、私は5月3日に供物を取りに行くまで続きが読めないことになった。
私にとってそれは何よりの苦行だった。
でも、その時間は私にとって実りの多い時間にもなった。
19巻のテーマは18巻と一風変わって青春だった。青春というテーマに疎い私でも面白いと感じれるほどにギミックもストーリーも練られている作品だった。
だからこそ、私は答え合わせの前に散々ああだろうか、こうだろうかと思いをはせることになった。
恋とミステリー。その響きに私は魅了された。
むしろ私が19巻に恋をしていたと言った方が正しいのかもしれないが、とにかく私は体験したことのない恋というものに興味を持った。
でも、私にとってクラスの男子は皆ヘチマのように見えた。誰も彼もが面白味がない。私に興味を持つ者はいないではないが、私が冷たい態度をとってただ小説を読み続けるだけで勝手に諦めていった。仲良くなる前に告白してくる人もいたが、論外だった。小説よりもおもしろい出来事じゃないと、私の心は動かない。
私は見たことのない恋というものに幻想を抱きながら、19巻の結末を予想しながら、5月が訪れるのを待った。
その時間はとてつもなく長く感じたが、5月3日は夢のようなきらめきを持っていた。朝から私は放課後が待ち遠しくて仕方なかった。
授業を聞き流して、放課後になると私は神社へと急いだ。
この一ヶ月。私は19巻の結末についてありとあらゆる思考を巡らせた。それは作者の裏切りを楽しむタイプの私からすると初の試みだったのだが、犯人を予想するというのは予想以上に楽しいものだった。
それを気づかせてくれたのだから、この一ヶ月も悪いものだったとは言えまい。
そう思いながら私は神社の階段を駆け上がった。
世界がきらめいて見える。
あそこに私が一ヶ月待ち望んだものがある。
神社の扉を開けて中に入った私は、胸がざわついたのを感じた。
心臓の鼓動が早くなり、時間が遅く感じる。
私は中に入ると、すぐ隣を見た。
そこには、見覚えのない男が一人。息をひそめて待っていた。
瞳孔を開き、汗を垂らしながら、私を見ていた。
「やっぱり、一人で来た」
その男はそう声を出すと私に掴みかかって来た。
私はなすすべもなくその場で倒され、祭壇に置かれた19巻に伸ばした手は虚しく空を切った。
首を絞められながら、私は殺された。
実際狂った人間の目はこんななのか。
こんな結末、面白くもなんともないなぁ。
そんなことを思いながら私は人生の幕を下ろした。
私の『最悪』はクラス全員の『最悪』へと変わった。
私が5月3日に供物を取りに行けなかったことで、『あれ』は始まった。
5月4日。私が死んだ次の日。
偉そうにしていた赤沢夏子が電車が来る直前の踏切に入って電車に轢かれて死んだ。
赤沢夏子の死を引き金に、イケニエ制度の奇妙な特徴が浮き彫りになった。
クラスメイト達は、一人の生徒が死んだことを認識しているのだが、誰が死んだのかを認識できていなかったのだ。
つまり、赤沢夏子は、綺麗さっぱりクラスメイトの記憶からいなくなってしまったのだ。
そんな異常事態にあるにもかかわらず、クラスの生徒達はたまたまだろうだとか都合のいいことを思い込もうとしたが、そんな思いも虚しく。
6月4日。次の犠牲者が出た。
委員長だった。委員長は学校の屋上から飛び降りて死んだ。
几帳面に靴を揃えて。全校集会の日に彼女は飛んだ。
全生徒の前で、空を羽ばたくように両手を広げて。
そんな彼女のことも、死体が綺麗に片付けられると、クラスメイトは綺麗さっぱり忘れてしまった。
これは、そういうものなんだ。生徒がそう理解し始めた頃、生徒の不満は私に向いた。
私はもう死んでるっていうのに。
「こんなことになったのも、鶉野のせいなんじゃないか?」
「そうだ。鶉野がちゃんと供物を取りに行っていれば、こんなことにはならなかったんじゃないか?」
こういう場面で止めるはずの委員長はもういない。不満は私に向けられ、加速した。
「鶉野が供物を取りに行く途中で死んだっていうのは嘘で鶉野はもともと役目を果たさなかったからイケニエにされたんじゃないか?」
そんな考えがクラスに広まり、死してなお私はクラスメイトに嫌われることになった。
「イケニエにされたなら私のこと覚えてるはずないんじゃないの」
そう言ってあげたいのは山々だったが、私にはもうそう語れる体がなかった。
私はただ、この世の未練から浮遊するだけの存在になっていた。
『呪いを引き起こした存在』として私はクラスメイトに恨まれたが、本当はみんなはそんなことをしている場合ではなかった。呪いの元凶がなんなのか探すべきだったのだ。
6月15日。
3年4組に新たな死者が出た。今度は自殺ではなく他殺。自宅にいたところを包丁で刺されたらしいとのことだった。
この事件の被害者は、クラスメイトに忘れられることはなかった。
7月4日。
もはや恒例と化した自殺事件。クラスメイトの一人が首を吊って死んだ。
そのクラスメイトの残した手紙には、自分が6月15日の殺人の犯人だと述べられていた。
その犯人が誰かもわからないまま、7月15日が訪れた。
7月15日。
悪夢の再来。
殺人事件が起こった。
そこから悪夢は加速した。
毎月4日に自殺事件が起きた。
毎月15日に殺人事件が起きた。その殺人犯は次の月に自殺して発見されるのだが、誰だったかを誰も覚えていない。
誰もなんの対抗の手立ても行えないまま、疑心暗鬼になり、散々鶉野叶恵を悪者に仕立て上げた結果、3年4組は文字通り半壊した。
クラス40名に対し、生き残ったのは20人。
それが私の覚えている最後の記憶だった。




