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同じ日の同じ時間に同じ村で生まれた幼馴染みとの差がありすぎる。

作者: 森田ラッシー

必殺思いつき。

100年に一度級の大嵐が襲ってきたその日、俺はごくごく平凡な農家の長男として生まれた。待望の跡取りの誕生に、両親以上に祖父母は喜んでいたそうだ。

で、その日、俺がこの世に産み落とされたその日、同じ村にもう一人生まれた者がいた。それが隣の家のヘルガ・マーガレット。マーガレット家の初めての子どもで長女である。

そのヘルガ・マーガレットだが、幼い頃から蝶よ花よと周囲の大人達から可愛がられ、その明るい性格で同性異性問わず人気があり、友達の数も多かった。

対して俺は、父方の家系のせいなのか生まれつき目付きが悪く、そのせいで怖がられてしまい、友達が少なかった。


5才になった子どもは、教会に行って読み書きと計算を教えられるのだが、ヘルガはそこでも凄かった。母国語の読み書きは勿論、外国語から古代語までマスターしてしまったのだ。更には計算に関しても同年代の子どもを遥かに凌駕する理解力を示し、教会で授業を行っている司祭様も「100年に一人の逸材だ!」と褒め称えた。

ちなみに俺の成績は中の上、いや中の下といったところで、いまいちふるわなかった。


教会の行き帰りは家が隣同士な事もあり、俺とヘルガはいつも一緒だった。

ヘルガはいつも無邪気に話しかけてくれていたが、俺は俺で同じ日に生まれたのにここまで頭の出来が違うヘルガに対して嫉妬心を抱いていた。

やり場のないイライラを、俺は直接ヘルガにぶつけていた。教会からの帰り、道端で拾った蛇や蛙を見せてヘルガを驚かせたり、拾った木の実をヘルガに投げてみたり、しょうもないイタズラばかりしていた。

時にはヘルガが泣き出してしまう事もあったが、それでもお構いなしにヘルガの目の前でミミズをブラブラさせたりしていた。それでも次の日にはケロッとしてまた話しかけてくるものだから、俺はまたイライラしてイタズラをしていた。


それから数年、教会での勉強と家の畑仕事を手伝いながら、俺たちは11才になった。

11才になった年の冬、子ども達は教会で神様から“加護ギフト”を授かる。

加護ギフト”とは、この世界を作った神様が人に与えて下さる“力”である。

例えば“戦士の加護”を受けた物は、文字通り戦いにおいて力を発揮する事ができ、“博学の加護”を受けた物は頭がよくなる。“炎の加護”を受ければ炎を操れるし、“飛行の加護”を受ければ空を自由自在に飛ぶことができる。あまりパッとしない“加護”も中にはあるが、どの“加護”も神様から授けられた神聖なものである。

同い年の俺とヘルガも“加護”を授かる為に、冬の少し暖かい日、家族と一緒に教会に来ていた。

最初はヘルガからで、司祭様に呼ばれて祭壇の前に立つ。司祭様が祝詞を唱えると、祭壇に描かれた円陣がパァーッと光を放ち、やがてヘルガを包み込んだ。光に包まれるヘルガは悔しいことにとても綺麗で、俺は柄にもなく見とれていた。

