呪いの祭壇③
図書館に入ると僕は新聞コーナーに直行した。
探すのは、20年前の記事。
もしイケニエ伝説の噂が本当なら20年前の新聞になんらかの記事として残っているはずだ。
探し始めようとした時、携帯が再びポケットの中で震えているのがわかった。
「忙しいってのに!」
携帯を見ると、そこには竜五と名前が出ていた。
仕方なく20年前の記事を探しながら電話に出ると、いきなりの大声。
「やばいことになってんで!悠!」
竜五の慌てた声が耳に入ってきた。
「え?何がやばいんだよ?こっちも忙しいんだけど!?」
応対をしながら記事を探して行く。20年前の4月から順に総当たりで記事を見て行く。どんな小さな記事でも見逃さないように細心の注意を払いながら。
「曽根崎が!脱走しよった!」
「はぁ!?」
竜五が告げたその事実は、嘘としか思えなかった。一旦警察に捕まってたじゃないか!
「それ!本当なのか?」
「ああ!ほんまや!やばいことになっとるで!」
竜五は珍しく焦っているようだ。脱走って一体今どこにいるというんだろう。
「それで!?曽根崎は今どこにいるって?」
「それがわかってたら苦労せぇへん!今ニュースで流れとるんや!脱走して街に潜伏中ってな!」
「そうなのか……」
僕は竜五と話しながら目では記事を探し続けていた。
「悠は今どこにおるんや!?何やったら車で迎えにいかすで!」
「僕は今市立の図書館にいるけど……」
「なんやって?なんでそんなとこにおるんや?」
「え?だって……」
記事を探しながらの会話なのでだんだん応答が雑になって行く。竜五はそれに対し心配してくれるのだが、こっちもこっちで大変なんだ。
「昔の新聞を調べ……」
竜五に何をしているのかを説明しようとしていたとき、一つの記事が目に入ってきた。
『5月3日。釘塚神社にて、殺人事件発生。容疑者は近所に住む、無職の平岡隆司(30)。被害者は釘塚高校の高校3年生の女生徒。女生徒がなぜ一人で人気のない神社にいたのかは不明。平岡容疑者は欲望が抑えきれなかったなどと供述しており……』
そして5月4日の記事。
『釘塚高校内部で階段を踏み外し生徒が転落死』
さらに6月4日の記事。
『釘塚高校の生徒が踏切立ち入り自殺』
「な!なんだこれは!」
「ど!どうしたんや悠!?」
僕の出した大声に反応して竜五が電話の向こうで騒ぎ立てる。また、静かな図書館で大声を出した僕を周りにいる人は白い目で見つめてきた。
新聞には、生徒の名前など詳しいことが書かれていなかった。また、それ以降釘塚高校の生徒が死んだというような記事は出てこなかった。もしかしたら、学校側が事実を隠蔽したのかもしれない。
「学校は今どうなってる?」
僕は竜五にそう問いかけた。曽根崎の脱走で混乱しているなら、丁度いい。学校に忍び込んで過去の事実を調べるには都合がいいかもしれない。
僕は自分の身の安全のことなど考えず学校へ忍び込む方向で進路を固めた。
「学校か?学校なら今は……学校の中にいる人は外に出ないように見たいな警告が出されてるみたいやけど。でも今は夏休み入ってもうてるし、部活のある奴らしか学校におらんのちゃうか?」
竜五は僕が学校にいる人の心配をしていると思ったのだろうが、それは大きな勘違いだった。
僕はもはや20年前の事実にしか興味がなくなっていた。
竜五の話を聞いていて、僕の頭の中で一本の光が繋がった。
こういう時、頭というものは実に合理的に働いてくれるものだ。
学校、部活、鍵、忍び込む、曽根崎の脱走。
これまでの経験で、それらの事実が一つにつながる。
道はできた。あとはそれを実行するかしないかだ。
危険は承知だった。
でも、そんなの知るか。
気がついたら僕は学校に向かって走り出していた。
電話はそのままポケットに入れたので、竜五のひたすら僕を呼ぶ声だけがポケットから日々いいていたが、しばらくすると携帯の電源がきれたのか、反応しなくなった。
僕はひたすらひたすら、必死に走り続けて、気がつけば校門の前にいた。
校門はしまっていたので、よじ登って中に入ると、警報がなったが構わずに部室棟へ走り続けた。
この前まで警報が鳴らなかったのは、おそらく夜の間に警備システムが作動しないように曽根崎が細工をしていたのだろう。今はその曽根崎がいないのだ。当然警報は鳴る。
大事になる前にと僕は部室棟までの道をかけぬけ、一直線に機械部の部室へとたどり着いた。
ガンガンとドアをノックすると、ドアの向こうから声がした。
「今は緊急事態だ、君は誰かね?」
それは部長の駒野の声だった。
「僕だよ!竜五の友達の!鷺森悠!ちょっとここを開けて!」
僕が必死に頼むと、駒野はドアを開けてくれた。汗だくの僕を見て、駒野は「何事か」と尋ねてきた。
「ごめん。ちょっと、学校の鍵を開けたいんだけど!貸してくれない?」
僕がそう頼むと、駒野は「ほう」と興味深そうな声をあげた。
「それはセキュリティーレベルCの部屋を開けたいということかね?」
駒野は僕を試すように見ながらそう言った。それに対し、僕はニヤッと笑い、「セキュリティーレベルAの部屋を開けたい」とそう返事をした。
「はははははは!ようやく猛者が現れたか!お前のようなやつをわが機械部は待ち望んでいたのだ!」
駒野は中二病のような笑い方ではっはっはっと笑うと、僕を指差した。
「いいだろう!我々も技術力を試してみたいと思っていたのだ!そのプロジェクトはすでに完成していた」
「していた?」
「ああ!していたとも。だがな、誰も試してみる者がいなかったのだよ。だってな、音楽室だとか校舎の鍵を開けたところで叱られたりする程度だろうが、セキュリティーレベルAの部屋、例えば校長室に忍びこむだなんてしてみろ。停学で済むかどうかってところだ。誰も試すバカはいなかったのだよ。君のような奴を待っていたとも!」
駒野はそう言うと右手を僕に向けて差し出してきた。
「はは。そうか、そしたら僕がそのバカ第一号になるってわけだ」
僕はニヤッと笑って右手で握手に応じた。
「えっと、あれは確か……」
駒野はゴソゴソと部室のタンスを漁ると、いろんなガラクタとも取れそうな器具が山のように出てきた。
「お!あったぞ!」
駒野が取り出したのはカードキーだった。
「これはセキュリティーレベルAまでの扉を開けることができるカードキーだ。いわば本当のマスターキーと思ってくれていい。ま、使ったら最悪退学もありうるがね。それでも使うかね?」
駒野は試すように僕を見たが、答えは決まっている。
「そんなの、使うに決まってる」
僕はそのカードキーを受け取ると、機械部の部室を出て、校舎へと走って行った。
校舎のエントランスには事態が事態だけに鍵がかかっていたが、いまの僕には関係ない。扉の横についているカードセンサーにカードキーを通すとエントランスの鍵は開いた。一応中に入ると鍵を再び閉めてから、校長室を目指した。




