「あやめのお節介……どうすんの麗姫?」
「じゃ、この街ってついこの間まで討魔師がいなかったんだ」
強引に(決してわらわの意思ではない)連れられてきたレストランにて、ざっとこの女にこの街の事を教えてやる。
「そうだ。ちなみにこの街唯一の討魔師はここの神と同じようにバカなので、あてにはならんぞ。……ま、まぁ可愛いところや妙に頼もしい所もあるんだがの……」
「神もふらふらしてて、大妖怪もいなくて、まともな討魔師もいないって……この街って実はすごいフリーダム? 犯罪者の温床になりそうな気がしてならないよ」
「だから、大妖怪ならばその討魔師の使い魔が12体おると言ったであろう」
わらわは働いたりなどせぬがの。
「んー、で、麗姫ちゃんがそのうちの一人なんだよね?」
「そうだ。しかも筆頭だ」
この娘はわらわの実力を見誤っているみたいなので、念を押しておく。
「えっと、早く立派になれるように頑張ってね」
「そなた信じておらぬな!?」
「いやいや信じていますとも。麗姫ちゃんのお友達があと11人いて、同じ人に仕えてるんでしょ?」
「信じておらぬのは、十二式神の実力の方か……。このような小娘に名前が通らないとは、わらわ達も堕ちたものだの」
きっとこの小娘の頭の中で十二式神というのは非力な子供が12人集まって大妖怪を自称しているような集団なのだろう。
わらわがこのような姿でさえなければ……。
「おい、そこの者」
「はい、お呼びでしょうか?」
「こちらの特製プリンを所望する」
「はい、かしこまりました」
憤りは食事で解消する。この前アルテがそう言っていた意味が何となくわかるような気がするの……。
(※ただの自棄食い)
「満腹だのー」
そして腹が膨れると眠くなる。
それは世界の摂理だから仕方ない。わらわのような大妖怪とて、流石に世界には屈するしかないの。
「馳走になったが無理矢理連れてこられたのだ、礼は言わぬ。それではの」
小娘と別れて木陰で時間まで昼寝でもしてよう。家の近くの公園ならば、近所の妖怪共もいるだろうし、いざという時もすぐに安全な場所に逃れられるだろ。
「麗姫ちゃん、次はどこ行く?」
「いや、だから……わらわは昼寝を」
「ほら、あそこゲームセンターあるよ入ってみようよ! 私ゲーム好きなんだけど、最近行く暇なくてさ」
「離せぇ! 離すのだ! わらわはゆったりとシエスタタイムを、ぬおぉぉ……」
この女、何という馬鹿力! いや、わらわが非力になっただけなのか?
「はぁはぁ……」
「どうしたの麗姫ちゃん? 息が荒いよ?」
「そなたのせいであろう!?」
「子供とはいえ、勝負事で手は抜かない主義なのだよ」
「子供扱いするなと言うておるだろう!」
くっ、なし崩し的にゲームの相手をさせられるとは……そういうのはスザクの役割だというのに。
「大体なんだここは。喧しくて昼寝に集中する事もできぬではないか」
「この騒音とたばこの香り、そしてほの暗い空間にいると、あぁゲーセンだなぁって気分になるよね」
「知らん!」
もういいさっさと出よう。こんな所、いやこの女と一緒にいたらいつまでたっても惰眠にありつくことができぬ。
「あ、待ってよ麗姫ちゃん。どこか行きたい所あるの? どこでも連れて行ってあげる!」
「誘拐犯かおぬしは!? って、ぐわぁぁあ!? わらわを荷物のように脇に抱えるなぁあ……」
そのまま女に随分と連れまわされた。一年分くらいの歩いた気がする……。
すっかり日も傾きかえている。そろそろ家に帰っても問題なかろう。
「そなた……」
だが最後に、この迷惑な女に一つ忠告をしておいてやろう。
「ん、何?」
「そなたはなぜこうもお節介なのだ。そんな事ではこれから先、随分と損をしながら生きていく事になるやも知れぬぞ」
「わぁ、驚いた。まさか子供にそんな事言われるなんて」
「はぁ……もうよい。とにかく、親切も程ほどにしておけ。特にこの世界では、命など簡単に失う」
「もう物騒だなぁ。ゲームとかご飯とかの代金なら別に気にしなくていいんだよ?」