ヘルガを包んでいた光が消えると、今度は司祭様の持っている本が光り始めた。司祭様は“鑑定の加護”を持っており、この本にどんな“加護”を受けたのか記されるそうだ。

本から光が消え、司祭様がそこに書かれたヘルガの“加護”を確認する。

「おお!おおー?おおお!?」

司祭様が奇声を発していると、ヘルガの父親が「司祭様、早く教えてくれ!」と催促した。

「お、おお、おお、すまぬ」と正気に戻った司祭様が、改めて咳払いをして告げた。

「ヘルガ・マーガレットの“加護”は“聖女”である!」

司祭様の声高らかな宣告に、ヘルガの家族は驚嘆を隠しきれない表情で固まり、俺の家族までもが目玉が飛び出るかと思うくらい凄い顔になった。

“聖女”とはそれこそ100年に一度現れるか現れないかの稀有な“加護”で、傷を癒す魔法や邪悪な魔物を浄化する魔法が使えるようになる“加護”だ。

貴重な“加護”の持ち主の誕生に、司祭様、ヘルガの家族、俺の家族は沸き立っていた。

当のヘルガ本人はというと、キョトンと佇んでいた。そんな彼女と目が合うと、彼女は「えへへ」と笑ったのだった。

で、俺はいつ“加護”を受けられるわけ?


結局その日、俺は“加護”を受ける事ができなかった。興奮した司祭様がぶっ倒れたり、乗り込んできた村長が祝いの宴を催すとかなんとかで、それどころではなくなったからだ。

それから、村長が領主様に伝令を出して、領主様が王様に伝令を出して、ヘルガが“聖女の加護”を受けたことは国中に広まった。

お城から使いが来て、ヘルガとその家族は都へと引っ越すことになった。ヘルガはこれから、都の大教会で立派な“聖女”になる為の修練をする事になるそうだ。

別れの前の日の晩、村を挙げての宴が開かれた。お酒の飲めないヘルガは、主役のクセに隅に座り込んで一人ちびちびと葡萄ジュースを飲んでいた。見かねた俺はつい声をかけてしまった。

「あっちに行っても元気でな」

ヘルガからの返事はない。くそ、恥ずかしすぎる。居たたまれなくなった俺は、その場を離れようとした。すると、ヘルガが俺の服の裾を掴んだ。

「な、なんだよ。どうしたんだよ」

やはりヘルガからの返事はない。服の裾を掴む力は強く、無理に引っ張ると服が破けそうだった。観念した俺はヘルガの隣に座ることにした。

そうして宴がお開きになるまで、何も言葉を交わす事なく2人で座っていた。


ヘルガが旅立つ時、お守りにと小さな木彫りの女神像を渡した。昨日の宴の後、徹夜で作った物だ。

お守りを渡した時、ヘルガはいつものウザったい笑顔で微笑んでくれた。その顔を見て、妙に安心する俺。そして、俺の様子を見ながらニヤニヤしている両親。また柄にもないことをしてしまったと、頭を抱え込みたかったが、空気を読んでヘルガに手を振って見送った。


ヘルガたち家族が引っ越してから数日後、ようやく俺にも“加護”を受ける日がやって来た。本当にようやくである。

教会の祭壇で、ヘルガの時と同じように光に包まれる俺。身体を包む光りがはれた後、司祭様の持つ本が光って俺の“加護”が刻まれる。

「おお?おおー?おおお!?」

ヘルガの時のように、司祭様が奇声を発している。「司祭様、早く教えてくれ!」と父親が催促する。

「お、おお。そうじゃな。そうじゃ、いや、しかしこれは…」

催促されたにも関わらず、司祭様は何やら俺の“加護”を口に出すのを渋っている様子だった。

「いいから教えてくれよ司祭様!」としびれを切らした父親が司祭様の本を覗きこんだ。

「お?おおー?おおお!?」

父親が司祭様同様に奇声をあげた。

なんだ、どうなっているんだ。まさか呪われた“加護”とか、とんでもなく役に立たない“加護”でも受けたのだろうか。

気になった俺は自分で確かめるべく、祭壇を下りて司祭様の本を覗きに行った。

司祭様の本には何も書かれていなかった。

本は白紙のままだった。

「何も…書いてない?」

俺がようやく絞り出した声は、今にも消え入りそうな情けないものだった。

「おお、そうじゃ。これは“加護”がないということ、すなわち“無加護ノーギフト”。100年に一人いるかいないかの稀有な事例じゃ」

司祭様の言葉に俺は膝を折って座り込んだ。

ヘルガが100年に一人の“聖女”で、俺は100年に一人の“無加護”だなんて、いくらなんでも差が大きすぎやしませんか神様?


