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美女先輩と神隠し  作者: ロジカル和菓子
2章 ベートーベン
12/33

怖いもの見たさ③

 翌日の放課後。


 懲りずに図書館にきていた僕は、鶉野先輩がきりのいいところまで小説を読み終わるのを待っていた。


 僕が図書館に入ると、すでに先輩は本の中の世界に没頭していて、僕が入ったことに気づいていない様子だった。黙って先輩がいつ気づくかなと目の前の席に座って本を読む先輩の顔を眺めていた。


 30分ぐらいたって、ようやく本を読み終えたらしい先輩は大きく息を吐いて顔を上げた。


「あら、クズ森くん。いたの」


 開口一番、もはや悪口でしかない名前の言い間違いをされた。


「鷺森ですよ。ったく。わかって言ってますよね?」


 僕が悲し気に言うと先輩はクスクス笑った。笑うとできるえくぼに吸い込まれそうになる。この顔を見てしまうと僕は何もかも許してしまうみたいだ。


「それで?今度はどんな事件に首を突っ込んできたのかしら?」


 先輩は本を閉じて僕の話に耳をすませた。


「実は―ってことがあったんですよ。一体誰があんないたずらをしたんでしょうね」


 僕がそうベートーベン事件の話をすると先輩は笑った。大きく笑った。


 思えば先輩は僕の話にいつも笑って返事をしている気がする。


「あなた、それ。本気で言ってる?今、私が聞いた限りで、犯行が可能な人物が登場したと思うのだけれど。私の気のせい……ではないわよね?」


 僕は誰のことを言ってるのかわからずに首をかしげた。


「今ですか?」


「さっぱりと言う顔ね。なら教えてあげるわ。あなたたちが学校に入れたのは何のおかげ?」


「竜五の鍵……ですかね?」


「そうよ。そしてその鍵はどうやって作ったって言っていたの?」


「竜五の友達の機械部の駒野って人が……」


「それよ!」


 鶉野先輩は犯人を指名する探偵ばりに僕をはっきりと指差した。


「その鍵を作れた人間と、その鍵を持っていた人間は夜に学校に入れたわけよね」


「確かに……そうなりますね」


「なら、可能性としてはいたずらの種類を考えても、その機械部の子が怪しいでしょ。機械部に当たってみたらどうかしら?」


 言われてみればそれは最もだった。先輩に言われた通り、僕はその後、竜五に頼んで機械部の部室を訪れることになった。


      *


「確かに、悠の言う通りやな」


 竜五は、僕が先輩に言われたことを話すとそう同意した。竜五と里実には先輩のことは話していない。図書館でのあの時間を誰にも話したくなかったからだ。


「それ、本当に悠が思いついたの?」


 里実は首をかしげながらそう言った。確かにそれを思いつけるなら学校に忍び込んだ時に思いついてもおかしくはなかったはずだ。


「そ、そうだよ」


 なんとなく誤魔化すと、二人もそれ以上追求してくることはなかった。

 

      *


 僕たちは竜五の案内で機械部の部室を訪れた。


 機械部の部室は部室棟の端っこに存在している。部室棟というのは校舎とは別に建てられた部活動のための建物である。一般の高校でもあるところはあるかもしれないが、この学校の部室棟はとても豪華な作りだった。


 大きく機械部と書かれた看板が部室の扉の隣に立てかけてあった。


「これがそうや。んじゃ入るで」


 竜五は言い終わるや否や、一応のノックだけをして返事も待たずに部室の中へと入っていった。僕と里実はあっけに取られながらもそれに続いて中に入っていった。


「おーっす。邪魔するでー!」


 竜五はそう言いながら中に入ったが、3人の部員たちは誰も反応を返さずに黙々と作業を続けていた。


「悟~。こないだ作ってもろた鍵、ちゃんと使えたで」


 竜五はパソコンをいじっていた一人の部員の背中を叩きながら言った。背中を叩かれてようやく気がついた様子の彼は一呼吸遅れて返事をした。


「当たり前だろう。俺が作ったんだからな」


 竜五の紹介で、彼が機械部部長の駒野悟ということがわかった。


「それで竜五よ。一体なんの用だ?まさか鍵の報告だけをしに来たわけではあるまい」


 駒野は作業を邪魔されたのが気に食わなかったのか機嫌が悪そうだった。しかし、竜五は一切そんなことを気にする様子はない。


「そうやったそうやった。ほな、悠。言ったってくれや」


 竜五はそう会話の舵を僕に向かって放り投げた。


「わかったよ。それじゃあ、単刀直入に言うよ。音楽室のベートーベンの目を光らせたのって、君たちだったりしない?」


 僕は何も証拠がないからしらばっくれられると困るなと考えながらそう言った。しかし、それは無用の心配だったようだった。


「ああ。その通りだが?」


 なんの悪びれもなく駒野はそう返事をした。


「え?そんなに簡単に認めちゃうん?」


 あまりのあっけなさに僕は呆然としてしまった。


「別に隠す必要がないだけだが?」


 と駒野は言うと僕たち3人を見渡した。


「見に行ったのは君たち3人か?」


「そうやけど」


「なら、僕たちは逆に君たちに聞くべきことがある」


 駒野はそう言うと再び真面目な顔で僕たち3人を眺めた。いつのまにか他の部員もこちらの話に聞き入っているようだった。


 僕たちは一体何を聞かれるのかと息を飲んだが、帰って来たのは意外な言葉だった。


「どうだったか?怖かったか?ちゃんと光はついたか?」


「え?」


「え?ではない感想を聞いてるんだ。ちゃんと光はついたんだろう?なら感想を聞かせろと行っているんだ」


 駒野は偉そうに言った。僕たちがあまりに唖然としているので、駒野はちゃんと説明をしてくれた。


「ふむ。ちゃんと紹介してやらんとわからんか。あれはわが機械部の最高傑作でな。部長の私が設計、立案し、主に暗闇での人の動きを感知するセンサーを担当した。そしてそこの神宮寺が」


