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002、花火

 ツェンドオラは魔法使いだ。


 齢は八十にも迫る老齢。過去に幾多の魔物を倒し、時には魔法の神髄とも言われる“黒の塔”の講師をも勤めた。

 たくわえた長い髭。手入れされていない眉はその瞳を隠す。鍛えてきた体と、たぐいまれなる魔力量のおかげで、腰は曲がっていない。

 身に着けるは古ぼけたローブ。ねじくれた木の杖はツェンドオラのお気に入りだ。腰に差したベルトには、魔法使いの必需品が放りこんである小袋がつけられている。

 魔法の深淵を覗き込み、火炎の魔法においては彼の右に出るものはいない。幾年の研鑽も晩年になろうとしているのに、ツェンドオラは旅をやめない。



 ツェンドオラには、夢がある。

 いや、夢が、あった。

 


「探求の道は未だ止まず……か」


「どうしました、師匠?」


 ひまわりのような笑顔がツェンドオラに向けられた。

 ツェンドオラの横を歩くナティが明るい声を掛けたのだ。


「気にするでない。それより、しっかり運べ」


「はいっ! なんてったって私は師匠の徒弟(アプレンティス)ですからね」


 ナティの元気な返事に、ツェンドオラは苦い顔をする。ナティの、まあ、常人より少しふっくらした彼女の体は、しっかりと荷物を運んでいる。それはよい。

 数日前にできたばかりの徒弟に、ツェンドオラは少し弱っていた。

 ナティはヘレクセンの町で寄った宿屋の三女だ。魔法使いになりたくてうずうずしていたところを、宿のオヤジさんの強い推薦もあり、ツェンドオラの徒弟として収まった。


 ていのよいやっかい払いである。


 ツェンドオラはあご髭を揉みながら考える。


(まあ、荷物持ちは欲しい。だから、こやつがおるのは構わんのじゃが……)


「どうしました? 師匠!」


(こやつ、魔法の才能が壊滅的なんじゃよな……)


 目線を逸らして天を仰ぐ。つばの広い魔法使いの帽子をついと上げ、過ぎゆく雲を眺めていた。




 


 ナテンフォフの街では、星誕の祭り(ウテンネヤ)の準備が整っていた。

 通りは飾り付けられ、道行く人からは笑い声がこぼれる。

 人込みをくぐりぬけて見つけた宿で、ようやくツェンドオラは帽子を脱いで一息をついた。


「師匠! おまつりだそうですよ!?」


「そうはしゃぐでない。祭りなぞ見たことあるじゃろ」


「いえ、師匠。うちの村だとやっても小さい祭りばっかりでしたし……」


 ナティの眉が八の字になる。えへへ、と空笑い。


「祭りの日は外からのお客さんが来て、掻き入れ時なんで、まともに見たことがなくて」


(なるほどのう)


 小さな村の子供には休みなどない。稼げる時は稼ぐ。シビアなものなのだろう。それゆえに働き手としての力が求められる。


 荷物を下ろしたナティは、そう言いつつも動かなかった。もじもじとしながら手をわきわきと動かしている。この娘はすぐ顔に出る。ひとつも隠せてない。祭りに行きたいのだ。

 ツェンドオラはベッドに寝転がると、ベッドの縁にゴツリとブーツを乗せた。


「どうした。行かんのか?」


「行っていいんですか!?」


「そんなことを止めたりせんよ。行きたいんじゃろ?」


「あ、でも、お金もないし……」


 よほど行きたいのだろう。付け焼刃の言葉遣いすら危うくなる様子に、苦笑が漏れる。

 ツェンドオラはベルトの小袋から銀貨を一枚取り出すと、ナティに放り投げる。あぶなっかしく何度かお手玉しながら受け取った彼女は、目をまんまるくした。銀貨が一枚あれば、遊びつくしておつりがくる。