“無加護”の俺は瞬く間に国中に知られる事となり、珍しい“無加護”の少年を一目見ようと、村には暇をもて余した貴族が来るようになった。

俺はといえば“無加護”を授かった(何も授かってない!)その日から、今までの目付きの悪さが更に増長されたらしく、遂には家族以外誰一人として話しかける者がいなくなってしまった。

見物に来る貴族も、遠く離れた所から俺の農作業を観察しているようだ。

貴族達の好奇の目に晒されるのにも慣れた頃、一人の貴族がうちを訪ねてきた。名をピエール・サンジェルマン伯爵という。なんだか胡散臭い貴族だった。

彼は、珍しい“無加護”の俺を『対魔法傭兵部隊』にスカウトする為に来たそうだ。

『対魔法傭兵部隊』とは、“加護”によって魔法が使えるようになった者達を相手に戦う命知らずの傭兵部隊の事である。要は、役に立たない“加護”を授かった者達の寄せ集めである。

話によると、この部隊は彼が設立し、隣国との衝突の際や、魔獣討伐の為に度々派遣されている部隊らしく、国王から破格の賃金が支払われるとの事だった。

両親、祖父母は反対したが、俺は乗り気だった。半ばヤケになっていた部分もあったが、このままこの村で“無加護”のまま生涯を終えるつもりはなかった。

俺は、いつか必ず村に戻り跡を継ぐ事を家族と約束し、サンジェルマン伯爵と共に都に旅だった。

そういえば、都にはヘルガもいるんだっけ。


都に着くなり俺は『対魔法傭兵部隊』の面々と顔合わせをして、早速修練に励むことになった。

剣術、槍術、弓術、馬術といった基本的な訓練を続けた。初日は途中で吐いて気絶したが、徐々に慣れていき、半年立つ頃にはなんとか一通りの訓練をこなせるようになっていた。

初めての任務は、都の近くに出没したという魔物の討伐だった。先輩達と一緒に出撃して、何頭もの犬の姿をした魔物を相手にした。俺が倒したのは1頭だけだったが。

それからも少しずつ任務を重ねた。敵対する隣国の部隊と衝突することもあったが、なんとか生き延びることができた。初めて人を殺した日の夜は、全く眠れなかった。

魔法を使う敵国兵士との戦いでは、“炎の加護”を持つ敵の攻撃をもろに受けてしまった。その時は、不思議な事に火傷の跡1つなく生還できた。

“氷の加護”を持つ敵との戦いでは、仲間達が全員氷漬けにされ、俺一人で戦うはめになった。敵の凍結魔法をもろに受けたかと思ったが、運よく狙いが外れたらしく、敵を倒すことができた。

初めての大手柄は仲間達全員が祝ってくれた。サンジェルマン伯爵からも特別報酬として、勲章が与えられた。生まれて初めて、誰かに認められ、誉められた。

俺の都での生活は充実していた。

この頃になると、俺も少し余裕が出てきて、非番の日に都の市場に出掛けるくらいの事はできるようになっていた。

そこで懐かしい人達と再会した。ヘルガの家族だ。今は一家で八百屋を営んでいるそうだ。ヘルガはずっと大教会にいるらしく、ほとんど帰ってこないそうだ。

俺は都に来ることになった経緯を説明し、自分が“無加護”だということも話した。

その時の俺は少し浮かれていたんだと思う。

俺が“無加護”だという事を話した時、ヘルガの両親は俺から目をそらしながら「そ、そうか。君も大変だな」と言った。その態度に、なんとなく既視感を覚えた。

ああ、村の連中と同じ反応だ。なんのことはない、珍しい奴を見るような、哀れむような、嫌がるようなそんな目だ。

「それでは」と言って、俺はその場から走り去った。かっこ悪い。

村にいた頃よりも少しはマシになったかと思ったが、俺は結局俺のままだった。


やがて5年の歳月が流れた。

16才になった俺は、相変わらず『対魔法傭兵部隊』で任務をこなしていた。

ここ最近、都では“聖女”様の話で持ちきりだった。大教会での修練を終えた“聖女”様が、病気になった人や傷を負った兵士を魔法で癒したり、魔物を浄化したりしているというのだ。

