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美女先輩と神隠し  作者: ロジカル和菓子
2章 ベートーベン
16/33

一番怖いもの④終

 壁の向こうは、学校には似つかわしくない異質な空間だった。


 というよりかは住居とでも言うべき空間だった。


 ソファがあり、テレビまであり、そして冷蔵庫があった。


 まるでワンルームマンションの一室のようなその空間の床には、行方不明になっているはずの生徒たちが口と手足を縛られて横たわっていた。生徒たちは僕たちを見ると助けを求めるような目で見てきた。


 そこには坂巻莉音も同じように横たわっているのが確認できた。


 莉音も他の生徒と同じように泣きそうな目で僕を見た。


 視線を床からソファに移す。


 そこにはゆったりと、まるで僕たちの存在など関係ないように悠然とたたずむ人物。


 ソファに座ってくつろいでいたのは、学校の関係者でもない、まったく見知らぬ男だった。


 その男は、明らかに僕たちよりも歳をとっている。つまりは大人だった。


 なんでこんなところにいるのかはわからなかったが、竜五が派手にこの部屋に入ったことでその目はこちらを向いていた。


「お前たちも、ここに入ってきてしまったのか」


 男は気持ちの悪い声を出した。


「僕は曽根崎。ここに住まわせてもらってる。あ、もちろん許可なんてとってないよ」


 曽根崎と名乗る男は30代ほどだろうか、無精髭を生やし気味の悪い目つきで僕たちを見ていた。


「別にさぁ?君たちの生活を脅かしてる訳でもなかったんだ。君たちが夜中に学校なんか調べにきたりしなかったらさぁ?こんなことにはならなかったんだと、そう思わない?」


 曽根崎はねっとりとした雰囲気で僕たちに話しかけ続けた。正直気持ち悪い以外の感想が出てこない。


 こんな奴が、この学校に潜んでいたなんて考えるだけでもおぞけが立つ。


 というか、こんな空間がこの学校にあったのか?


 僕がこの部屋を不思議そうに見ていると、曽根崎は親切に説明してくれた。


 頼んでもいないのに。


「ここはね?井戸田なんさい?とか言う人が隠れて設計した秘密の空間なんだぁ」


「井戸田萬斎だ」


 僕はおそるおそるそう訂正したが、曽根崎は「そう、それそれ」と反応しただけだった。


 こんな状況で会話が成立しているのが気味が悪い。本当はすぐにでも逃げるべきだろうけど、体が思うように動かない。それは竜五も里実も同じようで、二人に至っては口を大きく開けて言葉さえ出てこないようだった。


「その井戸田萬斎さんが学校内の秘密基地になるようにってうまいこと隙間を開けてここを設計してくれたらしいんだぁ」


 子供のような口調で話す曽根崎。彼はなぜこの空間のことを知ったのだろう。


「お前は……なんでここを知ることができたんだ」


 僕が聞くと、曽根崎は首を勢いよくことらに向けた。ギョロリと目がこちらを向く。


「い~い質問だねぇ!それはね、僕の弟のおかげなんだ。弟はつい最近この学校を卒業したんだけどねぇ。ここのことを嬉しそうに語ってくれたよ。学校に先生も知らない秘密基地があるんだって」


 曽根崎は普段人と喋ることのない鬱憤を晴らしているかのように話し続けた。


「弟があまりに嬉しそうに語るもんだからさぁ。僕も行きたくなって。そんで夜中に忍び込むことを思いついたんだぁ。鍵に関しては、全部機械制御だからさぁ。君たちもそれを利用してここに入ったんでしょ?こう見えて、僕。パソコンは得意だったから。見えないでしょお~?」


 曽根崎がいちいち同意を求めてくるのは鬱陶しかった。しかし逆上されても困るので、対応に困る。


 でも、そうだな。僕たち生徒でも入れてしまうということは、逆を言えば大人なら入れる人物は確実にいると言うことにもなる。


「それでねぇ。ここに入って。一目見て気に入ったんだぁ。それでね。決めたの。ここに住んじゃおうってさ」


 曽根崎はキラキラした笑顔で言ったが、それは全く理解できなかった。


「なんでこの生徒たちを捕まえたんだ」


 僕がたずねると、曽根崎は冷静に答えた。


「だって。そいつら逃したら、ここのことばれちゃうじゃん」


 曽根崎はゆっくりとソファから立ち上がってみせた。


 曽根崎の体格は想像していたよりもはるかに大きかった。190cmはあるだろうか。ひょろっとしてはいるが、高校生の僕より一回りも大きかった。


「だからさぁ。君達も返すわけにはいかないんだよ。だから、ここで捕まっててよ」


 曽根崎が急に動き出す。


「ふざけるな!」


 僕は知らず大声をあげていた。それは相手を牽制するためでもあり、自分を奮い立たせるためでもあった。合気道では、対人の訓練を行っているとはいえ、こうして不審者と対峙するのは初めてだった。 


 一般に合気道は護身術として名高いが、実際に不審者と対峙して戦うなどというのは愚の骨頂。自分の身を守ると言うことだけであれば逃げることが一番の護身術だ。でも、今は逃げる道もなければ、逃げるわけにもいかない状況だ。


