「決戦後、旅立ち前」
本編のエピローグの少し前にあった意味深なやり取り。
「もしもし、静哉か? 蛍じゃ」
「……蛍! いいタイミングだ!」
受話器の向こうから、少しあわてた様子の声が聞こえてくる。
「いいタイミング? 何かあるのか?」
「んー、あるにはあるんだがなんというか説明しにくい。とにかくそっちの問題は片付いたのか?」
「うむ、丁度その報告で連絡したのじゃが」
二度目の十二式神事件。そのあらましを蛍は次のように要約して伝えた。
かつてこの国を荒らしまわった強力な十二体の妖怪の封印が解けて、その脱走した式神の再捕縛が最初の目的だった。
一度目の時より自分も成長し、前よりは余裕を持って式神と戦えるだろう。だが、決して楽な戦いではない。
それが当初の蛍の考えである。事実、式神達の持つポテンシャルはほとんど当時のままだった。
まともな戦いらしい戦いがほとんどなく時雨との戦いでしか式神達の本気を見れなかったが、傍にいるだけで並々ならぬ力を感じていた。
ところが、今回式神の捕縛自体は大して難しいことじゃなかった。
なぜならば(今でこそ理由が判明しているが)規格外としか思えないほど式神を従える力が強い少年、阿保孔弌の助けがあったからだ。
当時あれほど手を焼いた式神を、いとも簡単に懐柔。
精神的な面でも呪術的な面でも彼は式神を完璧に従えた。いや、彼の場合は慕われたと言った方が適切かもしれない。
そんなわけで、蛍自身は式神と戦うよりも街の妖怪退治ばかりやっていた。
ところが、次々と町に現れる謎の獣、そして事件の黒幕と思しき手強い妖怪達。
そしてすべての元凶時雨の登場。
激昂して我を忘れかけたとはいえ、不意をつかれて敵にやられた事。力の過信による慢心。大事な局面で犯した大きなミス。
そんなピンチを救ったのも、今回の事件の中心人物、阿保孔弌だった。
時雨同様十二式神の力を取り込み、これを打ち破る。
「なるほどね……そっちも相当な山だったみたいだな」
「うむ、わしもここまでの事件となると数えるほどしか関わったことがない」
「で、こっちはこっちでかなり面倒なことになっている」
なるほど、今度はそっちのほうで人員不足か。元より蛍もそこにいる予定だったので、合流するのがむしろ自然とも言える。
「山喰ってさ、知ってるか?」
「山喰? 確か随分前に起こった狐憑きの事件のことか?」
「あぁ、どうもあんな感じの事件が起きてるんだ」
「機関のお膝元で異変騒ぎとは、そっちの黒幕は余程の馬鹿か大物じゃな」
「それと、金猫銀猫ってわかるか?」
「ん、あぁ。親友じゃった」
今はもういないかつての親友であり戦友。幾多もの戦いで肩を並べ、何度も酒を飲み交わした。顔は広いといえど付き合いの深いものがほとんどいない蛍にとって、数少ない心からの友人だった。
「その娘がいるんだ。過去からやってきたらしい」
「何じゃと!?」
過去、過去からやってきた? そうか、そういうことか! 長い年月、自分が重ねてきた記憶を手繰る蛍は思い出した。
「ナナシ……いや、確か……カイだ! カイもそこにおるのか!?」
「カイ? すぐ隣にいるけどお前知り合いなのか?」
知り合いか、と問われてすぐに答えることはできなかった。そもそもあの出来事自体夢のように思えていたからだ。
「いや、カイがわしと知り合いでないのであれば、わしも知り合いではないじゃろう」
結局考えた末にこんなわかりにくい言葉で答えてしまった。
「……何言ってんだ?」
「ん、まぁよい。とにかくカイや時猫がおるのじゃな?」
「あぁ、そうだ」
「わかった。事件云々以前に、わしはそやつらに会わねばならぬからの」
「そうか、来てくれるか!」
「うむ、準備があるから明後日の朝に出発するが、大丈夫じゃろうか?」
「ん、大丈夫。頼んだぞ」
「任せておけ」
そこで通話が切れる。
「カイ……とうとう現れたか。金猫銀猫よ、ようやく歯車が動きだしたらしいぞ」
そう呟いて蛍は静か考え込んだ。
ぶっちゃけ今後掲載しようと思っている別作品の宣伝です。