事実、魔物退治の任務が今までよりも少なくなっているのは確かだった。俺たち以外の誰かが、魔物を退治しているのは間違いない。

そして噂の“聖女”様がヘルガなのは、間違いない。


俺達の任務の比率が、魔物退治から少しずつ隣国兵士の討伐に傾いてきた。

元々隣国との関係は良好とは言えず、“聖女”を手に入れた事で尚更キツく睨まれるようになったとか。

俺が都に来て5年の間に更に関係は悪化の一途を辿り、もうすぐ開戦との噂も流れていた。

俺達『対魔法傭兵部隊』も、国境を越えてくる隣国の兵士と戦ったり、国境付近の村を襲う奴等を討伐したりと、小競り合いに駆り出されることが増えてきた。

隣国には『魔法騎士部隊』があるらしく、俺達『対魔法傭兵部隊』も元はその部隊にぶつける為に組織されたらしかった。

ある日、サンジェルマン伯爵直々に任務が下された。

それは隣国のスパイ討伐任務だった。

サンジェルマン伯爵によると、貴族の中に隣国と通じている者がいて、軍の情報を流しているのだそうだ。

俺達は早速、その貴族の乗っているという馬車を待ち伏せた。

まず仲間の一人が馬車の前で行き倒れを演じて馬車を止める。そうきたら潜んでいた俺達で一気にカタをつける。至ってシンプルな計画だ。

ほら、早速演技派の仲間が倒れた。

予定通り馬車が止まった。さあ行くぞと見構えた瞬間、馬車の扉が開いて誰かが降りてきた。

そいつは倒れている仲間の所へ行き、治癒魔法をかけているらしかった。

俺の中で嫌な予感がした。

先輩が飛び出して、治癒魔法を使っている奴に斬りかかった。

考えるよりも先に体が動いていた。

「お前っ!?何やってるんだ!!」

俺は自分の剣で先輩の剣を受け止めていた。先輩が狼狽えるのも無理はない。さっきまで隣にいた奴が、任務の妨害をしているんだから。

でも、それより何より俺は、確かめたかった。

先輩の剣を受け流した俺は、後ろにいた治癒魔法の使い手を担ぎ上げた。一瞬、「きやっ、何をするんですか!」と言う声が聞こえたが、無視する事にした。

そのまま俺は森の中に逃げ込んだ。担いでいる奴が終始「待ってください!あの人を治癒しなければ!」と五月蝿かった。


森の奥、小さな滝と泉のある開けた場所で、俺は担いでいた奴を下ろした。

ゴロンと転がったそいつは、しばらくうつ伏せでジッとしていたが、俺が剣の鞘で脇原をつつくと「きゃっ」と言って起き上がった。

「助けていただいた事には感謝します!しかし今の私には貴方にお返しする術がありません。つきましては一度大教会に戻ってから、然るべき謝礼を…」

起き上がったその女は、身体を守るように肩を抱きながら、早口でまくし立てた。が、俺の顔を見てピタリと止まってしまった。

俺もまた、女の顔を見て予感を確信へと変えていた。昔より髪は長く、顔立ちもいっそう美しくなっている。俺の目の前にいるのは間違いなく“聖女”ヘルガ・マーガレットだった。

「久しぶりだな。」

さすがにスカしすぎか。なんて思いながら、目の前の“聖女”様に声を掛けるが、まだ固まったままだ。うーん、これはもしかして、俺の事なんて覚えてない?