 駒野がそこまで言って指差した先にいた男子がタイミングよく自己紹介した。


「明るさの感度を感知するセンサーを担当した神宮寺康太っす。一年です」


 神宮寺は小太りで髪は短く、意外と爽やかな男子だった。


「で、こっちのが江藤雅史。俺と同じ2年。担当は投影機だ」


「うっす」


 駒野が紹介した江藤は細身の体に長い髪で口数の少ない男子だった。


「投影機なんか使ってたっけ?」


 僕が尋ねると、駒野はしまったというような顔をした。が、しばらく考えると一人で頷いて説明してくれた。


「実はあのベートーベンはアップデート予定があってね。それに向けて彼には取り組んでもらってると言うわけさ」


 僕は正直それ以降の話については興味がなかったので、他の七不思議について知っているかどうかを聞くことにした。


「そ、そうなんだ。それは楽しみにしておくよ。それでなんだけど。ベートーベンの光る目って、七不思議の一つに数えられてるみたいなんだけど、他の七不思議について知らないかな?」


「七不思議?知らん」


 駒野の返答はそれだけだった。


「それで?あのベートーベンはどうだった?怖かったか?ちゃんと光ったのか?」


 以降、このようにベートーベンの感想を求めてくる駒野に適当に返答をした後、僕たちは機械部の部室を離れた。どうやら機械部は相当な変人の集まりらしい。


 それから部室の外に出て、僕たち3人は今後の方針について決めかねていた。


「結局収穫はゼロかぁ」


「そうやなぁ。二つも七不思議を解き明かしたって言うのに、神隠しのヒントは未だゼロや」


「そうねぇ・・・」


「そうや、なんか腹減ったし、食堂行かへんか?」


 竜五は突然言うと僕たちを食堂に連れていった。釘塚高校の食堂は6時まで空いているので小腹が空いた生徒が立ち寄ることも多いのだ。


 まだ生徒はちらほらと見かけられる中、竜五は迷わずに注文をしに受付に歩いていった。


「おばちゃん!ポテト3つ頼むわ!」


 竜五は僕たちの分まで勝手に頼むと、3人分のお金を払った。


「はいよ。んじゃちょっと待っててね」


 食堂のおばちゃんは注文を受けると、冷凍のポテトを冷凍庫から出してフライの準備をし始めた。


「そういや、おばちゃんってずっとここで働いてんの?」


 竜五はおばちゃんに話しかけた。


「ん?そうだけど。どうかしたんかい?」


「いやさ。ずっとここにいるんなら、学校の七不思議ってやつ知らへんか?」


 竜五のとっさの機転でおばちゃんに話を聞いてみたのは正解だったことがのちにわかっていくことになるとはこの時は知りもしなかった。


「七不思議?あんたらも神隠しってのを追ってる口かい?ならやめときな」


「お、おばちゃんなんか知っとんかい」


 竜五は嬉々として返事をした。


「知ってるってこたぁないけどね、あんたらみたいに七不思議を調べてる子なら何人かいたよ」


 おばちゃんは着々とポテトフライの準備を進めながら返事をした。


「それ!それについて教えてぇや」


「あんたらまで行方不明にならないでおくれよ。私のせいになっちまう」


「そんなことにはならへんから!大丈夫!」


 竜五は持ち前の明るさで返事をした。竜五が言うと誰でもなんでも頷いてしまいそうになる不思議な雰囲気がある。


「はぁ。仕方ないねぇ。最近七不思議を調べてたのは、2年の三間坂さんかね。オカルト研究部とかいうへんちくりんな部活に入ってる子でね。熱心に七不思議を調べてたよ。でも最近はめっきり見かけなくなっちまった」


「オカルト研究部?」


「ああ。そうさ。いつも二人でよく食堂に来てたんだけど、最近は三間坂さんの方はてんで見やしない」


「そのもう片方の方は名前なんて言うんか知らへんか?おばちゃん!」


 竜五は食堂のカウンターに身を乗り出して聞いた。


「え?その子は確か……西木戸って名前だったと思うけどね?」


「ありがと!おばちゃん!その子当たってみるわ!」


 竜五は嬉しそうに返事をしたが、おばちゃんはまだ何か話したそうにしていた。


「ちょっと、まだ話はあるよ。七不思議っていうのかは知らないけどね。食堂でも不思議なことが起こってるんよ」


「不思議なことて?」


 竜五は先の興奮を一旦落ち着かせてからそう聞いた。


「冷蔵庫に入ってる食料が度々なくなるんよ」


「えぇ!?それって窃盗ちゃうんか?」


「そうなのよ。でもおかしなことに、監視カメラの映像を調べてもらっても異常はなかったみたいなのよ」


「ほー!それはまた不思議なやっちゃな」


「そうでしょ?あんたたち、七不思議について調査するつもりなら、ついでにこのことも調査しといておくれよ」


 おばちゃんにそう頼まれた竜五は「任しとき!」と元気に返事をすると、おばちゃんがあげてくれたホカホカのポテトフライを受け取った。


 そしてそのポテトフライを僕と里実に渡すと、ほないこかと言って歩き出した。


「あ、ありがと。っておい!竜五!どこいくんだよ」


「そんなん決まってるやろ。オカルト研究部や!」


 スタスタと歩いていく竜五にあっけにとられている里実と目を合わせると、小走りで僕たちは竜五を追って行った。ポテトフライをさっさと食べ終えると、竜五に続いて部室棟に再び僕たちは歩き出した。


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