「そうではない。そなた、わらわの近くにジャミが湧くたびに、わらわを別の場所に移動させようとしておったな」
最初の飯屋を出たとき、恐らくあのまま帰途についていれば、まぁ多少の傷は負っただろうの。
「小娘ごときがわらわを守ろうなぞ、力不足もいいところだ。いや、そんな事よりもそなたはなぜわざわざ面倒事に首を突っ込む」
まったく、わらわなりの新たな矜持として巻き込まないよう離れようとしておったというのに。手間をかけさせてくれるの。
「ん~、驚いたな。せっかくカッコつけてたのに、気付かれてたなんて。やっぱ上手くいかないものだね」
「自己満足なら今後このような事はやめておけ。見返りのない事に命をかけるのはバカのやる事だ」
「そだね」
と、そこで小娘がくるりと体を反転して
「私の尊敬してる先生がね、言ってたの。俺は差延ばされた手は絶対に掴むし、窮地に陥ってる奴がいたら勝手に手を掴んで強引に引っ張るって」
「そなたに討魔の知識を授けたのそいつか?」
「うん」
「ふっ、弟子が弟子なら師匠も相当のバカだの」
大体こんな齧りしか教えられぬ者が立派な者のわけがない。とんだ詐欺師だの。
「あはは、私もそう思う。でもね、私はあの人みたいにはなれないよ。あまりにも遠すぎるから」
どれだけ崇拝しておるのだ、その詐欺師を……。
「私の弱くて少ない腕じゃ誰でも彼でもに手を差し伸べる事はできない。でも、目の前で女の子が傷ついてたら今日のごはんが不味くなるでしょ?」
「とんでもない理由で付きまとわれていたものだのう、わらわも」
「枕元とかに立たれたら嫌じゃん」
「わらわを殺すな、そしてそのような事するぐらいならあの世で静かに眠っておるわ!」
「あはは、まぁ自己満足といえば自己満足だよ。だって、目の前の可愛い子が酷い目に合うのは見過ごせないから、さッ!」
そして小娘が手を振るうと、目の前に現れた穢れが一瞬で後方へと飛んでいく。
「すごいでしょ! 超能力だー、どうだ! えっへん」
「念動力系の能力、血縁まではわからぬがそれがそなたの討魔師としての基本能力か」
なんてことはない。わらわが馬鹿力だと思っておったこやつの力は、能力の補助を得ていただけ。
「もう、可愛い子供がそんなホイホイネタバレしないでよ」
「まだ子供扱いするか」
「さ、そんな事より逃げるよ」
そう言ってわらわを抱える女の背後には何十体もの黒き塊が見える。
「オウマガトキ故か、物凄い量だの」
それに加えて、わらわが内包しておる大妖怪の気質がこやつらを呼び寄せておるわけか。
およそ平時ではお目にかかれぬ光景だ。とはいえ、ついこの前までは毎日似たような光景を目にしていたが。
「ちょっと急ごうか。麗姫ちゃんの家ってあっちの方だよね?」
わらわが答えるよりも早く、女の体が宙に浮き地面のわずか上を滑空していく。
「降ろせ。どうせ狙われておるのはわらわだ。孔弌以外の人間に庇われるなど屈辱」
「だって、ここで降ろしたら私の気分が悪くなっちゃうじゃない、っ!」
そうこう言っている間に女の足に切り傷が走る。
「降ろせ馬鹿者!」
後ろから迫りくる巨大な塊がもうすぐそこ。
「いや! 私だって自分が守るって決めたものぐらい、守れるんだから……星河先生の生徒なんだから」
振り下ろされる黒い腕を、女が細腕で受け止める。
「荒れよ!」
女の言葉に合わせて烈風が生まれ、黒塊を削るが、それでもすぐに新たな影がそこに溶け込み復元してしまう。
やはり相手が悪い。残りカスがここまで大きくなるのは本来なら異常な事。
これが相手ではそんじょそこらの妖怪でも骨が折れる、ましてや半人前の討魔師には荷が重すぎる。
「ぐぅ……あぁッ!」
やがて怪物に弾き飛ばされ、女がアスファルトの上を転がっていく。
「くっ、こい」
そして障害物を失ってわらわの眼前に迫ってきた怪物が、その大木の如き腕を振り上げる。
「ダメェ!」
倒れていたはずの小娘がわらわの元へふわりと飛んできて、その懐にわらわを抱え込む。
何をしておるのだ、こやつは!?
