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第90話

 最近暑くてまいりますね、ホント。

 それでは、今週も張り切ってどうじょ(/・ω・)/



 「退けェェ、獣人ンン!!」


 「そう言われて素直に退けるかっつ、のッ!」


 両者とも足を止めることなく、剣を振るう。

 目まぐるしく入れ替わる攻守は、この二人の実力が拮抗していることを示していた。


 キン!キン!キィィン!


 剣がぶつかり火花が散る。

 それさえもこの場においては戦いを彩る景色の一部と化していた。


 「くぅぅぅ、しつこいッ!」


 アインバースト子爵の剣には苛立ちが見て取れた。


 「そっくりテメーに返すよ、その言葉」


 一方、対するキルトは飄々として、その軽やかさは宛ら”風”であった。


 「貴様、獣人の分際で」


 「その獣人に手古摺ってんのは誰だよ」


 面倒臭げに子爵の言葉を遮るキルト。

 彼は煽りを目的にこのような話し方をしている訳ではない。

 これが、彼の素なのである。

 しかし、これが上手くこの場においては作用していた。


 標的であるアシュラードに逃げられた子爵の動きは明らかに精彩を欠いていた。

 同じ国に所属する味方が標的というのは可笑しな話だが。


 急に子爵は距離を取った。


 「スゥゥゥハァァァー」


 そこで始めたのは深呼吸であった。

 まさかの行動にキルトも正気を疑ったが、味方を狙うような輩だったことを思い出し、すぐに深く考えるのを止めた。


 「フゥ、私としたことが、焦りのあまり、とんだ醜態を晒してしまったようだね」


 その顔は先程までと異なり理知的で端正な顔立ちだった。

 その変わり様がキルトに警戒を促した。


 「怒鳴ったり、落ち着いたり、忙しい奴だな」


 「うん、まずは口の利き方から調教しなけらばいけないようだね。獣だから仕方がない」


 「は?」


 此処に来て初めてキルトの感情が揺さぶられた。

 幾ら体を鍛えようと、彼はまだ十代の若者である。

 その隙を狂っているとは言え、経験豊富な子爵が逃す筈もなかった。


 「犬は犬らしく尻尾を振って、主人に媚びれば良いのだよ」


 この一言がキルトの短い導火線に火を点けることとなった。


 「気分落ち着かせたぐらいで調子乗ってんな!」


 目にも止まらぬ速さで、キルトは子爵との距離を詰める。

 そして一閃。怒りからとは言え、見事な一撃──の筈であった。

 しかし、その剣は空を切った(・・・・・)


 アインバーストは難なく躱していた。

 その様はまるでキルトの剣が子爵を避けたかのようであった。


 「所詮は獣だね。簡単に掛かる」


 その言葉と共にキルトに不可避の一撃が打ち込まれた。

 

 「ッ、チッ!」


 咄嗟に後方に跳びキルトはその脅威から逃れる。


 シュッ


 その音に遅れてキルトの頬に赤い線が入り、そこから下にツーと血が滴った。

 それを見てアインバーストの頬が僅かに緩んだ。


 「避けるか。まぁ、それでも完璧にとはいかなかったようですね。残念ですよ」


 少しも悔しくなさそうな子爵の様子は余裕を感じさせた。

 キルトはというと、そんな傷を気にする様子は見られず、何故か嬉しそうに笑っていた。


 「何を笑っているのです」


 子爵にはそんなキルトの様子が理解できなかった。

 

 「そんなの決まってんだろ。面白れぇからだよ」


 返って来た返事もまた要領を得ないものであった。

 訝しがるアインバースト子爵だが、そこに拘っている暇はない。


 「やはり獣は獣でしたか。私には理解できませんね、今から死に行くのに何故笑えるのか!」


 今度はアインバーストから仕掛ける。

 鎧を着ているにも関わらず、その速さはやはり尋常ではなかった。

 しかし、キルトの頭は冴えていた。

 いや、余裕があったと言うべきか。

 目の前の相手の情緒の不安定さに不気味さは抱くが不安はなかった。

 

