009、曇り時々晴れ
『ざ』
『ざざざざ』
『ざざー。ざざざざ。ざざざざーーー。ざざざ。ざざっ』
「ああッ! くそ! もう! なんだよおんぼろめ。この犬の足跡ほども役に立たないポンコツめ!! くっそ、ええい!!」
サンテは口汚く罵った。もう、これ以上なく感情を爆発させて。
できることなら暴れまわりたかった。手足をばたばたさせて、その辺の壁とか椅子とか殴りつけて投げつけたい衝動だ。
曇り空がいけない。もう見るのも嫌だ。
ひびの入った窓ガラスなんて割ってしまおうかと物騒な考えをしてしまう。
サンテは手に持ったラジオを思いっきり振り上げて。
苦悩に顔を歪ませて。
それからそっとラジオを下ろした。
ぼすりと背後のベッドに倒れ込む。十七歳のサンテの体は栄養が足りず、軽い。ベッドは音も無くサンテの体を受け止めた。
この『雲』は、ただの『雲』ではない。
ごうごうと都市の上を流れゆく雲。人の神経を逆なでする黒い雲は、今にも雨の雫を落としそうに見える。
だが、まともな雨など、ここ数百年振っていない。
あの雲から降ってくるのは、そんなものじゃない。
――――『文字』だ。
雲に見えるのは、小さな文字の集合体が空に浮いているからなのだ。数えるのも億劫なほどの、星の数ほどもあるのかと思えるほどの、文字の集まり。それがあの雲の正体なのだ。
その雲は都市の上から離れることなく渦巻き、永久的な曇りとなっている。
本日も曇天なり。
笑えたもんじゃない。じめじめする。
原因は戦争だった。
敵対関係にあった某国が放った最新技術を使用したミサイルは、この都市のド真ん中に着弾した。
爆発の代わりに広がったのは、分解だ。効果範囲内にあったものは、全部『文字』になった。巨大なビルがざらざらとくずれて濁流のような『コンクリート』とか『鉄』といった文字の川となって空に舞っていったのだ。
人間も例外じゃない。全身が文字になって分解されていくのはまさにホラーだが、崩れていく当人は痛みはないらしい。なんともわけがわからないという顔をしている。
この『雲』、なんと送ったメールや電話も分解するらしい。もちろん、ラジオもだ。
送信自体が分解されるわけじゃない。送られた言葉や文字が分解されてしまうのだ。しかも人間を優先的に狙うのだ。文字を創り出したのが理由なのか、狙うよう敵国にインプットされているのかは知らないけれど。
もうお手上げだ。
外に出れば襲われる。
あとはこうやって備蓄食料で耐える日々の始まりだ。
幸いといっていいのか、この国は大量に備えていた。ある程度地下連絡壕も通っており、食料にも困らない。都市からの脱出のためにトンネルを掘っているという噂も聞く。
あとはサンテを殺すのは、退屈だけだった。
ごう、という音が聞こえた。
パラリ、と雲から文字が落ちてくる。
初めは一文字だけだったが、しだいに単語や熟語、諺が落ちてくる。
滝のように雲の一部が崩れて落ちていくところだった。
竜巻のように渦巻きながら、風呂の底を抜いた時のように勢いよく。ぐるぐると落ちてくる。ざざざざと落ちてくる。
うねりながらも『雲』は一点を目指して降りてきた。
誰かが痺れを切らしてしまって、外に出たのだろう。
よくやった。冥福を祈る。にやけた笑みがサンテの顔に広がった。
サンテは再びラジオを掲げた。
『ざ』
『ざざ……。ざ』
『……イネント地方は本日も快晴でしょう。いいお天気が続き、洗濯物の渇きもいいですね。それでは次のニュースです』
誰かが襲われる瞬間だけは、雲が薄くなって晴れるのだ。
曇り時々晴れ。
ラジオの音に耳を傾け、サンテは笑った。