「ぐ、ふ……」
口から噴き出した地がわらわの顔を汚す。
「絶対守る、って……」
なおもわらわを庇う、この女の顔を見て、凄まじい怒りが湧いた。
自分の無力さにだ。
我が身はおろか、このような小娘にここまでの手傷を負わせてしまう自分が憎らしい。
「何をしておるのだ、わらわはぁっぁあ!」
その叫びに呼応するように体が輝き始める。
それは、あるいはわらわの決意が術を破ったのか、はたまたタイミングよく霊力が満ちただけなのか。
しかし、奇跡は起きた。
「ふははは、ふはは、戻った。戻ったぞ! 待たせたな、小娘!」
一瞬の閃光ののち、高くなった視線で小娘の方へ振り向く。
「麗姫……ちゃん?」
「そう訝しむでない。これこそがわらわの真の姿」
「麗姫ちゃん、あぶな!」
小娘が叫ぶが、何を慌てる事があろう。
「どうした下郎。そのような攻撃ではこの麗姫に一歩を踏ませる事もできぬぞ」
宙に浮く布が、その表面積を普段の何倍にも膨れ上がらせ、そして鉄のように硬くなってわらわの身を守る。
「今までの鬱憤、貴様の体で受けきれるかの?」
一指し指をピンと弾くと、獣のドテッパラに大穴が開く。
「ふあっは、飛び散れ、醜く、このわらわに傷をつけたその身を、バラバラに!」
容赦のない攻撃で化け物の体が一瞬で細切れになる。
自分の身に降りかかる火の粉を払う最低限の攻撃ではない。相手の命を過剰に奪う、ただの蹂躙。
「極光」
声とともに現れた極彩色の景色が化け物の体を一瞬で消し去る。
「す、すごい……」
「ほれ、あまり得意ではないが治癒の術だ」
女の体が元のきれいな姿に戻っていく。
「ふふん、もうこれで子供扱いはさせぬぞ」
「麗姫ちゃん、すごーい!」
元気を取り戻した小娘がガバリと抱きついてくる。
「カッコいい、すごい、これが本当に麗姫ちゃんなんだね!」
「ぐ、ぬお……締まって、おる……」
混元布に次からこの女のベアハングも防ぐよう命令させておかぬば……。
なんて事があったのが、数週間前。
「馳走だ。ではわらわは部屋に戻ってもう一眠りしようかの」
わらわはあれ以来体が縮むこともなく、いつも通りの日々を過ごしていた。
ただ、たまに気まぐれで人の子に手を差し伸べてやることがある。変わったといえばそれぐらいだの。
「氷凍、わらわが目を覚ました時に冷えたウーロン茶を持ってこい」
「そんなタイミングわかるわけないよ……」
さて、では今日も自分を労わろうかの。
「麗姫の奴は相変わらずだな」
「そうかな? なんだか最近は前より充実してそうな顔してるけど」
「どうにも晩霞、お前の目は節穴すぎるようだ。大体毎日寝てるんだから血行良さそうな顔してて当然だろう」
「二人ともうるさいよ、テレビ聞こえない」
「あ、ごめん」
「お、柊あやめだ。そういえばこの前久々に新しい歌出したばっかりなんだよなぁ」
「この人がどうかしたの?」
「ちょっと前に超能力アイドルとかいうすごいキャッチコピーでデビューした人なんだけど、そういうの抜きにしても結構歌が好きなんだよね。すごいまっすぐな感じがして。きっとスザクも気に入るよ」
「そうかなぁ」
『そういえば、あやめちゃんはこのあいだお母さんの実家に行ってたんだって?』
『はい。丁度お盆だったから、おばあちゃんの家で羽を伸ばしてました』
『何か面白い事とかありましたか?』
『はい。すっごい可愛くてカッコいい女の子に会ったんです。いろいろ危ない所も助けてもらったんで、また会いに行きたいです』
『へぇ、何か貴重な体験をしたみたいだね』
『次の歌は、その人へのお礼とか憧れとか楽しかった事とか……、もう色々詰め込んだ歌にしようと思ってます!』
『てことは次は友情ソングかな? これは楽しみだねぇ』
『うん、また会いに行くからね! 阿保麗姫ちゃん!』
「「………………」」
「「はぁ!?」」
まぁ彼女も色々丸くなっているという事で。
さて、ストックがないので、しばらく更新止まります……。
どうしよっかねぇ。