 (ブランドさんよりは確実に落ちる。よく見てやれば問題はねぇ筈だ)


 自分を鍛えた師の一人ブランドの剣筋や動きを思い出しながら、攻撃の一つ一つを足捌きと僅かな剣捌きで躱していく。

 その動作に集中することによってキルトの動きのキレは尻上がりに上がって行く。


 「面倒なッ、ウィンド・スラッシュ!」


 アインバーストが剣を振るうと同時にキルトは嫌な予感を覚え、それを剣で受けるのではなく、体を大きく捻って躱した。

 しかし、完全に避けた筈だった彼の鎧に亀裂が走る。


 「っと、やっぱ魔法剣士かよ」


 魔法剣士とは魔法と剣術を併用して闘う者のことで、剣士の中でもごく僅かしかいない。

 その理由としては、魔法を使えるか否か、そして、魔法と剣術のそれぞれの技術を高い水準で収得できるか、この二点が鬼門となるからである。

 実際、「魔法を使う剣士」は大陸全体で見てもそれなりに存在するが、魔法と剣技を隔てなく使う「魔法剣士」は滅多にお目に掛かることは出来ない存在なのだ。


 「これも躱しますか。ちょこまかと、鬱陶しいことこの上ないですね」


 風を纏った斬撃はそのまま後ろに進み、無警戒だった兵士にぶつかった。


「ギャァッ!」


 短い悲鳴が上がり、その者は倒れ込む、

 しかし、両者はそのことを全く気に掛けない。


 「シッ!」


 アインバーストの一瞬の硬直を狙おうとしたキルトだったが、大きく避けたがために、体勢を立て直されていた。


 「ハァッ!」


 返しの剣がキルトを襲う。


 「感覚強化ッ!」


 キルトは咄嗟にスキルを発動させる。

 するとやけに体が重くなったが、アインバーストの一振りがスローモーションのようにゆっくりと流れていく。

 沼に浸かったような重たい足を動かしてその一撃を紙一重で避け、後方に跳ぶ。

 余りにも超人的な動きにアインバーストも驚きを隠せないようであった。


 「・・・スキルですかね。今度こそ決まったと思ったのですが」


 「アブねぇな。チクショウ」


 完全に読まれ、対応されていたことに対しキルトは愚痴ると共に荒い息を一つ吐いた。

 感覚強化は彼の奥の手の一つであった。このスキルは視覚、嗅覚、聴覚の何れかの感覚を鋭敏化させるもので、先程キルトは視覚を鋭敏化させてアインバーストの一振りを見切ったのである。

 しかし、このスキルは強力な分、一回の使用に着き結構な疲労を使用者に与えるので、そうおいそれとは使えない。事実、スキルを使ったキルトの息は上がっている上にこれまで一切の辛さを感じさせなかった顔には汗が浮かんでいた。


