呪いの祭壇②
神隠し事件が解決してから一週間ほど経って、僕は図書館に行く口実を作るために借りた小説を必死に読んでいた。もともとそんなに本を読むほうではなかったので、そこそこ分厚い本を読み終わるまでには、それなりの時間がかかった。一気に読めるものでもないし、読み終わるまでに数日かかった。
ようやく読み終わったのが、7月7日。
七夕だった。
偽扇仰のシリーズの4巻、『井戸の奥には何がある?』はなかなかおもしろい作品だった。最初に井戸の中から死体が発見されるところから始まり、井戸を鍵として物語は進んでいき最後まで飽きずに読み終わることができた。
僕は先輩に感想を伝えに行こうと思い、昼休みに図書館へ向かった。
久しぶりに先輩に会えると心を躍らせながら3階へ向かう階段を上ると、図書館の扉が見えて来た。
急いで図書館の扉を開けると……。
珍しく先輩の姿はそこにはなかった。しばらく待っていても先輩は現れなかったので、僕はしょうがなく借りていた本を返した。
そのまま帰ろうかと思ったのだが、先輩を驚かせてやろうと思い、偽扇仰のシリーズ1巻から借りて行くことにした。
1巻の貸し出し登録をすると、僕は図書館を出た。
しかし、放課後も僕は図書館を訪れた。
が、結果として、鶉野先輩が現れることはなかった。
翌日も、その翌日も鶉野先輩は図書館に現れることはなかった。
「風邪でも引いてるのかな。もう3巻を読んでる途中だって言うのに」
僕は図書館でそう独り言をこぼした。
もうすぐ夏休みが始まってしまう。
先輩はいつになったら再び現れるのだろう。
そう思いながら、来る日も来る日も僕は図書館で先輩を待ち続けた。
竜五も里実も急に図書館に通い詰めになった僕を心配したが僕は構わず図書館に通い続けた。
莉音はと言うと何回か放課後に遊びに行かないかと誘ってくれたのだが、僕は行くところがあるからと断ってるうちに誘われなくなってしまった。
そして7月20日。
終業式がある日。
とうとう鶉野先輩は図書館に再び現れることはなかった。
それから、先輩はずっと図書館には現れず、忙しいのかな。などと思っているうちに、季節は冬になってしまっていた。
忙しいのかもしれないけどさすがに待ちきれないと思った僕は、冬休み前の終業式の日、三年のフロアを訪れ、先輩を探すことにした。
三年のフロアは図書館がある三階にあった。
受験期の夏休み前ということもあり、少しピリついた空気感がある教室を一つ一つ巡って中の人に「鶉野っていう生徒ってここのクラスじゃないですか」と聞いて回った。
1組から始まり、2組、3組、4組とアテが外れていき、とうとう最後の8組になってしまった。
僕は最後の望みをかけて8組の扉を開いた。
入り口近くにいた3年生に「このクラスに鶉野って生徒いませんか」と聞くと、相変わらず答えはNOだった。
僕はどれだけクラスで浮いてんだよ影薄すぎだろと心の中で陰口を叩きながら、職員室へと向かった。
先生に頼みこんで適当に理由をつけて、出席簿を見せてもらうように取りはからった。
しかし、名簿を隅から隅まで見回しても、鶉野叶恵という名前の生徒はいなかった。
「ない……なんでだ?そんなはずは……」
何回見返しても鶉野先輩の名前は名簿に書かれていなかった。
「もういいか?」と言って名簿を見せてくれた先生は僕から名簿を取り上げたが、僕はただただ放心状態だった。
終業式が終わり、僕は何かを話してくる竜五と里実をほったらかして、一人で家に帰った。僕はただただ、今何が起こっているのかわからずに混乱していた。
あれは、幻だったのか?
青春の幻?
最初から鶉野なんて人はいなかったのか?
頭の中でぐるぐると思考が回って行く。
家に帰り、ベッドの上でひたすら思考を巡らした。机の上の携帯が小刻みに震えているが、僕はそれを無視した。
偽名?
その可能性は頭の中を最初によぎった。でも、一応教室に生徒が全員揃っている中で先輩がいないかは見渡して確認した。偽名を使っていたからって、三年のフロアにいないなんてことはないだろう。
じゃあ、もしかして実は後輩だったとか?
いや、そんな嘘をつくようには見えないし、どう考えても先輩は年上だった。
僕の頭に様々な可能性が渦巻いて行く中で、僕はふと七不思議についてのことを思い出した。
「そういや七不思議って、結局どうなったんだろ」
先輩はいつも七不思議の相談に乗ってくれていた。もしかしたら七不思議について再び調べだしたら、先輩はまた現れるんじゃないかと、そう思い、僕は七不思議について思いだした。
思えば、七不思議はそのいくつかが神隠し事件を解決したことによって真相の解明を経た。食堂で減っていた食料は、夜中に曽根崎がこっそりと持ち出していたから起こったことだ。
監視カメラに映っていなかったことに関しては、曽根崎自身がパソコンに強いだとかなんとか言っていたから、監視カメラの映像を差し替えていたりしたのだろう。
でなければあんなスペースでこっそりと暮らし続けるなんてできるはずがない。
夜中に動き回る人体模型は夜中に校舎を歩いていた曽根崎を目撃したものだろう。
鏡についてはわからないが、あともう一つ、真相がわからないものがあった。
「イケニエ伝説……」
僕は必死に頭の中の情報を思い浮かべた。
イケニエ伝説。
釘塚高校が新校舎になる前、今から10年ほど前まであったとされる制度で、2年4組に降りかかる災いを避けるためには廃神社への礼拝をしなければいけないというものがあった。2年4組の生徒は毎月4日に廃神社に一番大切なものを備えにいき、次の月の3日にそれを取りに行く、といったものだったらしい。
その礼拝自体は大したことのないように思えるが、それを怠ると毎月一人、2年4組の生徒が死ぬという噂があった。実際に20年前に女生徒が礼拝を怠ったせいで当時の2年4組の生徒は多数の死者が出た・・・らしい。
校舎が新しくなってからはその制度は打ち止めになっていたらしいのだが、最近物好きの生徒によって復活させられたらしい。
「そんなことが実際にあったのか?」
僕は一人ベッドの上でそう呟くと、バッと身を起こした。
わからなければ、調べるまで。
僕は私服に着替えると、出かける準備をした。
母親に出かけることを伝え、外に出る。
目的地は、近所の図書館だった。図書館によっては昔の新聞を保存していて、見れるようになっているところがある。僕は昔、よく合気道の師範代の父さんが暴漢を捕まえた記事が載っている新聞を見直しにそこにやってきていた。




