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美女先輩と神隠し  作者: ロジカル和菓子
3章 イケニエ
22/33

独白①

 20年前。4月。


 私、鶉野叶恵は市立釘塚高校の三年生だった。


 三年生になり、ボロボロの校舎を気にしている暇もなく、今年は受験戦争を勝ち抜かなければいけない。そんなピリピリした雰囲気が三年生を取り巻きつつあった。


 しかし、私はその雰囲気にイマイチ乗り切れずにいた。


 というのも、私は大して受験というものに興味がなかったからだ。


 私の興味はただひとつ。小説を読むこと。


 本の虫というあだ名がついたのは幼稚園の頃だった。当時から人付き合いよりも読書を優先させていた私は、小学生にしてとうとうあだ名を呼ばれることもなくなった。


 でも私は別にそれで良かったし、本さえ読めればそれで良かった。


 教室でいないように扱われても、私はただ小説を読み続けるだけだったし。


 中学校に入ると、私は衝撃の出会いをした。それは偽扇仰という推理小説作家の書いた作品だ。


 当時の私からすると人生を変えるような衝撃的な出会いで、私は一気に推理小説というジャンルにのめり込んだ。


 勉強に関しては、もともと読書をするのが好きなだけあって、机に向かっている時間の3割を勉強に当てただけで、普通以上の成績を取ることができていた。


 そして私は高校生になった。


 高校生1年の冬頃、5年間活動を休止していた偽扇仰が作家として復活した。15巻で完結した偽扇シリーズとも呼ばれた推理小説たちの息を吹き返してくれたのは、私にとって救いだった。


 偽扇仰は復活してから驚くべきペースで刊行していき、私が高校3年になる頃には最新18巻が発売された。


「こんなの他のことに構ってる暇ないな」


 私は発売したての18巻を前にそう思いながら高校三年のクラスへと足を進めた。


 3年4組。


 それが三年になって配属された私のクラスだった。


 幸いにも、これまでと同じように、あるいはただ皆他のことに構っている暇などないからなのか、私の読書を妨げたり、嫌がらせをしてくるような人はいなかった。


「良かった」


 私は心の中でそう思いながら、高校生活最後の一年間を偽扇仰の最新18巻を読むという人生最高の時間から始めようと机に本を広げた。


「みんな、聞いて」


 ふと、誰かの声が教室に響いた。


 顔を上げてみると、三つ編みに丸メガネというアイコンともいうべき風貌の女子が教壇の前に立っていた。


「3年4組になるにあたって説明したいことがあります。でも、その前に・・・皆さん。自己紹介、しましょう!」


 三つ編みは必死に声を張り上げた。クラスの生徒はというと、「まぁ最初だし自己紹介ぐらいは・・・」と思っている生徒が大半だった。


「それじゃ、出席番号順に行きましょうか。浅部くんからお願いできる?」


「はーい」


 浅部と呼ばれた生徒は適当そうに返事をすると、軽い自己紹介をこなした。


「浅部祐一。サッカー部。趣味も特技もサッカーでーす」


「ありがと、それじゃ……次……」


 私はそっと現実に蓋をして小説の世界に没頭し始めた。


 18巻は自殺がテーマの話だった。主人公は14巻から登場した記者の男。ある資産家の老人が置き手紙を残して自殺をしたと思われるシーンから物語は始まった。


『私を殺したのが誰か、どうか探し当ててみたまえ。もし探し当てることができたものには、私の遺産の全てを差し出そう』


 その遺言とも取れる挑発的なメッセージから、資産家の家族が集まり、犯人探しをはじめだす。そこからまたややこしい事件へと発展していき……


「ちょっと!鶉野さん!鶉野さんってば!」


 三つ編みの声で私は現実に引き戻された。どうやら私の番が回ってきたらしい。


「鶉野叶恵。趣味は読書。好きな作家は偽扇仰。以上」


 冷たく言い放つと私は席に座り、さっきの続きを読み始めた。


 一瞬三つ編みがぽかんと口を開き、じきに騒ぎ出すのが聞こえたが、それを無視して私は18巻を読み続けた。


 資産家の家族のうちのある者は老人が自殺をしただけだと言い張る。部屋は密室だし、殺せるはずなのは老人自身のみ。だから犯人は老人自身だと考えたのだ。


 私もきっとそうなんじゃないかと思いながら読み進めた。だって、それ以外考えられないもの。推理小説を読む人には何種類かの人がいる。自分で推理をして作者の先を行きたい。結末を予想して当てたいという挑戦的な読者もいれば、あんまり考えずに読んで気持ちよく騙されたいという読者もいる。私は後者だった。