「あー、すまない。なんでもないんだ。覚えてなくても仕方ない。あーいや、違う。知り合いに、知り合いに似てたから」

そこまで言って、今度は俺がピタリと止まる番だった。

何を思ったのかこの“聖女”様、突然俺に抱きついて大泣きし始めやがった。

びえーんと小さい子どものように泣くヘルガが、妙に落ち着いて、妙に懐かしくて、あとやっぱりちょっと五月蝿くてウザったらしくなったので、とりあえず思いっきりデコピンをお見舞いした。


「なんで。有り得ない、この男。デコピンとか、有り得ない。」

額を抑えてうずくまる“聖女”様の姿は、なんとも間抜けだった。俺への恨み節も、聞こえるようにわざと大きめの声で言っているようだった。

「とりあえず状況を整理しよう」

そう言って声を掛けた俺に、“聖女”様は振り抜き様にデコピンしてきやがった。マジで痛い。

再会の挨拶など無く、俺達は淡々と今の状況を話し合った。

俺達が請け負った任務の事。

あの馬車は元々大教会の物で、ヘルガは俺達が狙うはずだった貴族の所で治癒魔法による領民の治療をした帰りだった事。

どうやら俺達は騙されていたらしい。

一体誰に?

決まっている。信じたくは無いが、この答えしか思い浮かばない。それはー。

「やっと見つけたぜー!」

俺の思考をかき消すかのように、先輩の声が森中に響き渡った。

くそ、思ったより見つかるのが早い。さすがは先輩!

「さあて、説明してもらおうか。どういうこった?ああん?」

いかん、これはまずい。先輩、かなりキレてる。この状態で何を言っても、ろくに信じて貰えない。

「先輩…」ごくりと唾を飲み込む俺。背後でヘルガが震えているのが分かる。

「ええーい!どうにでもなれー!先輩、実は…!!!」

意を決して俺は話した。彼女の事、俺達がはめられたかもしれない事を。

先輩は信じてくれた。

「お前が言うことだ。嘘とは思えねえ。それに、その嬢ちゃんが何よりの証拠だ。馬車から飛び出して行き倒れを治癒しようとしていた。そんな人に、悪い奴はいねえ」

ガッハッハッと豪快に笑う先輩。

安堵して息を漏らす俺。後ろのヘルガも、力が抜けたのか座り込んでしまった。

と、先輩がいきなり剣を抜いて振り返った。

バチィッという凄まじい音と共に、先輩が一瞬で黒焦げになり、その場に倒れた。

「せ、先輩!?」

何が起こったのか分からず、辺りをキョロキョロと見回す俺。ヘルガは震えながら倒れた先輩の近くに行き、治癒魔法をかけている。黒く焼けた肌が少しずつ本来の色を取り戻していく。