「え?」


 曽根崎は予想外の僕の反応に変な声を出した。


「その生徒たちを捕まえたまま、どうするつもりなんだ!」


 僕が大きな声で言うと、曽根崎は首をかしげた。


「僕がここで生活して死ぬまで、捕まっててもらうだけだよ?安心して。ご飯なら用意してくれるから。食堂のおばちゃんがだけどね。ははは」


 曽根崎の何が気持ち悪いかわかった気がした。こいつには、善悪の基準がまるでないのだ。


 自分さえよければそれでいい。


 まるで自分が中心に地球が回っているかのような、そんな反応。


 体だけが大人になった、気味の悪い子供。


 ここに閉じこもって一生を終える気だったとか、意味がわからなさすぎる。


 そんなの敵うわけがないと、普通に考えればわかるはず。でもこいつにはそれが分からなかった。


 いや、分からないふりをしているだけか。


 妙に幼い喋り方をするのも、もしかしたら自分をごまかすための手段なのかもしれない。


 ……実際にこの学校で見知らぬ男がぬくぬくと生活していたと考えると寒気がする。


「そんなことは、させない」


 僕は不思議とそんな言葉を口にしていた。


「え?なんだって?高校生がこの身長の僕をどうにかできるとでも?」


 確かに曽根崎の言う通り、体格は一回り違うし、僕は圧倒的に恐怖を感じていた。でも、僕は鷺森流を継ぐ合気道の継承者だ。


 こんな男に捕まって、ここで一生を終えるわけにはいかない。


 そう覚悟して、男と相対した。


 他のメンバーに下がっていろと目で指示する。


 先輩はいつのまにか後ろで黙って見ていてくれているようだった。


 ますます負けられなくなった。


 先輩までこの男につかまらせるわけにはいかない。


 里美だって、竜五だってそれは同じだ。


 僕は太ももを力強く叩き、自分を鼓舞した。


 大きく深呼吸して、相手の呼吸を読む。


 合気道はその名の通り、気を合わせると書いて合気道である。自分の呼吸を統一し、相手の呼吸を読む。そして相手の呼吸の切れ目、相手の体制を崩すことで相手を容易に投げることができる。


 僕は親父と向かい合ったどの時よりも集中し、呼吸は完全に統一された。


 曽根崎はまっすぐ僕の方に向かって走ってきた。僕は覚悟が足りなかったのか、それを避けてしまった。


 しかしそれではこの状況を打破できない。


 曽根崎はそのまま走っていくと、里実を追いかけた。里実は逃げて鏡の下半分を押してここから出ようとしたが、なぜか鏡は回転しない。


「ざんねーん。この鏡ね。内側から開くのには少しコツがいるんだぁ。でも、初めてじゃ、ちょーっと厳しいかなぁ」


 曽根崎は気味の悪い声で言うと、里実の腕を掴んだ。里実の声にならない叫びがこの空間に伝わった。僕はそれを阻止しようと曽根崎の服を掴んでこちらに引き寄せた。


「お前の相手は俺だ」


 僕はそう言いながら曽根崎の体勢を崩した。しかし、意外と体幹がしっかりしているのか、すぐには崩れない。あっという間に普通の体勢に戻ってしまった。


「甘い甘い。やっぱり君ら高校生だね。大人には敵わないから、さっさと諦めなよぉ」


 僕は大きなチャンスを逃してしまったのではないかと言う不安と戦いながら、再び呼吸を整えた。


 そして曽根崎の呼吸を読む。曽根崎の微妙な体の上下を見守る。


 曽根崎が息を吐く。


 曽根崎が息を吸う。


 吐く。


 吸う。


 吐く。


 今だ!!


 曽根崎が息を吸い込んだのと同時に僕は曽根崎の懐に入り込み、服を掴んで前に体勢を崩させた。


 その隙に一瞬にして曽根崎の側面に回り込むと、回転の力を腕に乗せて曽根崎の首元に自分の腕を当てた。


 体勢の崩れた状態、重心が傾いた状態で首に力を加えられた曽根崎は、面白いぐらいに回転し、地面に激突した。俯いた曽根崎の左腕を両手で抑え込む形で、肩と肘の関節を固める。一教という技だ。しっかりと固めた曽根崎の体は動こうとすれば激痛が走る。


「早く!警察を呼んで!」


 僕が大声で二人に呼びかけると、竜五がようやくハッとしたように動き出した。


「ま、任せときや!」


 そういうと竜五は警察に電話してくれた。里実はさっきの驚きで声も出せないようだった。


「これで、僕の夢の生活も終わりか」


 僕の下で体を押さえつけられながら、曽根崎はそんなことを言った。


「あんたがどんな生き方をしてきたのかは知らないし興味もないが、こんなところに閉じこもって過ごそうなんて都合のいい話、押し通せるわけがなかったんだよ。いつかは破綻が訪れるにきまってる。それがわからなかったあんたは、子供だったんだよ」


 僕がそう言うと、曽根崎は笑った。


「そうだ!僕は子供だもん!しょうがないじゃないか!」


 そこから曽根崎は警察が駆けつけるまでわめき散らした。僕は結構な強さで押さえつけなければならなかったので腕が痺れていた。


「そういえば、悠の言ってた協力者って、どうなったん?」


 竜五は警察が来て曽根崎が確保された後、竜五はそう僕に訪ねて来た。


 探してみると確かにいつのまにか鶉野先輩は秘密の部屋から姿を消していた。


「いなくなったみたい」

 僕が笑ってそう言うと、竜五は不思議そうな顔をして「そうなんか?」とだけ言った。


 行方不明になっていた生徒は全員警察に保護され、釘塚高校の神隠し事件は、あっけなく幕を閉じることとなった。


 保護された生徒はしばらく入院することになった。里実もショックが大きかったのでしばらく学校を休むことになった。


 竜五はと言うと「ついでやし」ということでズル休み。ちゃっかりしたやつだ。

 

 結局のところ七不思議より怖いもの、それは人間だった。そんな……つまらなく、どうしようもないオチがついてしまったことになるのかな。


 でも、神隠し事件が解決して、本当によかった。

 僕はそう一人胸を撫でおろした。

このジャンルにしては頑張っている方……なのか……?

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