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其の二

「私と出掛けるのは嫌ですか?」

「い、いえ。そういうわけではなく……」


週末の昼下がり。窓のすぐ脇に置いた木製のテーブルをはさみ、向かい合ってラベンダー色の布張りの椅子に腰掛ける私達の距離は思いの外、近い。

普段住む領地にある本邸では二間続きの部屋を自室にしていて、今ユリウス様を通している部屋よりも、もう一つの部屋の方が広い。だけど仕事部屋として使っているので、通すのは自然とこの部屋になってしまう。

ブランド名を「エース」として、ある意味そのままではあるけれど、子爵令嬢としての名前が前に出ないようにしているし、国内一部地域のみの限定販売、小規模展開なのでユリウス様にも知られていないらしく、このまま続けられたらいいなとは思っている。

ちなみにこの国エルシェリアでは、エースはかけがえのないという意味だ。



「でしたら、行きましょう」

「いえ、ですから予定が……」

「開演は夜ですよ、エステル。確かその日は……来週の星の日は大きな夜会はなかったはずですが。それとも、毎夜、私には言えない特別な用事があるのですか?」


声の調子は穏やかなのに、涼しげな目元は笑っていない。こわい。


「もしあるとすれば、ユリウス様はどうなさるおつもりですか?」

言った自分に驚いて口元に手を持っていこうとするのを途中で抑え、視線をそらす。


「あ、も、もちろ……」

「どうすると思いますか?」


もちろんそのような用事はありませんっ。と言い終える前に、ユリウス様が薄く笑った。


そんな反応をされるとネガティブな推測をしてしまいますとも言えず、どうして急に鎌かけたりしたんだろうと頭を抱えたくなる。


「そうですね……私では分かりませんわ」


なかったことになって欲しいなと心の中で現実逃避しながら、笑いを漏らす。



「エステル。来週星の日、清宵の時刻に迎えに来ますので、予定は入れないで下さいね」

「はい……」



どちらにせよ、私がユリウス様に求婚されている事は社交界でもよく知られている話なので、それを良しとするかは別として、私を誘ってくれる貴族男性なんてほぼいないに等しかったりするわけで……。それにくわえ、ユリウス様は国内外でも有名なので、一般男性でも私の名前を出すと「ああ、あの」という反応がまれに返ってくることもあったりしたのは確かなので、正直これは詰んでると言っても過言ではないのかもしれないけれど……まだ諦めるのは早いと信じています。










その日、王都は雨だった。


「もう少し雨宿りしていったらどうだい?」

ゆったりした口調で囁く低音は耳のすぐそば。



「転移術を使えば、雨にも濡れません」


声のする後ろには振り向かず、耳に手をあてて心臓を落ち着かせる。


「まだ帰らないでと言えば、君はここにいてくれる?」

「……揶揄うのはやめて下さい、ジルベールさん」

身を引いてから振り返り、微笑んで声の主を見上げる。

「つれないな、エステル。さん付けはしないで欲しいといつも言っているのに。それに、俺なら君をどこにだって連れ出せる」

黒い長髪を後ろで一つに結んだ、青い瞳の美青年。魔術師が好む黒衣のマントを纏うジルベール・ヌームジェリーは北竜魔術商会の若き代表者だ。


「女性がお好きなのですね」

「違う。君は特別だよ」


ごく自然に手を取られ、屈んで私の顔を覗き込む仕草には迷いがない。


王都の中心街からはいくらか歩くけれど、それでもここは一等地。五階建ての建物の三階を占め、一階を店舗とする商会の代表で目を引く容姿のジルベールさんは、貴族女性の間でも人気がある。


「いつも違う女性と歩いていらっしゃるとか……」

「……否定は出来ないけど、立場上断れないこともあるんだ」


一階の店舗のショーウィンドウを内側からながめ、雨の様子をうかがうけれど、まったく降り止む気配がない。

店内には私とジルベールさん、店員さんが二人の四人しかいない。いつもは賑やかなのに、今日は静まりかえっていて、魔導具や魔術書、薬品などを扱うあかりがおさえめの店内は時間が止まったような錯覚に陥る。


資料が入った黒い革製のバッグを肩で掛け直す。紺のロング丈ワンピースは仕事用に仕立てたものだけど、裾の汚れも気にならないし、こんな日にはちょうど良かったかもしれない。

この後も行きたいところがあって、散歩にもなるし歩いて行こうと思っていたのに、傘がないとどうにもならない。

天気予報がないのは、少し不便。



「そんなにショックだった?」

「え?」

「そんなわけないか」


自嘲するような呟きに困惑していると、ジルベールさんはすぐに表情を引き締め、なぜかそのまま私を軽くハグした。


「またお待ちしております。エステル・ミルスティス嬢」

「あ、はい」


エルシェリアではハグは挨拶ではあるけれど、軽く呆然としていると、私から離れたジルベールさんが店の奥に行き、手に青い傘を持って戻ってくる。


「はい、行くところがあるんだろう? 風邪をひかないように。傘は今度くる時でいいよ」

「有難う御座います、助かります」


断る間も無く傘を渡されてしまい、そのまま受け取る。


「気を付けてね」

「はい。では、失礼します」


手を振るジルベールさんに一礼して、ガラスのはまったドアに手をかける。入れ違いに黒いマントのフードを被った青年が店の中に入っていき、「いらっしゃいませ」と声が聞こえた。

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