「おやおや、いけないねえ任務放棄とは」

滝の上に誰かが立っている。

「おかげで、計画が狂ってしまったじゃないか」

その男は俺のよく知っている奴だった。

俺達をはめた存在。信じたくなかったその可能性。

最悪だ。

「仕方がないので、私の“雷の加護”を持って、“聖女”様には死んでいただきましょう」

掌にパチパチと電流を光らせながら、サンジェルマン伯爵は舌舐めずりをした。

ヘルガを庇うように立ち、剣を構える俺。

額からは嫌な汗がダラダラと流れていた。

「うっ、坊主…嬢ちゃんを連れて逃げろ」

傍らから突然話しかけられた。声の主は倒れている先輩だった。ヘルガの治癒魔法のおかけで、黒焦げだった肌はすっかり元に戻っていた。

「嬢ちゃんには悪いが、どのみち俺は助からねえ。なら、ここは俺が引き受けるから、お前達は逃げるんだ」

「な、なに言ってるんだよ!先輩も一緒に逃げるんでしょ!?」

先輩の言葉に、俺は取り乱す。

「今のお前にあの人の相手は無理だ。戦う覚悟がなっちゃいねぇ。そんなざまで戦って勝てるほど、甘い相手でもねぇ」

分かるよな?と先輩は優しく諭すように俺に言った。

分かっているけど、だけど、先輩を見捨てるような事は…。

「合図を出したら森へ走り込め。いいな?」

俺の心が決まらぬ内に、先輩は立ち上がり、サンジェルマン伯爵に対峙した。

「おやおや、まだ息がありましたか。それとも、“聖女”様のお力でしょうか?」

「伯爵様よぉ。俺の“加護”は知ってるよなぁ?“怪力”だ。この力のおかけでガキの頃は随分苦労した。でも、あんたのおかげで、それなりに人の役に立てた。感謝してる」

そう言って先輩は、伯爵に頭を下げた。

「でもよぉ、今のあんたは気に入らねぇ。ガキ二人を殺そうとしてるあんたは、俺の知ってるあんたじゃねぇ。だからよぉ」

先輩が両腕を振り上げた。

「お前らぁっ!行けぇっっっ!!!」

先輩が振り上げた両腕を地面に叩きつけるのと同時に、俺とヘルガは森へと駆け出した。

物凄い地響きと共に何かが崩れる音がした。俺もヘルガも振り向くこと無く、森を駆け抜けた。


二人で森の中を逃げ回ること数日。

身を隠せそうな洞穴を見つけたと思ったら奥に熊がいて追いかけられたり、大木の下で雨宿りをしていたら同じく雨宿りをしに来た獣に追いかけられたり、それはもう散々だった。

