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其の四

「エステル? どうしたの?」

「あ、すみません。一瞬考え事を」


前世のことを思い返していて椅子の隣に立ったままの私を怪訝に思ったのか、顔の前で振られたしなやかな白い手にはっとする。


「座ってね」

「はい、妃……ヴィクトリアお姉様」



妃殿下と言いかけたところで、ヴィクトリア様の笑みが深くなったのを見て、慌てて言い直す。


生まれる前から母親同士の仲が良くて、物心ついてからもお互いの家を訪ねる事も少なくなかったから、ヴィクトリア様と弟君のエリオット様と遊んだ記憶は多い。


そして遊ぶだけでなく、学校に入る前から「貴族令嬢として必要な教養なども一緒に習得しましょう」と言い出していたヴィクトリア様に付き合わ……従って、私も楽器やダンスや詠、はては乗馬まで身につけることになったのだけど、成果を披露する場もヴィクトリア様と同じで、自分の限界を知ったというか……なんでも完璧にこなしてしまわれるヴィクトリア様を前になすすべもなく、大人の人達に「エステルちゃんも十分なのよ?」とフォローされる気まずさを味わったりもしてきた。

けれど、令嬢として磨かれたのは紛れもなくヴィクトリア様のおかげだ。



「それでね、エステル。ユリウスとはいつ結婚するの?」

「はい?」

笑顔で即座に聞き返してしまったけれど、ヴィクトリア様は瞬きを二度ほど繰り返し、「あら」と呟いた。


「する気がないというのは本当なのかしら」

「ご推察の通りです」

「ユリウスが気に入らないから? それとも他に好きな方が?」

「どちらでもなく、私個人の都合なんです」

「まあ。それはユリウスにとって光明ね」

「ヴィクトリアお姉様、」


次の言葉がノックの音に奪われてしまう。



「来ましたよー」


その声にちらりと後ろに首を回すと、視界に入ったのは蜂蜜色の髪をした青年と、銀髪の青年。

見間違えるはずもない。オリヴィエ王太子殿下とユリウス様だ。


「あ、そのままで」

私が立ち上がろうとするのを察したのか、殿下の背後から声に逆らうわけにもいかず、どうしたものかとヴィクトリア様を見ても、ヴィクトリア様はご機嫌で殿下に手を振っている。


「久し振り。元気だった?」


目の前の席に座ったオリヴィエ殿下は、ユリウス様より一つ歳上で、気品ある顔立ちの青い瞳したとても気さくな方なのだけど、それは親しいからこそ見せる一面なのだそうで、普段は近寄り難いオーラを放ち、ユリウス様と共に「エルシェリアの壁」と言われている。


そう評する人達はもし壁を崩せたらどうしたいのかな。ちょっと気になる。


でも私はいつの間に殿下と親しくなったのだろう?

流石に王太子殿下となると一介の子爵令嬢では接する機会もそうないので、親しくなりもようもないはずなんだけど、気が付いた時にはこの調子だった。

ヴィクトリア様とユリウス様が色々吹きこんだのかな。困りますって言ってもいいかな。


「はい。お陰様で、わたくしをはじめ、子爵領一同平穏無事に過ごせております」

「そう。良かったよ。ミルスティスの森と山も美しいんだろうな。また見に行きたい」

「わたくしは、この四人でクレスレードのナアレアナ国立公園に行きたいわ」

ヴィクトリア様の発言に男性陣が驚いた顔をする。

「もちろんお忍びで」


ユリウス様との共通点。それは、領地に豊かな森と山があること。でもミルスティス領は王都から離れている、林業が盛んなだけの正しく田舎の領で、それに引き換えクレスレード領は王都に隣接しながら、山脈と山脈が交わるところにあり、世界屈指の風光明媚な国立公園や、魔導具に使われる魔石が採掘される山もあり、自然資源豊富な超お金持ち領として燦然と輝いていて、その実情は全く違う。



頑張れば実現可能かなというヴィクトリア様の要望を受け、オリヴィエ殿下が考え込んでいる。


「私は構いません」

「ユリウスならそう言うと思っていたわ」

「み、皆様お忙しいのでは? それにわたくしなどがご一緒させて頂くわけにはまいりません」

「エステル、遠慮などしてはいけないわ」


そうじゃないんです……。


テーブルに頭をつけて足をバタバタさせたい衝動にかられて、後でなんと言われようと、遅れてくるんだったと後悔する。


「忙しいと言えば、ユリウスは今新しい国家資格制度成立に向けて動いているのよね」

「それが大掛かりなことになりそうなんだよな」

「まだ初期段階だからなんとも」

「議会は荒れるかしら。楽しみね」


話題が変わり、右隣に座るユリウス様から受ける印象の変化に首を傾げる。




「失礼いた……妃…殿下!? ユリウス様まで!」

きゃあと声があがり、数人の女の子達の声も聞こえる。


「残念、ここまで」

オリヴィエ殿下が立ち上がり、続いてユリウス様も立ち上がる。

「エステル、また」

ユリウス様が続いて立ち上がろうとした私の手を取り、指先にキスをする。

背後からざわつく声がして、凍り付いた私からユリウス様が離れる。


扉へ向かう二人の背中を目で追いかけると、立ち上がったヴィクトリア様の手が背後から私の両肩に置かれる。

四人の令嬢達がわきを通り過ぎる殿下とユリウス様に礼を取るとヴィクトリア様が「今日は皆様お早いのね」と魅惑的に笑った。

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