其の一
「ふう……」
ため息が出る。一体どうすれば諦めて下さるのか。今日も今日とて送られてきた高価な宝石のついたイヤリングの小箱を片手に顔を下げた。
「部屋の入り口付近まで埋まってきてしまったわ……」
エステル・ミルスティス子爵令嬢。それが今世での私の名前で、現在の肩書き。胡桃色の長い髪に碧眼で、比較的整った外見をしている。今世での、と前置きをしたのは、前世の記憶を有しているからで、それが悩みの種でもあった。
「どうして思い出してしまったのかしら……」
多分、思い出さなかったら今頃幸せでいられたのだ。将来を有望視されている公爵家令息からの求婚。以前の私なら、考えるまでもなくこちらこそと返事をしていただろう。なのに今は、早く見切りをつけてくれるのを待つばかりで。
これ以上ない話なのに断ってしまうのかと、両親には何度も確認されてしまい、申し訳ない気持ちになったりもした。
でもやっぱり、貴族として大勢の人に傅かれる生活は何か違うような気もしてまうのが、日本人としての記憶を思い出してしまった私の本心です。
◇
「まだ保留にしているなんて、向こうは怒ったりしないの? 公爵家を敵に回すなんてあとが大変よ」
「保留っていうか、やんわり断ってはいるの。でも引く気がなさそうって言うのかな」
「まあ、でも何が不満なのかって思われてはいそうよね。ユリウス様といえば、神様の祝福を詰め込んだような人ってイメージだもの。無理はないわ」
肩より少しのびた銀髪にソーダブルーの瞳。造りもののような顔に均整のとれた長身。代々国の中枢を担ってきた頭脳を持つ一族の例に漏れず、打てば響くような人物だと評されているらしい。
「会う時は毎回圧倒されちゃうんだよね。この人は私のどこが良いんだろうとも思うんだけど」
「会ってはいるんだ」
「会いに来るからね……」
学校が一緒だった、同じく子爵令嬢のルチルと王都の外れにあるアンティークな雰囲気のカフェで一息つきながら、現状報告をする。
「でもさ、エステルはどんな人が理想なの? 王侯貴族でなければそれでよしってわけでもないでしょう?」
「んー……理想はね、話を良く聞いてくれる支え合える人かな。あと、満足を知っている人」
「なるほどね。エステルでは……私達みたいな令嬢では難しいかもしれないね。色眼鏡で見ないでくれる人ってそういないもの」
「三年以内で見つかると思う?」
この国の貴族令嬢の結婚適齢期は十八から二十一前後とされていて、今年十八の私に残された時間はそれだけ。
「もし見つかったとしても、ユリウス様との関係をどうにかしないと、相手の人が平民ではもしかすると公爵家に潰されちゃうかもしれないよ?」
「あっ……」
その可能性は考えていませんでした。
「そんな人ではないと思いたいけどね」
「そうだね……」
ルチルの綺麗な金色の巻き髪を見つめながら、お茶の入った花柄のカップに口をつけた。
◇
ユリウス様からのプレゼントは、中身を確認したら元に戻して一まとめにしている。だけど、その一まとめが大きな山になっている。
「どうしてつけて下さらないのですか?」
プレゼント攻撃が始まったちょうど一年前はそんな会話もあった。私が前世の記憶を取り戻したのがそれより一年前の十六歳の誕生日。思い出した当初は少し混乱したりもした。前世の記憶と折り合いをつけることは、今でもちゃんと出来てるとは言い難い気がする。
「高価過ぎるんですよ……」
と、小さく呟いたのも思い出の一つ。子爵令嬢として愛されて育って、それなりの教育も受けてきた。だけど、それでも子爵家と公爵家。その差は大きい。
今年二十三歳のユリウス様は、父親であるクレスレード公爵の元で次期領主として補佐をつとめる傍で、国の官僚としても働いているらしい。
彼の目指す先がどこなのか興味がないわけではないけれど、あくまで傍観者としてなので、話す機会があっても聞き役に徹している。
どんな活躍をしているかは他の人からも沢山耳にする。凄いなあと思っても、ますます遠い人だなあと実感するばかりで。
「エステル、今度王立劇場に行きませんか。人気の演目の良い席を確保したので」
ただ、手付かずのプレゼントに溢れた部屋で心が折れないのはメンタル強いですねという他にない。
「えっと。いつですか?私、今週は毎日予定が入っていて」
「今週ではなく、来週です」
「あー……来週も都合悪かったかなあ……」
嘘ではなく、王都の商会の人との打ち合わせが何件も入っている。前世の記憶に基づいて、生活を便利にする商品を細々と提案していたりする。最近では冒険者の人に向けて積み重ねられるお弁当箱を売り出して、いくらか儲けを出したりもした。
貴族じゃなくなっても暮らしていける収入は確保しなければ。