ヘルガが時折見せる笑顔だけが、俺にとっての唯一の救いだった。

いやいやいや、あり得ないって、なんで昔いじめてた相手を意識してるんだよ俺は。

お前も何「貴方が一緒にいてくれてよかったわ」なんて言ってるんだよ。

そんなこんなで森をさ迷っていた俺達の前に、突然怪しげな集団が現れた。

「俺達は見ての通り山賊だぁっ!」

「そこの女は俺達がいただく!」

「男は殺して首だけもって帰る」

「たんまり賞金がでるからなあ!」

「お前、余計なこと言うなよ」

「しまった!」

「ははは、バーカバーカ!」

なんだコイツら、緊張感のない。

隙を見て斬りかかろうと剣を抜こうとする俺を、ヘルガが手をかざして止める。

「私に任せて」

そう言ってヘルガは山賊連中に掌を向けた。次の瞬間、ピカーッと山賊どもが光に包まれ、あっという間に連中は倒れて気絶してしまった。

「何をしたんだ?」

「治癒魔法の応用。体に負荷をかけて気絶させたの」

俺の質問になんでもないように答える“聖女”様。こんな事ができるんなら、俺なんて別に要らねぇじゃねぇか。

「でもこれ、かなり体力を消耗するから、さっきみたいな大人数相手に使わないと勿体無くて」

そう言ってヘルガも気を失った。

ヘルガが倒れ込む前に、なんとか抱えることに成功した俺は、そのままヘルガを抱えてその場から離れた。

やれやれ、これは確かに誰かが一緒にいないと大変だそうだ。


これ以降も、賞金稼ぎを名乗る怪しげな連中が俺達の前に度々現れた。

毎回ヘルガの魔法に頼るわけにもいかないので、俺も前に出て戦った。

中には“火の加護”を持つ強そうな奴もいたが、運が良かったのか無傷で退けることができた。

ヘルガが「私の治癒魔法の見せ場がない」とか言っていたが、無視を決め込んだ。


逃亡生活の中、時には喧嘩もした。

ついつい昔の事を思い出して、感情的になる事もあった。

「俺はお前の事が嫌いだったんだよ!」なんて言ってしまった時には、ヘルガの顔から表情が完全に消え去っていた。機嫌を戻すのにかなり時間がかかった。

その時は「今はどう思ってるの?」とヘルガが聞いてくるもんだから、「どちらかと言えば好きな方」などと、またまた柄にも無いことを言って後悔している。


そして、俺達は都に戻ってきた。

コソコソと人目につかないように隠密に徹し、大教会に向かった。

そこで俺達は、大司祭様に俺達の見聞きした事を話した。

大司祭様はヘルガの熱弁もあって、俺の事を信じてくれた。

どうやら今の俺は“聖女”様暗殺の犯人にされているらしい。ヘルガに至っては殺された事になっている。

おかげでヘルガを見たときの大司祭様は、まるで幽霊でも見たように絶叫して大変だった。


俺の無実とヘルガの無事を伝える為、大司祭様の手引きで俺達はお城に入り、国王様に直談判することにした。

大きな木箱の中に身を隠し、大司祭様と一緒に国王謁見の間までやって来た俺とヘルガ。

こんな形で国王様と対面するなんて思ってもみなかった。

大司祭様の合図で木箱から顔を出した瞬間、閃光が眼前から迫ってきた。

それはドォン!と激しい音を謁見の間に響かせ、次の瞬間、木箱が燃え始めた。

国王様、大司祭様、謁見の間の衛兵の誰もが、何が起きたのかまるで理解できないという顔をしていた。

「申し訳ありません国王陛下。その木箱の中に“聖女”様暗殺の犯人が潜んでいると、私の部下が“気配察知の加護”で知り得たもので」

コツコツと靴音を鳴らしながら姿を現したのは、まぎれもなくこの一件の黒幕ピエール・サンジェルマン伯爵。

掌に電流を走らせながら、得意気な笑みを浮かべている。

「さて、まさか大司祭殿が賊の手引きをするとは。信じたくはありませんが国王陛下、彼もこの場で断罪した方がよろしいかと」

「お、お主は何を言っておるのじゃ!?」

サンジェルマン伯爵の言葉に狼狽える大司祭様。いけない!このままでは本当に大司祭様までもが殺されてしまう!

ちなみに俺達はヘルガの魔法で、燃え盛る木箱の中でも無事でいられるのだ。

「衛兵諸君!その老人を取り押さえろ!」

サンジェルマン伯爵の命で、衛兵達が大司祭様かを取り囲もうとした時、俺は燃え盛る木箱からヘルガを抱えて飛び出した。

「ちょっと待ったー!!」

着地に失敗した俺は顔面から床に突っ込んだ。

「国王陛下!“聖女”ヘルガは生きています!俺は彼女と共に、あの男、ピエール・サンジェルマンから逃げていたのです!全ては奴の企みなのです!」

やった!言ってやった!

しかし、鼻血が流れているせいで全然格好が付いていない。

ヘルガが鼻に治癒をかけてくれながら、だめ押しの一言を告げた。

「この人の言っている事は本当です!どうか信じてください国王陛下!」

「ぬー!なんと!どういうことなのだサンジェルマン伯!?」

国王がサンジェルマンに鋭い視線を向けた。

だけどサンジェルマンは、それがどうしたと言わんばかりに、大きな欠伸をして、俺とヘルガに掌を向けた。

「ほーらね、やっぱり計画が狂ってしまった。仕方がないので、仕方がないので、君らはここで始末しよう」

サンジェルマンの掌から激しい電流がほとばしる。やがてその電流は束となり、俺とヘルガに向かってきた。

ヘルガだけは守らなくては!

ただその一心で、ヘルガを抱き抱えて背中で雷を受け止める。

「俺のヘルガを…死なせねぇ…」

何かとんでもないことを口走った気がする。


辺りを包んでいた煙が晴れていく。

どうやら雷はおさまったようだ。

あれだけの電流を浴びたのだ。おそらく俺は助かるまい。今こうして意識があるのも、ヘルガにお別れを言う最期の時間を、神様がサービスしてくれたのだろう。

そんな事を考えていると、周りからザワザワざわとした声が聞こえてきた。

「バカな…無傷だと?」

は?無傷?誰が??

