呪いの祭壇①
目的は一つ。坂巻莉音の家に行くことだった。親父に頼み込んで莉音の住所を教えてもらい、僕は莉音の家を訪れた。
莉音の親は僕の来訪をありがたがってくれていたようだった。一応莉音を救った救世主的な扱いみたいだ。なんだか鼻がむずがゆくなりそうだ。
一応声はかけてみるけど、まだ外には出れないかもしれないと言う母親の言葉とは裏腹に、莉音はすぐに出て来てくれた。えらくドタバタという音が家の中から聞こえていたが、別にそんなに慌てる必要はないと教えてあげたかった。
「ごめん。待ったよね?」
莉音は慌てて出て来たにしては小ぎれいな格好をしていた。身長は低く、僕からしたら一回り小さい女の子。華奢な体に腰ぐらいまである長い髪が綺麗だったが、慌てて来たからか若干ボサついているのが逆に可愛らしい。
「ううん?すぐに出てきてくれたから」
デートに来た彼女かよと言うツッコミを心の中で莉音に入れながら、僕はそう返事をした。
「それで?用って何かな?」
僕は休養中の彼女に悪いと思いながら本題を告げた。
「イケニエ係の仕事、今日だよね?行ける?」
その言葉を聞いた莉音は嫌な顔をするでもなく、ただ思い出したように右の拳を左の手のひらにポンとのせ、
「あ、そういえばそうだ」と言った。
別に嫌な仕事ではないらしいので安心だ。
「なんなら一緒に行くし」
僕がそう言うと莉音は顔を煌めかせた。
「ほんと?じゃあお願い!」
その勢いは莉音にしては珍しかった。廃神社と言うぐらいだから向かうまでの道のりは多少は危険なのだろう。男が一緒の方が安心できていいのかもしれない。
僕は莉音に連れられて、釘塚高校の近くにあるという廃神社へと向かった。
廃神社は本当に釘塚高校から歩いて十分ぐらいのところにあった。人通りの多い道路からは若干離れているが、山の中にあるだとか、山道を通っていかなければたどり着けないと言ったようなことはなかった。
廃神社なので、建物は古びているし草は生い茂っているので、多少の危険はあるように感じたが。
「悠くん。ありがとね」
廃神社の鳥居をくぐったところで、莉音はそう僕に言った。
「ん?神隠し事件を解決したこと?いいよ。当然のことをしただけだし」
かなり危ない案件ではあったけど。
「それもあるけど。これまでのこと全部」
「?」
僕は莉音との思い出を辿って見たが、彼女にしてあげたことと言ってもはっきりとしたエピソードは思い浮かばなかった。
「別に何をしてもらったってわけじゃないんだけどね。悠くんの家で合気道ならって、最初はおっかなびっくりで受け身もまともにできなかったけど。ちゃんと技もかけれるようになって。結果的にあの人には敵わなくて捕まっちゃったんだけどね。その点悠くんはすごいよ。あんな大人の人に勝っちゃうなんて」
僕は一方的に褒められてなんだか照れくさくなってしまった。
「そんなことないよ」
「ううん。そんなことある。それに、私がちょっとだけだけど強くなれたのは悠くんのおかげなんだ」
「僕のおかげ?」
「うん。悠くんは覚えてないかもしれないけどね。昔、まだ私が悠くんちに合気道を習いに行く前の話なんだけど。私、小学校のとき、近所の男の子に公園でいじめられてたんだ。砂場でずっと一人で遊んでたら、ボール遊びするのに邪魔だからどけって言われて。ボールぶつけられて、一人で泣いてたんだ。そしたら私のことなんて知らないはずの悠くんが助けに来てくれて。男の子たちをあっという間に懲らしめちゃって。それからなの。私が強くなりたいって思ったのは。だから、ありがとう」
莉音の話は、正直ほとんど覚えていない話だった。
小学校の頃、僕は親父の「柔よく剛を制し、力より優しさを選ぶ男になれ」と言う言葉にしたがって、わけもわからず弱いものいじめをしている奴らを片っ端から懲らしめている時期があった。
中学に入ると、僕の技量も上がって来たからなのか、素人相手に技を使いすぎるなと親父に釘を刺されたので、そんな活動はあまりしないようになったのだが。
おそらくその小学生時代にそんな出来事があったのだろう。
自分にとっては取るに足らない思い出でも、誰か他の人にとっては大切な思い出。なんてことが実際にあるのだと実感した。
「確かにそんなことがあったかもしれない。ごめん。はっきりとは覚えていないけど」
僕がそう言うと莉音は首を横に振った。
「ううん。いいの。私が覚えていればそれで」
それからしばらく沈黙が続いたので、僕は少し気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、莉音はなんの七不思議を探していたの?」
三間坂さんはベートーベンの目を調べている時に曽根崎に捕まった。なら莉音は?
莉音は少し戸惑ってから、僕の目を見て言った。
「……鏡。願いを叶えてくれる鏡を探していたの」
「鏡?何を叶えてもらおうと思ったの?」
と僕が聞くと莉音は黙ってしまった。
「あ、もしかして強くなりたいとか?」
僕はそう聞いたが、そんなことではないらしく莉音は肯定も否定もしなかった。
「秘密。でも、これだけは言える。もう、変なものに頼ったりなんてしないって」
具体的にどういうことを言っているのかは理解できなかったが、前を向いているようで安心した。
「それじゃ、取りに行こっか。大切なものって、何?」
僕がそう声をかけると、焦ったように莉音は僕より先に神社へと向かった。神社の建物自体はすでに老朽化が進んでいて倒壊の危険がありそうだったのだが、莉音は気にせず中に入っていった。
僕も続いて中に入ると、莉音は祭壇のようなところから紙のようなものをとり、強引にポケットに突っ込んだ。
「へぇ。中はこんな風になってるんだ」
僕は神社の内装を見ながらそう言った。外見ほど中身は腐ったり崩れたりはしていないようだった。奥には祭壇があり、何かを置く用の皿のようなものが置いてあった。
先ほどまでそこに莉音がすぐにしまった紙があったことを考えると、どうやらそこが生贄役が大切なものを置くためのものらしい。
「そ、そうなんだよ。案外綺麗でしょ」
莉音はそう言うと「危ないし早く出ようよ」と僕を急かした。
外に出ると、僕は背後に気配を感じた気がしたが、振り返っても誰もいなかった。「どうしたの?」と莉音に尋ねられたが、「なんでもない」と返事をすると、莉音を家まで送っていった。