 「なるほど、そう何度も使えるものではなさそうですね」


 つぶさにキルトの様子の変化に目をつけるアインバースト。

 そしてそれは推測通りであった。


 「チッ」


 こればかりはキルトも舌打ちせずにはいられなかった。

 それが更にアインバーストの笑みを深める。


 「当たりですか。ならば、そこまで気にすることもないですかね」


 アインバーストの考えは正しい。

 キルトの感覚強化は奥の手ではあるが、それは諸刃の剣でもある。

 安易に使うことの出来ない手は、時に使い手を苦しめることになるのだ。


 「だったら、これで終わりにしましょう、飛斬」


 そう言ってアインバーストが剣を振る。それも幾度も。

 いくら凄腕の剣士と言えど、素振り程度では風音しか生まれはしない。

 しかし、彼は魔法剣士であった。

 剣を振ったことにより生まれた力に風の魔法が加わり、それは十分に人を殺せるものとなる。

 風切り音と共に見えない幾つもの斬撃がキルトを切り裂こうと迫り来る。


 「んにゃろうめ」


 キルトには策がなかった。

 現時点において、斬撃を弾く力も、それらを往なす技も、避ける速さも、彼には何もかもが足りていなかった。

 彼は歳の割にはかなり強い部類に入る。

 アドバンス家に引き取られてからというもの、日々を鍛錬に費やしてきたのだ。

 それでも、目の前の敵は自分より歳も上で、技術にも格段の差があった。

 キルトはほんの少し、ほんの僅かに諦めの境地に差し掛かっていた。

 しかし、


 「無惨に死ぬが良いさ。ああ、でも安心してくれ給え。すぐに君の元に彼を送るから。そして、この戦いが終われば、次は彼の父親と弟妹たちだ」


 そんな暗く気持ち悪い声が耳に届いた。

 それだけだった。


 しかし、窮地に追い込まれたその時、漸く彼の奥底に秘めた何かに火が点いた。


 (主をヤるだぁ?)


 彼は沸々と湧き上がって来る何かを抑えきれない。

 

 頭は悪くないが、間が抜けていて、妙にしまりのない年下の主。

 どんなに冷たく、厳しい態度を取ろうとも寄って来る主。

 いつもへらへら笑って、鍛錬の時にはブーブー文句を垂れる情けない主。

 両親や弟妹と楽しそうに話す主。

 何時の間にか周りに多くの人を連れている主。

 弱っちい主。


 そんな主を守るのは誰だ。


 カゲゾウ、否、彼は主の腹心ではあるが護衛ではない。

 マックス、否、彼は兵士のまとめ役である。

 ブランド、否、彼は元冒険者で今は嫁と子を守る家族の大黒柱だ。

 ライゼン、否、彼は今此処には居ない。


 ならば、誰が主を守るのだ。

 

 (俺しかいねぇだろうが!)


 本当の窮地に立たされたことで、彼は本当の自分を見つけた。


 「易々と抜かせる訳ねぇだろうがッ!」


 剣を握る手に力を入れる。

 不思議と焦りは何処かへと消え、見える筈のない風の刃がはっきりと見えていた。


 「どりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」


 彼が剣を振るう度に甲高い金属音が響く。

 それとともに彼の体中には刃物で切ったような痕がついていく。

 しかし、致命傷には至らない。

 彼は不格好ながらも幾つもの風の刃を防ぎ続けた。


 ユニークスキル”武心” 


 その効果は逆境に耐え、強く心を保ち続けることでその効果を発揮する。

 逆境において、一時的にスキル保持者の能力を底上げするという強化系スキルの一つ。

 ユニークスキルということもあり、その効果は絶大と言って良い。

 史上、このスキルを持った人々の中には忠義の士が多く見られた。

 もちろん、それは神のみぞ知ることである。


 そして、犬の獣人キルトは斬撃を全て防いだのである。


 「そんなっ!」


 これにアインバーストは固まってしまう。

 無理もないことであった。

 剣嵐斬花は間違いなく彼の最高にして最強の技であったのだから。


 「へっ、相手が悪かったな」


 気付くと、アインバーストの近くにキルトはいた。

 武心の効果による身体強化の賜であった。


 斬撃が走る。


 「あ、り、得ない。この、私が、何故」


 一つの人影が崩れ落ちる。


 残った影は呟いた。


 「やることやったぞ、コンチクショウめ」


 その言葉は一人の主に向けられたものであった。

 

 後にこの青年は”風神”と呼ばれるようになる。

 これはそのほんの始まりに過ぎないのであった。




 ユニークスキル”武心” 意味:たけだけしい心


 窮地に追い込まれながらも、心を折れなかった場合に発動するパッシブスキル。

 効果は身体強化+技能補助。

 状況が絶望的なほど、スキルの効果は比例して爆上げワッショイな感じ。

 しかし、僅かにでも弱気や不安を抱くとスキルは発動しなくなる。

 なので、慎重な人や弱気な人が持つと途端に無用の長物になるスキル。


 

 そしてアインバースト子爵残念ながらご退場( ´Д`)ノ~バイバイ

 

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