後ろを振り向くとサンジェルマンが驚嘆の表情を浮かべて「無傷…無傷だと…まさか」と、ブツブツ呟いている。

無傷?俺が?

立ち上がってみると確かに身体はなんともなかった。

ヘルガも俺を見て驚いた顔をしている。目の端には大粒の涙が溜まっていた。

「俺、生きてる?」

「…!」

ガシッとヘルガに抱きつかれた。

「よかった!よかった!」

涙と鼻水をこれでもかと流しながら、ヘルガが泣きはじめた。これはちょっと面倒くさい。

「はっはっはっは!なるほど“無加護”!そういうことか。これは予想以上の成果だ!」

いきなり笑いだしたサンジェルマン。ついにおかしくなったのだろうか。

「そうと分かれば長居は無用だな。また会おう、諸君!」

サンジェルマンの身体を光が包み込み、やがて彼はその場から姿を消した。

謁見の間にはヘルガの泣き声だけがこだましていた。

そろそろ泣き止んでくれよ。


それから異常に気付いた衛兵達が集まり、俺が捕縛されかけたが、国王様の鶴の一声でなんとか助かった。

身を隠していた『対魔法傭兵部隊』の面々も都に帰ってきて、国王の恩赦で“聖女”襲撃のお咎めは無しとなった。

ま、元々騙されてたわけだし当然だよな。

これからは正式に国王軍の一部隊として組み込まれるらしい。みんな自分達の実力が認められたって喜んでいた。これだけはサンジェルマン伯爵に感謝だな。先輩にも、喜ぶみんなの姿を見せたかった。


ヘルガは大教会に戻り、“聖女”様の仕事に戻った。

で、俺はというと。

「疲れた。眠い。もう限界…」

「“聖女”様、まだ今日の課題が終わってないですよ」

「…二人きりの時は、名前で呼んでって言ったよね?」

「はいはいヘルガ様、いいきからさっさと終わらせてくれよ。俺も休めねぇんだよ」

「なによそれー、あんたは立ってるだけじゃないの!」

「うるせー!ただ立ってるだけでも疲れるんだよ!バーカ!」

「なぁっ!あんたの方がバーカ!」

「うるせぇっ!バーカ!」

「バーカ!バーカ!」

「バーカ!バーカ!」

俺はというと、見ての通り“聖女”様の鞄持ちとして、暇な毎日を送っている。

国王様と大司祭様の計らいだそうだ。

それにしても鞄持ちはひどくないか?

「“聖女”様ー!鞄持ち殿ー!大変ですぞー!」

感傷に浸っていると、ドタバタと修行中の司祭がやって来た。どうでもいいが鞄持ちと呼ぶな。それは名前ではない。

「そんなに慌ててどうしたのですか?」

ヘルガが“聖女”の皮を被った。

「そ、それが、ついに隣国が宣戦布告をしてきたとかで!」

ついにきたか!

「あちらの国の“聖女”が、こちらの国の“聖女”様と国を賭けた戦いをしたいと!」

なんだそれ?

「なんですかそれ?」

思わず目を合わせる俺とヘルガ。

こうして見ると、やはり可愛らしい顔立ちをしている。悔しいことに。

で、ヘルガさん?なんだか妙に張り切ってないですかね?

「分かりました!受けてたちましょう!もちろん貴方も一緒に行くのよ?」

ほらきた!これだよ!

俺の方を向き、ヘルガがとびきりの笑顔で語りかけてきた。悔しいけど可愛い。なんだかんだ、この顔に弱いんだ俺。

「はいよ。どこまでもご一緒に、ヘルガ!」

「今は“聖女”様!」「いてぇっ!」

頭をどつかれた。


で、聖女同士の戦いに巻き込まれて、俺って生き残れるの?


ちなみに聖女大戦では聖女vs聖女による拳と拳の熱き闘いが繰り広げられたりられなかったり。

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