甘やかす人、甘やかされる人
「……大丈夫、だから」
「そう見えないから、聞いてんだけど」
パーソナルスペースなど存在しないかのような至近距離にいる彼が、苦笑いとも呆れ笑いとも判別出来ない声を上げる。
視線を逸らすことを許さないよう、頬に添えられた両手はまるで溶けてしまいそうなほどに熱い。
そんな些細なことですら、涙腺を緩ます原因になってしまいそうで、下唇を噛み締めて何とかやり過ごそうとする。
しかし、それくらい、彼にはお見通しだったのだろう。
親指がゆっくりと唇の輪郭をなぞって、それを咎めた。
「別に、どんな小さなことでも良いよ」
「……うん」
「愚痴る必要がない程度のことかもしれねぇし、言葉にするのも難しい小さなことかもしんないけどさ。それでも、それでも……何かヤダな程度のことでも頼って貰えるんだったら、それは、彼氏としては有難い話なんですけど」
「……う、ん」
「で、どうして欲しい?」
表情で、声色で、瞳で。
ありとあらゆるもので、愛しいと伝えてくる彼に、いよいよ抑えられるはずもなかった涙腺が決壊し、その背中へと腕を回すハメになってしまう。
本当に?引かない?なんて思いはするものの、緩んだ思考では、その甘ったるい誘惑に勝てるはずもない。
「一緒に、いて、ほしい、です」ようやく口から絞り出したどうしようもないワガママにすら、彼は優しい視線と頷き一つで了承してしまう。
「それくらい、いつでもするから」
「……ごめんね」
「何で謝んの」
心が溶けてしまいそうなほどの暖かい声で「一緒に居るから、甘やかして良い?」なんて聞いてくる彼は、どこまで私を弱虫にさせてくるつもりなのだろうか。
私、彼に出会うまで、もっと強い人間だったのに。
そんなせめてもの強がりですら、笑い声一つで片付けられてしまう時点で、きっと、最初から私には彼に対して、勝ち目など存在していなかったのだ。