 単純にそうとしか考えられない方に考えていれば、作者は大体予想を裏切る結末を用意してくれている。


 偽扇仰に至っては、そんな心配は無用の長物なのだが。


 別に簡単な推理しかできなくても、裏の裏を読んだ推理をしたところで、最終的に予想不可能な結末へと読者を誘うのが偽扇仰作品の特徴だった。


 文体で騙す云々の話もあるのだが、基本的に人間の思考回路を完全に掌握してるんじゃないかと思ったぐらいだ。


 読み進めていくうちに、資産家の老人の子息のうちの一人が死に、二人が死に、波乱の展開が訪れた。


 私はワクワクしながら読み続けていたのだが、再び邪魔が入った。


「ちょっと、みんな聞いて!特に鶉野さん!お願い!」


 三つ編みはわざわざ私の名を呼んで注意を引きつけた。面倒臭い。


 そんな顔をしていると三つ編みは困った顔をした。


「それじゃあみんな自己紹介終わったね。あ、私がまだだった。私は萩本困。去年は委員長って呼ばれてました。みんなと仲良くなれるように頑張りたいと思います!」


 この三つ編みは萩本というらしい。困か、なんだか似合いの名前だな。それにしても何が頑張りたいと思います、だ。私はそんなこと望んでない。


 そう思いながら、また18巻を読もうとすると、萩本、もとい委員長は私の目をじっと見つめた。「読むな」と口パクで伝えてきた。


 鬱陶しい。


 何か話したいことがあるらしいので私はそれだけ聞いたらまた読み始めてやろうと思い、委員長の話に耳をすませた。


「それじゃあ、端的に言うね。このクラスには、特別な制度があります。その名もイケニエ制度。とはいっても名前ほど恐ろしい者じゃないらしくてね。何十年も前から行われてきた伝統行事みたいな者なんだってさ」


 委員長がそう言うと、クラス中がざわつき始めた。


「ちょっと、みんな、落ち着いて!静かに!みんなの反応もわかるけど、まずは話を聞いて!」


 委員長が必死にそう言うと、じきに騒ぎは収まり、皆は委員長の話に集中した。


「私も前の三年生に教えられたんだけど、これは、絶対に欠かしてはならない制度なんだって。どんなものかって言うのは簡単。毎月4日に学校近くの釘塚神社にその人が一番大切にしているものをお供えに行くんだって」


 そこまで言ったところで、クラスの一人が声をあげた。


「えー!大切なものを捧げなきゃいけないなんて、嫌だよ」


 そいつの大切なものがなんだか知らないが、その意見には賛成だ。私だって一番大切な本を無為にしてしまうのは忍びない。


 クラスがざわつき始めるのを委員長が制止した。


「ちょっと、落ち着いてってば。安心して。次の月の3日にそのお供え物を回収しに行くの。だから手元には戻ってくるのよ」


「そんな過去の伝統、やる必要あるの?ねぇ?みんな?」


 クラスで調子に乗っている様子の女子、赤沢夏子がそう茶化した。


 赤沢夏子は派手な顔に派手な服装の女子で、取り巻きはみんな赤沢にへこへこしていた。私はそれを勝手に心の中で社長と平社員と呼んでいた。


 今考えると何も面白くないが、平社員が必死に社長の機嫌をとっている様子に似ているんじゃないかと当時の私にはなぜかツボっていた。


 赤沢が言うことに周りもそうだそうだと同調した。


「でも、去年の三年生が言うには、それを欠かすと毎月4日にクラスのうちの誰かが本当に生贄になっちゃうらしいんだよ?」


 委員長がそう言うと、先ほどまで騒いでいた者は一瞬静かになった。


「い、いや。そんなの嘘に決まってるじゃない」


 赤沢はそう食い下がった。


「もし嘘じゃなかったら?本当に人が死に始めてもいいの?責任取れるの?」


 委員長は笑って言った。でも目は笑っていない。


 意外とやるやつだな、と私は感心した。


 赤沢が「わかったわよ」と言うとクラスの連中も納得したようだった。


 私はその委員長の態度に免じて制度には異を唱えないでいようと決めた。


「ありがとう!みんな!それじゃあ、早速だけど、最初のイケニエ係を決めようと思います。毎月交代で回して行くから、毎月の中旬ごろに次のイケニエ係を決めることにするね」


 私はそんな係まっぴらだと思っていたのだが、赤沢をも抑えた委員長に対する態度が悪かったということで、最初の槍玉は私に向いてしまった。


「多数決で決めます」


 多数決という決め方は残酷だ。特に誰か一人を選ぶという行動において多数決は残酷さを発揮する。多数決は少数派をいわば弾圧すると言っても過言ではないほど、少数派の意見を抹殺する。それが多数決の欠点であり、利点でもあった。


 抹殺すれば衝突は少ないし、時間も少なく済む。


 だから時間のない時、少数派の意見を聞きたくない時、人は多数決という手段を好む。


 まぁ別に今回に至っては皆お互いのことを知らないし、最初に反抗的だった鶉野さんがやればいいんじゃないかぐらいの気持ちで考えたのだろうが。


 結果としてほぼ全員一致で私が最初のイケニエ係になった。


 高校生活最後の年の、『最悪』の始まりだった。


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