「お、お金ッ!?」


「構わん。金に困っとるわけじゃないしのう。久しぶりの弟子じゃ、多少は良い目を見させてやろう」


 犬を追い払うように、掌を振るツェンドオラ。だが、ナティは動かなかった。

 胸元に銀貨を握りしめたまま、ツェンドオラを見ている。


「なんじゃ?」


「し、師匠も一緒に行きましょうよ!」


「儂もか!?」


「そうです! 楽しいことなら、一緒のほうがいいと思います!」


 むん、と力を込めて見つめて来るナティ。ツェンドオラはその様子を見て肩の力が抜けた。


(まあ……よいか)





「うわああ、すごいですね! 師匠!」


「これ、そう騒ぐでない」


「むこうに何かおいしそうなものがありますよ!!」


「店は逃げやせん! 落ち着け!」


「売り切れるかもしれないじゃないですか! 早く早く!」


「こりゃ! 引っ張るな!」


 街の祭りは村の祭りとはくらべものにならない。食べ物を売る屋台の呼び声、大道芸をする呼び込みの声、面白いことや喧嘩にあがる歓声。楽士の音楽が全てを混ぜ合わせて通り過ぎる。


 ナティに連れられて、ツェンドオラは散々な目にあっていた。

 食べ物と見れば突撃し、大道芸に目を丸くする。はては色のついたビッグラットを買おうとするのを止めるのに苦労する羽目になるとは。


 すでに辺りは暗く、そこかしこ屋台の灯りがともり始めていた。


 気が付けば再びナティが動きを止めている。ツェンドオラは眉間に皺を寄せた。


「師匠、これ、何です?」


「んん?」


 ナティが指し示した屋台には、細い木の棒に色とりどりの紙が巻かれたものがたくさん用意されていた。火炎魔法を防ぐお札が屋台柱に貼られている。


(これは……)


 懐かしさが胸元を通り過ぎ、ツェンドオラは息を吐いた。


「お嬢ちゃん! これは見たことはないのかね?」


「こんなものはうちの村にはありませんでしたよ!」


「そうかそうか! これはな、――――と言ってな!」


 どぉん。


 大きな音が、屋台の親父の声をかき消した。

 大きな音にナティが首をすくめる。身を叩くような振動すらある大きな音。

 どぉん、どぉんと連続して放たれている。


「し、師匠! 魔法が! 魔法が撃たれてますよ!!」


「ばかたれ。魔法ではない。あれは」


「おおおおおお! 師匠! すッごいですよ!! きれい!」


「あれは」


「すごいすごい! あれは魔法ですか!?」


 聞きやしない。ツェンドオラは説明するのを諦めた。目を輝かせて夜空を見上げるナティに、何を言っても無駄だ。


「うるさいわばかたれ。あれは魔法ではない。職人の技術の粋じゃよ。そもそも魔法ではあのように様々な色を加えることができん。それにな、均等に放射状に配置することができんのじゃ。細かい粒のひとつひとつが尾を引きながら散るという細かい制御は不可能じゃて」


「へえええ、師匠、詳しいですね!」


「詳しいも何もじゃな……」


 ツェンドオラは口を閉じた。すでにナティの集中はこちらにはない。その横顔は夜空に咲きほこる芸術作品に魅入られていた。ぽかんと開けた口。きらめいて光りがこぼれそうな瞳。


(顔中であらわしおって、未熟者が)


 しょうがなくツェンドオラも夜空を見上げた。眩し気に目を細める。

 遠い。

 遠いところで光るのだ。あの花は。


「――――師匠、決めました」


 ナティの目は未だ、大輪の花を見つめている。


「私、魔法で再現してみせますッ! だって、とってもきれいだから!」


 


「あッはははははははは!!!!」


「ちょっ! 師匠!? ひどいですよ笑うなんて!」


「いや、すまんすまん。ふふふ……ふはは……」


 顔を真っ赤にして膨れたナティに、いまだ笑い収まらぬツェンドオラが謝る。

 ばちんとごつい手を、ナティの頭に叩きつけるように乗せる。


「―――良くぞ言うた! それでこそツェンドオラの徒弟(アプレンティス)よ! あっはははははは!!」


 からからと大笑しながら、ツェンドオラは身をひるがえす。

 その後を不思議そうな顔をしたままのナティが慌てて追いかけた。



 ツェンドオラには、夢があった。

 いや、夢が、ある。

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