いつもと違う君
あの事件から数日。
7月3日。
昼休み。
僕はなんだか肩の調子が悪い気がしながら、先輩のいるはずの図書館を訪れていた。
先輩はいつもと同じ席で読書に明け暮れていた。見ればその巻数は29と書いてあった。
「先輩。鶉野先輩」
僕が呼びかけると先輩は僕に気づいたようだったが、一言。
「ちょっと待って。これが最後だから」
そう言われては仕方がないので、先輩を待ちながら偽扇仰の本が並んだ本棚を眺めることにした。
偽扇仰の推理小説は29冊に及ぶようだった。先輩が今読んでいるのは、最終巻の29巻と言うことか。
これでとうとう先輩もこのシリーズを読み終えるのかと思うと、なぜだか僕の方が感慨深い気持ちになった。
しかし、ずらりと並ぶ偽扇仰の小説を見渡してみると、気になることが一つあった。
1巻、2巻……17巻、18巻。20巻、21巻、22巻……28巻。
「あれ?19巻はどこへ行ったんですか?」
先輩が今読んでいる29巻は別として、19巻もなかった。誰かに借りられているのだろうか?
僕がそう言うと先輩はピクリと確かに反応した。
しかし「さぁ」とだけ言うと先輩はまた本の世界に集中しだした。
誰に借りられているんだろうと、図書館の検索システムで検索してみる。
図書館の無人の受付では今図書館にある本を検索でき、今借りられているかについても調べることができるのだ。
「偽扇仰、19巻と。検索検索」
検索にかけると、貸出中という文字だけが帰って来た。
「先輩、19巻は貸し出し中みたいですね。こんな分厚い本借りる人他にいるんだ」
僕がそう声をかけても先輩は無視した。相当集中しているらしい。
しばらくすると、先輩は顔を上げたのだが、読んでいた本を本棚に返すと僕の目の前まで歩いて来た。
「まずは、神隠し事件、解決おめでとうと言っておくわ。おめでとう。鷺森くん。でもあなたにはまだ仕事が残っているのはわかってる?」
先輩は僕を試すような目をしてそう言った。
「坂巻莉音が供えた大切なものを回収させるんですよね」
先輩はやけに必死になって言っていたので、忘れることはなかった。
「そうよ。それがわかってるならいいわ」
珍しく僕と対面して話をしてくれている先輩に違和感を覚えた。これまでよりちゃんと僕と向き合ってくれている気がした。
「先輩、どうしたんです?」
「何が?」
「いや、先輩の態度がいつもと違う気がして。……いてて」
先輩と会話している途中、ふと肩が痛んだ。曽根崎を押さえつけた時の痛みがまだ残っているらしい。
「どうしたの?」
「いえ、曽根崎を押さえ込んだ時の痛みがまだ残ってて」
「……そう」
先輩はなんだか悲しそうな顔をすると、僕の前から逃げるように本棚へと向かって行った。
「でも、どうせその痛みも、すぐ治るわよ」
「ですね」
そう言うと僕は先輩を追って本棚の方へ向かった。
「偽扇仰の小説は全部読み終わったんですか?」
僕がそうたずねると、先輩はしばらく考えてから答えた。
「ええ。もう満足したわ」
僕の問いに対する答えとしては少しずれているような気もしたが、その時はそれほど気にすることはなかった。
先輩は1巻から順に偽扇仰の本をなぞって行くと、19巻で一旦指を止めた。
その後、29巻まで行くと指でなぞるのをやめた。
「結局、一番面白かったのは何巻なんですか?」
僕は沈黙に耐えきれずに先輩にそう聞いた。
「そうね。4巻なんていいんじゃないかしら。1巻から徐々に面白くなっていって、ちょうど一つ目の山場が4巻なの。そこまで分厚くないしあなたでも読めるんじゃない?」
先輩は初めて僕にオススメをしてくれた。それがどう言う意味を持つのかも知らずに、僕は喜んで4巻を手に取った。
「『井戸の奥には何がある?』これか。面白そうなタイトルですね」
僕は正直推理小説など読んだことはなかったが、先輩の勧めとあらば読まないわけにはいかない。僕は無人の貸し出し機で貸し出し登録をすると、その小説を借りた。
先輩は本棚の前で立ち尽くして、窓の外を見ていた。話しかけづらい雰囲気だったので、僕はその本を借りて図書館を出た。
図書館を出るときに、「読んだら感想伝えますね」と先輩に呼びかけたのだが、先輩は「そ」とだけ返しただけだった。
変な先輩と思いながら僕は図書館を去り、そのまま学校を早退した。
月曜日……心を不穏にする響き……




