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美女先輩と神隠し  作者: 城宮 斜塔
1章 トイレの
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神隠し①

 朝の匂い。


 道場の香り。


 夏の始まり、まだ本格的な猛暑が始まる前の早朝。まだ少し冷たい空気が鼻の奥に染み込んで行く。


 受け身を取る音が道場内に響く。とは言っても道場内には僕と親父の二人しかいない。まだ門下生がくるには少し早い時間だ。


「次は四方投げや。行くで、悠」


「押忍!」


 親父の宣言で次の技の練習は四方投げに決まった。最初は僕が投げられる番だった。僕が売り出した手刀を親父が受け止め、捌いてそのまま腕を捻っていき、僕の体は見事に投げ飛ばされた。


 稽古のはじめは準備運動から始まり、各関節を念入りに伸ばしてから稽古は行われる。小手返しや一教と言う名はそこそこ有名な技だが、関節を伸ばしていないと怪我に繋がったりする。そうでなくとも、合気道は関節を捻ったりする動作が多い。準備運動は思っている以上に大切だ。


「よし。ほなら次はお前が投げるんや」


「押忍!」


 先ほど親父が投げたように、親父の手刀を受け止め、体を回転させて親父の腕を捻って親父の体を投げた。親父は僕より一回り大きいが、体をうまく使えば投げることは造作もない。それからしばらく稽古は続き、他の技についても同じように稽古を行った。


 そして、道場にある時計が7時を回ったところで朝の稽古は終了となった。


「そういえば・・・」


 親父はふと口を開いた。稽古が終わったらいつも一人で黙って道場で座って瞑想をするはずなのだが、今日は違っていた。


「何?親父」


 僕はハッとして口をつぐんだ。道場では師範と呼ぶ決まりだったのだ。いつも稽古が終わってから会話することがなかったからうっかりしていた。しかし親父の方は僕がそんなミスを犯したことに気づいてすらいなかった。どうやら何か心配事に気が紛れているらしい。


「門下生の莉音なんやが」


「莉音?」と僕はそのまま聞き返す。


「ああ。坂巻さんとこの。お前と学校一緒やったやろ」


「うん。そやけど……」


 坂巻莉音は僕と同じ学校に通う生徒で、同時に僕の実家のこの道場の門下生でもあった。


 莉音は引っ込み思案な女の子で、最初はただの基本の受け身でさえ体に力を入れすぎて固まってうまくできなかったほどだったが、最近は普通に投げ技に参加できるようになってきていた。しかしその莉音が最近道場に顔を出さなくなっていたのだ。


「道場にこうへんなと思って坂巻さんとこに連絡してみたら、何やら行方不明になった言うて。お前学校でなんかあったとか知らへんか?」


「いや……僕、学校で莉音とほとんど話さへんし」


「そうか……そんならええんやけど」


 会話が終わると僕は急いでシャワーを浴びて汗を流した。リビングではすでに母親が朝食を作ってくれていた。


「悠、ご飯できてんで。早よ食べて学校行きや」


「わかってるって」


 僕は面倒くさそうに言うと、すぐにテーブルについた。正直その時間にご飯を食べ始めたら余裕で学校には間に合うのだが、親父との会話で若干時間は押していた。母親の言う通り素早く朝飯を食べて学校へ向かう。朝食はいつも日本食だ。白米に納豆、味噌汁といった日本の定番の朝食。

味噌汁の熱さが食べるスピードを遅くさせる。熱さを我慢してさっさと食べ終わると、僕はカバンを持って学校へと出発した。


 僕が通う高校は私立釘塚高校。いわゆる有名私立だった。校舎は有名な建築家、井戸田萬斎の設計らしく、校舎建築にどれぐらいのお金が使われたのかは想像に難くない。井戸田萬斎というのは世界的に有名な建築家では無いのだが、初代の学園長がファンであり無理矢理に彼に設計を頼むことを決めたらしい。井戸田の建築は独特のディテールで熱狂的なファンも多い、らしい。そこらへんの機微については僕の理解からは外れている。


 学校自体の場所は実家からは近いためチャリで行くことができて僕としては嬉しいのだが、チャリで学校に向かう者はほとんどいなかった。


 なぜなら。私立釘塚高校は有名私立といったが、金持ちが通うことで有名な学校だったからだ。ほとんどの生徒が車やらでの送り迎えでもって登校してくるのが常だった。


 僕はそんなことは気にせず、ガラガラのチャリ置場に自分の自転車を停めると、鍵をかけて校舎へと歩き始めた。


「おーっす。悠。今日も元気そうやないか」


 僕に声をかけてきたのは僕の悪友、雉田竜五だった。竜五はチャラついた金髪頭で、黒いリムジンから降りてきていた。相変わらずの裕福さだ。


「おはよ、竜五。朝から二時間稽古してきてるからむしろ疲れてるよ」


 僕はため息を吐きながら言った。


「いやいや。そうは見えへんて。それにしても朝から二時間て。いったい何時に起きてんねん」


 竜五は僕の肩に手を乗せてそう返した。


「毎朝だから別にしんどくはないけどなぁ。5時から稽古だから5時前に起きてるかな」


「どひゃあ!そんなんようやんぁ。わいやったら絶対無理やわ」


 僕よりひどい大阪弁で話す目の前の友は、リムジンから降りてきたのでわかる通り相当な金持ちだった。父親が医者で開業医をやっている上に、母親は有名ファッションブランドの女社長らしい。


「竜五には無理やろな」


 僕はケラケラと笑いながら竜五とともに教室へと歩いて向かった。


「なぁ竜五、最近起こってる行方不明事件、どう思う?」


 ふと僕は朝の親父の言葉が気になって聞いた。


「行方不明事件?それって、神隠し言うて、話題になってるやつかいな?」


「そう。それのこと」


 僕たちが話していたのは、最近この学校の生徒が数人行方不明になっている事件のことだった。しかし、親の意向や学校のメンツがあるからなのか、事件として公表はされず、いなくなった生徒は一様に風邪で休んでいることになっている。すでに警察は動いているらしいのだが、マスコミなどには規制がかかっており、生徒サイドには一切情報が回ってこない。そのために生徒の間では格好の噂の的となっていた。


「神隠し、いろんな噂が飛び交っとるな」


「竜五なら何か知っとるんやないかと思って」


 竜五はその見た目から不良のように見えるが、実際は多方面に友好関係を保っていて、いろんな情報を多方の筋から得ることが多いのだ。僕の言葉に、竜五はニヤッと笑って返す。


「そのあては外れへんなぁ。もちろんわいは神隠しについて情報を集めとるで」


 自信満々そうに竜五は言った。


「お!それ教えてくれよ!」


「それはええけど……悠がそないなことに首突っ込むなんて珍しいな。ゴシップなんてそない好きちゃうやろ?」


 竜五の指摘通り、僕はそういった噂の類にそこまで興味を示す方ではなかった。しかし、今回は事情が違う。門下生が行方不明となれば、その師範の息子という立場からすれば、気になるところではある。


「今回はな。うちに通っていた門下生の坂巻莉音って覚えとるか?」


「ああ。あのシャイな女の子やろ?わいらと絡むことはほとんどなかったけどなぁ。その莉音ちゃんがどうかしたんけ?」


「その莉音ちゃんが神隠しの被害者の一人なんだって」


「それほんまか!?」


 どうやら情報通の竜五もそれは知らなかったらしい。いや、本当に情報通なのか?こいつ?


 僕たちが会話をしながら靴箱にさしかったところで、ふと後ろから声をかけられた。

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